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家庭教師、プレゼントする 1


 現代に戻ってきた。

 どれほど日時がズレているか心配だったけれど、わたしが平安時代に行っていた時間は、『なかった』ことになったようだ。

 わたしが自分の部屋に戻ったのは、1月3日の午前10時半、大姫の家庭教師に出かけた時間きっかりだった。

 出かける前に洗った朝食のお皿とマグカップが、キッチンの水きりカゴで、まだ乾ききっていない。

 主観では30時間も前のことなのに、現代では、一分一秒たりとも動いていないのだ。


 かなりドキドキしていたので、拍子抜けした。

 わたしは現代でも、生徒さんを受け持っている。いくら大姫の家庭教師報酬が破格とはいえ、それだけで食べていけるわけではない。プロの家庭教師なら2~3人同時並行するのが普通だ。

 現代の生徒さんは2人、そのうちの一人は大学受験生。いよいよ、本格的に追い込みの時期である。

 明日、いや、明後日の1月5日に指導が入っているので、変に時間がズレて無断欠勤になったらどうしようとひやひやしていたのだ。


 でも勝手なもので、安心したら、少し寂しくなった。


 ――本当に、どんどん平安時代あっちと縁が切れていってるんだな……。


 明日、どれだけ急いで行っても、平安時代では何か月も過ぎているだろう。ひるがえって、向こうに何日滞在しても、わたしの現代の生活にはまったく影響がない。


「いやいや、ここは、まる一日トクしたって考えよう!」


 そのトクした一日を、平安時代の仕事じまいへの準備に使うことにする。


「まずはやっぱ、花かな!」


 わたしは家庭教師先の生徒さんとお別れする時、必ず花束を贈ることにしている。

 最初は単純に、受験生を受け持つことが多いので、合格祝いだった。だが、合格=契約終了でもある。今ではわたしの中では、花束は、お祝いと新生活へのエール、そしてお別れの挨拶にもなっている。


 ――とはいえ、今回は花束は、ちょっと変だよねぇ。


 あの時代では、花は、文に一輪添えるか、鉢植えで贈るものだし、そもそも生花は長持ちしない。

 

「花束ってのはそういうもんだけど、ちょっとでも長く保ってほしいな~、なんて」


 少しでも長く、わたしのことを覚えていてほしい。

 家庭教師としては分不相応な、ワガママな願望だと、充分承知のうえで、今回は、


「プリザーブドフラワーにしよう」


 ハーバリウムもキレイだけれど、あんな透明で薄くて精巧なガラスは、ずっと先の時代まで存在しない。いくらわたしのワガママでも、オーパーツを贈るわけにはいかない。

 その点、プリザーブドフラワーなら、素焼きっぽく見える壺に入っていれば問題ないだろう。


 とはいえ、今は正月三日。もちろん近所の花屋は開いていないし、オンラインの買い物にも時間をかけてはいられない。

 「当日/翌日配達OK」で検索する。

 いったん探し始めると、盛りあがってきた。

 大姫に渡すつもりだったが、いろんな花を見ていると、どんどんあのお邸の女房たちのイメージが浮かんでくる。


「大姫は、やっぱりかわいらしくピンクと淡いブルーかな。それにカスミソウとか……。撫子なでしこの君にはそのものズバリでナデシコを贈りたいけど、ナデシコのプリザーブドなんかあるのかなぁ。――って、え、テッセンのプリザーブドなんてあるんだ? 凛としてて、これって大輔たいふの君だよね!」


 夢中で考えていて、はたと気づく。

 

 ――先師せんしのお方様にも、お花贈りたいなぁ。って、そしたら、八助さんとかボーイズにも、なんかあげたい!


 大姫と女性陣には、これまでの自分の仕事じまいの習慣で、迷わず花になったけれど、八助さんとボーイズには、いったい何を贈ればいいのか。


「オーパーツにならなくて、贈ってもあまり変じゃないもので、彼らが喜びそうなもの……。えっ、けっこう難しくない?!」


 前回、再生機を持ち込んだときにだいたいの傾向は把握したのだけれど、現代のほとんどの素材は、向こうでは認知されなくて、平安時代の人には何か別のモノに変換されて見えてしまう。

 自然素材に見せかけてあるプラスチックは大丈夫なのだが、それ以外のプラスチック、ステンレス、ナイロン、ビニールなどは強制的に平安時代の事物に変わる。ICレコーダーは扇になったし、再生機は法具になってしまった。


「そうすると、え、消えモノ? でも、米でさえ、あの時代は白米じゃなくて黒米か赤米だし、精米もしないし。コーヒーもチョコレートもNGだし、お茶、ならなんとか……でも、なんか、お茶と花って、テキトーな香典返しの代表みたいなセレクションだなぁ……、って、ああっ?!」


 ――パパ殿は?!


 全員にお餞別する必要はないのだけれど、周りの全員にプレゼントして雇用主にだけ何もあげない、というのは角が立ちそうな……。いや、べつに、もはや角が立ってもかまわないんだけども。


 ――ねるな、あの人。絶対。


 正直なところ、パパ殿が拗ねてもわたしは痛くもかゆくもないけれど、周りの人は迷惑だろう。家宰さんとか、大姫とか、大輔の君とか、けら男とか。


 仕方なくパパ殿へのプレゼントを考え始めたが、気乗りがしないことを差し引いても、これが最難関なことに気づいた。


 ――てか、わたしが知ってる、パパ殿の趣味って……。


 蜂ラブ。菊も育てている。横笛と琵琶、しょうの名手。んで、ロリロリ。


 ――多趣味のくせに、贈り物しづらいおっさんだな~!


 養蜂関係やら菊の養殖やら、何をプレゼントすればいいか見当もつかない。

 雅楽にいたっては、パパ殿の持っている楽器は国宝レベルなはずだ。オンラインショップ程度で、何を贈れるというのか。

 ロリコ、ぐふん、少女趣味については、調べればネット上にはいろいろあるんだろうけど、そういう分野のものを雇用主に贈ってどうする。

 プレゼントって、相手のことを考えて選ぶものだ。ものすごく正直に言えば、そこまで具体的な想像をしたくない。


「あとは……、足が速いんだよね。スニーカーとか? いやいやダメでしょ」


 どこまでも面倒なパパ殿、恐るべし。


「あ~、やめやめ! いいや、もう」


 よく考えれば、パパ殿には、院御所いんのごしょ侵入計画への協力とか、むしろ貸しが多い気がする。


 いずれにせよ、次にあのお邸に行って、パパ殿とほんわかした時間が過ごせるはずがない。

 それくらいなら、パパ殿への最後のプレゼンの原稿を練り上げた方がいい。セリフのひとつひとつまで吟味しないと、パパ殿を説得できないだろう。


 パパ殿へのプレゼントはナシにして、一気に気がラクになったわたしは、オンラインショッピングを決済した。


 それぞれの女性のイメージに合わせた、プリザーブドフラワー。

 フェイクファーのマフラーや座布団、ラグを山ほど。

 大姫には、他に昆虫図鑑と植物図鑑。

 八助さんと雨彦には、ガーデニング用の網つき麦わら帽子と軍手。

 家宰さんとけら男には、さまざまなビジネス書。多角経営関係やスケジュール管理本、秘書検定のテキスト、『職場の困った上司に対応する本』など。

 ひき麿には、現代の力士が練習用に着る特別仕立てのLLサイズの浴衣を2反と、頑丈な麻のリュックサック。

 いなご麿には、スイスアーミーナイフと、ボタン電池をたくさん。あのキーホルダー型再生機はいなご麿に進呈するつもりだ。今上きんじょうの声を消して、好きな音を上書きすればいい。

 それから、偶然アマ○ンで見つけたので、『医心方いしんほう』も付けた。『医心方』は平安時代の医学書で、現代にも通用する医療、健康法、美人になる方法まで書かれている。あまりの実用性に、献上されてすぐに天皇家の門外不出の極秘資料になってしまった、超希少本だ。

 そして、大量の緑茶と角砂糖。まだ白砂糖は存在しないので、わざとブラウンシュガーにした。


 翌日、すべての品物が届くぎりぎりまで、わたしは、最後の家庭教師の報告書と、パパ殿へのプレゼン原稿を仕上げていた。





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