家庭教師は不在中 @醍醐寺 6
翌日から、俺は続けざまに再生機を仕掛けた。
これは回数がモノをいう勝負だ。
再生機の声は短い。何度も仕掛ければいつも同じ声、内容だとすぐに分かる。
少なくとも座主の、「越冬できずに死んだ子供の無念の霊」というバカな説は覆せる。
そして、醍醐寺は、あっという間に阿鼻叫喚右往左往、無秩序状態に陥った。
もちろん、隠し場所は吟味した。
反響すると場所が特定されにくい利点はあるが、毎回だと、それこそ壺や瓶が疑われやすくなる。
2度目は、屋根瓦の上に放り投げておいた。おかげで「声」は寺じゅうに響いたが、後でこっそり回収するのにえらく苦労した。
3度目はさらに攻めて、本堂のご本尊の傍の法具の中。その次は、見習い僧侶達の宿坊の、ずらっと並んだ硯箱の中。
もちろん、庫裏や泉庭(表玄関の前庭)にも隠した。ぱっと見が石なので、外の方が紛れやすい。
ここまで用心したのは、ひとえに座主相手だからだ。
座主以外の寺の者達は怯えまくっていて、怨霊の存在を疑うどころではなかった。
「昨日はとうとう泉庭に……」
「醍醐寺の顔とも言うべき場所に……」
「いや、それより本堂にまで入り込めるなど、どれほど力のある怨霊か、うぅぅ、おそろしや」
「よっぽど強い祟りなんでしょうねぇ」
寺男寺女達は、寄るとさわると、その噂でもちきりだ。恐怖と不安でとにかく複数で固まっているので、自然にグチになる。
「もうヤだよ。毎日毎日、どこから声がするか怯えて、ひとりで中庭でさえ歩きたくない」
「そうそう。どこにいれば安全か、さっぱり分からないから、夜もおちおち眠れやしない」
そしてそろそろ、「子どもの声」に反応する者も現れてきた。やはり女性の方が鋭い。
「それにしても、なんで、子どもの怨霊なんでしょうかねぇ」
「あたしゃ、あの声を聞くと、怖いは怖いんだけど、胸が締めつけられるんだよ。あんなツラそうな子どもの声って、あるかい」
「うんさ、お乳をあげてたときの気持ちになるんさね」
「なんとなく、品の良さげな、高貴なお声ですよね」
「大きな声じゃ言えないけんど、ありゃ冬に餓死した子じゃないよ。だってあんなに熱いとか痛いとか泣いてるじゃないか」
そして、顔を見合わせ、声を潜めて、言い合うのだ。
「なんでこの寺に取り憑いてるんだろうねぇ」
「そりゃぁやっぱり、このお寺に関係のあるお子なんじゃぁ……」
「座主様は、こっちの怨霊は、祓えないのかねぇ」
「しっ。めったなこと言うんじゃぁないよ。子どもの祟りは難しいって、執事さんも言ってたじゃぁないか」
「でもさ、あの、ほら、千手丸のときだって、生霊を祓うのは怨霊を祓うより難しいって聞いたけど、座主様はたったいっぺんで、成仏させちまっただろ?」
と、まあ、こういう噂話の輪の中には、たいてい俺も混ざっていた。
これまでせっせとあちこちに顔を売っていた成果で、下働きの現場ならどこでも、すんなり馴染める。
その場にいて、ふんふんとあいづちを打ってさえいればいいのだ。そして会話の方向が都合よくなってきたら、座主を批判しない程度に、もうひと押し、内容を誘導した。
「おまえ達、なにをサボっている! 固まってないで、働け!」
噂話の集団を見つけては、執事や高位の僧侶達が追い払うのも、もはや定番だ。
その場ではおとなしく散るけれど、下働きの者達の表情には不審感が浮かんでいる。
今までの醍醐寺にはなかった光景だ。
執事をはじめとする上層部の混乱と焦燥ぶりは、俺の予想以上だった。
――ホントにこの寺って、座主の威光だけで回ってたんだな。
上層部の管理能力が高かったわけではないのだ。
いざ問題が発生して、座主の手に負えなくなると、執事も僧侶達も何をどうしていいか考えることすらできず、目下の者に当たり散らす低レベルの上司になっていた。
『でもなぁ。座主の反応がいまいち、分からないんだよな~。おまえ、あれから座主に会った?』
夜、ひき麿との情報交換は、今までより以上に用心して、筆談する。
俺は、座主が「声だけ」と言ったことが気になっていた。
実際、この計画の弱点はそこだ。
フツー、怨霊といえば、鬼とか土蜘蛛とかの化け物の形か、透けた人間の姿だ。モノや人に取り憑くのは怨霊の定番だから、黄金の鈴に千手丸が取り憑いていた、という設定は受け入れやすかった。
これだけキョーレツな子どもの声が連日響いていて、一度も姿が見えない、という不思議は、そろそろ噂話でも言われ始めている。
『座主様は来ないよ。それどころじゃないんじゃない。相撲士のみんなも怖がってて、義理も薄いから、噂も遠慮がないよ』
相撲士は神事のために寺のお抱えとはいえ、ある意味、専門職だ。実際、内裏の神祇官に所属していて醍醐寺に派遣されている力士もいるので、「勝覚教」の信者は少ない。
これまでの待遇と寺の雰囲気に満足していただけで、最近は寺を移りたいという先輩力士も多いのだとか。
『まず、姿が見えないのは、生霊っていう説が有力。で、座主様があの子の親、もしくは、ひどいことをして、寺まで祟りに来てるって』
――へえ。ほぼ、理想どおりの展開じゃん。
俺はにやっとした。
『それより大事なのは、千手丸の母さんのこと』
相撲士の居住区兼鍛錬場は、離れの棟だ。
実は、そのすぐ側に、千手丸の母親が療養している。息子の大罪にショックを受けて、寝込んでしまったらしい。
俺も知ってはいたが、会いに行く口実がなかったし、さりげなく人払いもされていた。
千手丸の母親は、体調がいいときには力士達の鍛錬を見学していて、むしろ相撲士達と交流がある。それで今では、ひき麿の方が千手丸情報を得ている。
『2日後、千手丸が佐渡に出発するんだって。それで母さんが見送りを許されて、都に出るらしいよ』
そうか。たしかに、そろそろ京を出発しなければ、年内に佐渡までたどり着けない。もう師走に入っている。刑罰関係はその年のうちに終わらせるものだ。
『でも母さん、都まで歩けるかどうか心配だから、オイラ達相撲士が付き添うことになったの』
『うおっ! それ、すげぇじゃん!』
『執事さんもピリピリしてて、寺を離れたくなさそうだったし。オイラ、ちょっと提案してみた。板戸に乗せて母さん運ぶから、力持ちじゃないといけないし』
「ひき麿、おまえ、ホント、えらい! 取っておきの饅頭をやろう!」
「どっから出てきたの~。ていうかこれ、いなご麿、隠してたでしょ~。――それで当日ね、もぐもぐ、いなご麿にも手伝ってほしいんだけど~。むぐむぐ。あっ、もう無くなっちゃった」
「おう、望むところだぜ、任せとけ!」
基本的に、速足のお殿様や大僧正とは連絡を取らない決まりだ。計画の方法、続行・中止も、俺に一任されている。
斎迩の君の目標は、「座主の求心力を低下させること」。
黄金の鈴も俺の再生機も、すべてそのための道具だ。「怨霊の声」に座主が怯えるなり取り乱すなり、なんでもいいから常とは異なる態度を取って、寺の者の幻滅・不審感・疑いを誘えばいい、と。
「本当は混乱しまくって自分の罪をぽろっと懺悔でもしてくれれば儲けモンだけど、相当のクセ者みたいだから、そんなヘマはしないと思うのよね。としたら、少しでも周りの「せんのう」を解いておきたいのよ」
大僧正はそれを聞いて、毎度ながらえげつない、と嬉しそうだった。俺は、斎迩の君の計画どおりにやればいいや、と深くは考えなかった。「せんのう」の意味が分からなかったのもある。
今は、理解している。
だが、座主の反応は斎迩の君の読みから外れていて、今後の方針を相談したい。
ともかく都まで出れば、連絡をつける方法が見つかるかもしれない。
『でも、母さんは、どっぷり勝覚教の信者だよ。いなご麿、怒っちゃダメだからね』
千手丸の母者は、息子が大逆罪を犯したことよりも、座主の兄と共謀したことに怒っていて、情けなくて座主と顔を合わせられないと言っているらしい。あまり離れから出てこないのも、軟禁というよりは、自主的に謹慎しているのだそうだ。
『で、オイラ達相撲士の間では、千手丸への同情が強くなってんの』
『分かった。気をつける』
なんにせよ、都へ出向く大義名分ができただけでもありがたい。
もしも途中経過が報告できるのなら、やはり、もう少し座主の反応を確認したいところだ。
用心深い座主を避けて、堂宇のあちこちに再生機を仕掛けていたけれど、毎度座主が姿を現すわけでもない。それに座主は、寺の人間に姿を見せるときは、常に落ち着き払っている。
ひとりでいるときの座主がどういう態度なのか見るためには、多少の危険を冒す必要があるのかもしれない。
『なんかいなご麿、悪い顔してる』
「おう、俺、今めっちゃヤル気にあふれてるぜ!」
「いなご麿は~、あんまり張り切らない方がいいんじゃないかなあ~」




