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家庭教師は不在中 @醍醐寺 5


「うぃーす、そーちん、これも入れてくれよ」


「あ、いなご麿さん、あっ、ありがとうございます」


 大量の枯葉に草珍そうちんがわさわさしている間に、俺は昨晩の反故紙ほごがみをかまどの中に突っ込んだ。


「はあ~、あったけぇ。師走しわすに入ると火の番もいいな」


 火に当たるフリをして、反故紙が燃え尽きたのを確認する。草珍も、おずおずと横に座った。


「いなご麿さんは、火をかき熾すのも手早いですね。ボクはなんでも手が遅くて……」


「いや、続けてれば要領は分かってくるって。そーちんの場合、チビなせいもあるし。力仕事なんて、体が大きいほどラクだからな」


「はい……、でも……」


「なんだよ、いつにもまして今日は暗いなぁ。あれか? 座主ざす様に叱られたりしたのか?」


「えっ、いえ、そんなことはっ……。座主様に叱られたことなんてありません!」


「あ、わりぃわりぃ。そーだよな、座主様はお優しいもんな」


「……っ」


 お? これは新鮮な反応だ。

 この寺では、こう返すと、たいてい怒涛のように座主を褒めまくる言葉が続くのだが。

 草珍は、何度か口を開いては、結局閉じた。ぐっと拳を握っている。

 こういうとき、深追いしてはダメだ。俺は特に何の話もせず、火の世話を続けていた。

 草珍のように、聞き役に回るヤツに話させたかったら、そいつより無口になるのがコツだ。

 俺は賑やかなのも好きだが、沈黙もまったく苦にならない。お邸でも、いちばんウマが合うのは雨彦だった。

 そして案外、会話にまじらず周囲の顔色を窺ってあいづちを打っているヤツの方が、沈黙を恐れる。


「座主様は、……もちろんお優しいお方ですけど、ボクは、もう、なんか、……諦められているのかなって……」


 案の定、ぽつっと草珍が呟いた。

 沈黙を避けるために口を開いたとはいえ、真剣な気持ちだろう。


「諦められてるって、なに、そーちんはそんなに失敗ばっかしてんのかよ?」


「……っはい」


 絞り出すように返事して、草珍は俯いた。


「いや、でも今、座主様のお側付きって、そーちんだけなんだろ? えーと、千手丸ってヤツがいなくなっても、座主様は世話係を増やさなかったって、聞いたけど。それって、そーちんが信頼されてるってことじゃねぇ?」


 俺としては、千手丸の名前を出して、ついでにどんなヤツだったかも聞き出したかったのだが、草珍の反応は激烈だった。


「違うんですっ。千手丸さんはすごい人で、千手丸さんだけが、信頼されていたんです! ボクは何にもしてなくて……、なのに一人になってしまって、全然、座主様のお役に立てなくて……」


 途中からぼろぼろ涙をこぼし始め、さすがに慌てる。


「いや、なんかよくわかんねーけど、落ち着け。な?」


 俺は、取っておきの芋を火にくべた。


「ま、あれだ。そーちんはまず体をでかくした方がいい。力仕事がラクになるだけで、だいぶ心も軽くなるぜ。俺の主人のひき麿見てたら、想像つくだろ? ほれ、食え」


 アツアツの芋を受け取って、涙目ながら、草珍は微笑んだ。


「そうですね……。ひき麿さんは、体と同じくらい気持ちも大きい人ですもんね」


 ビバ! ひき麿! ホント、お前ってすげぇヤツだよ。


「いつも何か食いたがるのは世話焼けるけどな。この芋も、ひき麿のおやつ用に庫裏くりから失敬してきたんだ。ナイショだぜ?」


 くすっと笑った草珍と、芋を食う。湯冷ましを飲んでひと息つくと、ぽつぽつと草珍が話し始めた。

 

 要するに、千手丸がいたころは、千手丸ひとりで座主のあらゆる世話を焼いていたらしい。それだけでなく、個人的な秘書役もこなしていたようだ。

 「ようだ」というのは、当時の草珍は座主の側に行く機会もなく、マジで茶運びと、客の取次とりつぎしかやったことがなかったからだ。


「普通はお客様を取り次いだら目立たない場所に控えてお話を伺うものですが、ボクは人払いされていたので、今になって、お客様がどういう方なのかも分からないんです」


 それで、来客の身分も用件も見当がつかなくて失敗続き、法服や袈裟けさの区別もつかないので座主の衣装も整えられない、自分が文字を習っている最中だから座主宛ての文を仕分けすることもできない。


「や、でも、仕方なくねぇ? 初めての仕事のわりには、求められる水準が高すぎるだろ」


「でもボクは、単純な作業もトロいから。お茶をお持ちしてもお菓子を忘れたり、硯箱が重くてゆっくりしか運べなかったり……、執事様もボクにイライラなさってるのに、座主様は、全然怒ったり叱ったりなさらないんです。千手丸さんのお世話に慣れているから、今はものすごくご不便なはずなのに」


 一瞬ためて、草珍は続けた。


「せめてひとつくらい千手丸さんと同じように、と思っても、ボクは小さすぎて、夜伽もまだできませんしっ」


 ぶほっ。

 い、芋が喉に詰まった。

 草珍が自分の湯冷ましをくれる。


「げほっ……。なに、座主、様と、千手丸ってそうだったの?」


「は? もちろんですよ。だから、本当に千手丸さんは一日中、座主様のお世話をしていたんです」


 寺で「夜、語り合う」といえば、そういうことなのだそうだ。

 さきの左大弁が死んだ夜、「座主と千手丸が一晩中語り合っていた」という証言は、そういう意味だったのか。

 徹夜でよくそんなしゃべることがあるな、とか、一晩中話していたのをなんで寺の他のヤツらが証言できるんだよ、とか不思議に思っていたのだが。

 草珍によると、14~19歳くらいの短い期間しか男色のお相手は勤められないらしい。ある程度体ができあがっていないと不可能だし、ゴツくなりすぎると興が削がれるからだとか。


「千手丸さんは19歳で、体も大きかったけど、ずっと座主様と語り合われてました。……本当に、慈しまれていたんだなぁって」


「え、でもさ。そのわりに座主様の態度、冷たくねえか?」


 するっと、疑問が口から出てしまった。

 まずい! と思ったが、草珍は一瞬体を強張らせたあと、心もち声を低めて続けた。


「はい。ボクもそれは不思議で……。でも千手丸さんは、座主様のお兄様と恐ろしい罪を犯されたんですよね? 自分よりお兄様と行動を共にされたことに、怒っていらっしゃるのかなあ、と……」


「おい、やきもちってか? あの座主様が? なんかそぐわないな」


「えっ、やきもちっていうか、その、裏切られた怒りというか……。それも座主様に似つかわしくないですが……。でもそれを言ったら、そもそも、ボク、千手丸さんがあんなことしたって自体が、信じられないんです」


「大逆罪が?」


「いえ、座主様のお兄様と共謀したってところが。千手丸さんは、座主様が命じたら、なんでもしたと思うんですよ。でも座主様以外の他人が、千手丸さんを動かせたとは思えなくて……。だいたい、座主様も千手丸さんも、お兄様のこと、嫌ってましたし」


「え、阿闍梨あじゃりを?」


「あっ、すみません! いなご麿さんは三宮さんぐう院からいらしたんですよね……、ホントにボク、こういうところが気がきかなくて……」


「いや、気にすんな。仁覚様は下の者に酷い方だったからな。座主様とは違うよ」


 草珍は目に見えて、ホッとした。


「はい……。よくお文は来ていましたが、お二人で阿闍梨様のことを悪く言われていました」


 いったん口を開けば、草珍は年相応の語り手だった。重要な情報もどうでもいいネタも区別がついていない。


 ――千手丸が座主を庇っているのは、ほぼ確実だ。


 だが、座主が命じたというよりは、今の話では、千手丸が自主的に庇っているのだろう。


「千手丸ってヤツは、座主様のためだけに生きていたみたいだな~」


「ボクも、そう思います。……だから、ボクでは、ダメなのかなって……」


 少し落ち着いていた草珍が、また泣きそうになる。だが、ぐっとこらえて、


「ボク、座主様のこと尊敬しているし、お優しい方だと思っていますけど、千手丸さんみたいになれないんです。きっと座主様はボクのそういう不信心を感じ取って、何を言ってもムダ、と、諦めているんだと思います」


 さっきも、と、草珍は囁いた。


「冬を越せずに死んだ子どもの霊だって聞いて、瞬間的に、違うって思っちゃって……。千手丸さんなら、座主様のお言葉を一瞬でも疑うなんて、あり得ません。だからボクは、座主様にお仕えする資格もないんです、きっと……」


「いや、待て待て。なんで、違うって思ったんだ? 理由があるだろ、ちゃんと」


「……ボク、このお寺で5回冬を迎えてますけど、今まで一度も、死んだ子どもの怨霊なんて出たことありません。……それに……」


 深く息を吐いて、草珍は微笑んだ。


「都では、毎日、いっぱい子どもが死んでますよね。ボクも、そういう子どもの一人だったんです。家族みんな死んで、お腹減って、動けなくなって……。あの、そしたらもう、死ぬの、楽しみですもん。やっとラクになれるって。ととかかと仏様のところに行けるって。だから、怨霊になんかならないと思うんです」


 胸を突かれた。

 草珍は、俺と同じ孤児だったのだ。

 おそらく、死にかけのところを、醍醐寺に拾われたのだろう。

 命の恩人に対して、先輩の千手丸のようにすべてを捧げることができない自分を、責めているのだ。

 とめどない自己否定に沈み込んでいる草珍を引き上げたくて、俺は強い口調で断言した。


「そーちんの考えの方が、筋が通ってると思うぜ。冬どころか、夏にも、道端で死ぬ子どもなんかごまんといる。そのうちの一人だけが醍醐寺に彷徨さまよってくるなんて、変な話だろ」


 草珍は、俺を見上げた。瞳に光が戻っている。


「俺も、死にかけの身の上を買ってもらったから、そーちんの言ってること、よく分かるよ。それにさ、尊敬して仕えるのと、自分の何もかもを捧げるのは、全然違うぜ?」


「そ、そう、ですか?」


 たしかに、この寺では理解しにくいだろう。座主に魂まで持ってかれちゃってる人達の集まりだからな。


「草珍は、僧侶になりたいんだろ?」


「はい、もちろん」


 いつも言いよどむ草珍が、きっぱりと返事した。


「そんなら、お仕えするのは座主様だけど、一のあるじは、仏様なんじゃね?」


「え、え?? で、でも、座主様の仰ることが御仏のお言葉ですよね? え?」


 マジか。そこまでイっちゃってんのか、この寺。

 それはもはや仏教ではなく、勝覚教だろう。


 ――あ。そういうことか。座主が目指してるのは、()()か。


 これまで謎だった、この寺の人々の行動や考え方、そしてなによりも、座主の行動基準が、霧が晴れるようにクリアになった。

 同時に、斎迩の君が「醍醐寺と座主は危険」と言っていた意味も、理解した。


 今、ここで、草珍の誤解を解くのは、却って危険だろう。

 少し話したくらいでこの思い込みが消えるとは思えないし、そんな説得を繰り返していたら、俺の方が疑われる。


「そっか。寺によって、いろいろなんだな。俺もサボってねーでもっと学ばないとな」


 軽く言って、立ち上がる。

 律儀に芋のお礼を言う草珍に手を振って、俺は庫裏の裏手に回った。

 楕円形の再生機を回収して、離れに向かいながら、俺は座主に対して猛烈にムカついていた。




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