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家庭教師は不在中 @醍醐寺 4


 翌朝、醍醐だいご寺に子どもの怨霊が出た。


 ――あ、熱い……、痛、い。苦しい、よぅ……。


 少年の呻きと泣き声が、響く。


 ほとんどの者が起き出し、活動していた時間帯だが、まだ読経は始まっておらず、その声は北風に乗って寺じゅうに届いた。

 本堂に集まっていた僧侶達も、それぞれの場所の下働きの者達も、離れで鍛錬中の相撲すまい士までもが、わらわらと飛び出してきて、声の出どころを探す。


「ま、また千手丸か?」

「いや、この声は、わらべじゃ。子どもの怨霊じゃ」

「ど、どこからこのような声が?!」

「な、泣いてる……ひぃぃぃっ」

「なぜじゃ、なぜ当寺ばかり、このように立て続けに……!」

「静まれ! 座主様が仰っていたではないか! 落ち着け!」

「そ、そうじゃ、こういうときこそ、読経をっ」


 師走の冷たい風に、泣き声がひときわ高く強くなった。


「ひえええっ」

「お、おそろしやおそろしや」

「どこじゃ? どこにおるのじゃ?!」

「あの泣き声を聞いてはならぬ! 祟られるぞ!」


 ほんの数日前と同じく、醍醐寺は大混乱に陥った。

 少年の呻き声は、うゎんうゎんと反響し、ゆっくり消えていった。


 読経前の本堂には、座主ざすもいた。

 中庭に面した縁台に出てきた座主の顔色は、傍目にも青白かった。


「誰ぞ、姿を見た者はおるか」


 それでも、いつもの美声で落ち着いて誰何すいかしたのは、さすがである。

 怯え、動揺しまくった寺の者達は、互いに顔を見合わせた。


方丈ほうじょうから聞こえたようですが……」

「いや、泉庭せんてい(正面のいちばん大きな庭)の方であろう」

「木枯らしに乗ってきたのですぞ、醍醐山からに決まっています!」

「バカな、堂宇どうう内じゃろう」


 座主が、すっと扇を掲げた。皆、口を噤む。


「もうよい。誰も姿は見ておらぬのじゃな。……先日と、同じか」


 後半は低く呟いたので、近くにいた者にしか聞こえなかっただろう。

 たとえば、縁台の下にひざまずいていた俺とか。


 ――へぇ。この場面で、声だけって共通点に気づくか。さすが、油断できねーな。


 もちろん、これは俺が仕組んだことだ。


 庫裏くり(寺の台所)の横手に並べてある大きなかめの中に、例の法具を放り込んだのだ。

 ここの瓶には、水や炭、石などが保存してある。石は焼いて、少量の水を一気に沸かしたり、温石おんじゃく(湯たんぽ。布で包んで使う)を作ったりするので、必需品なのだ。

 俺が預かった法具は、手のひらで握りこめるほど小さくて、灰緑色のクズのぎょくにしか見えない。石瓶のいちばん上に乗せたら、完全に紛れた。

 黄金のりんと違うところは、こちらの道具には、「たいまー」が付いているのだ。

 300数えたら再生できるようにして、俺は中庭の掃除をしていた。


 黄金の鈴は、あの法具を人目に触れさせるのが目的だった。千手丸の生霊いきすだまが、あの鈴に籠められている、と思わせるための道具だ。

 対して、俺の道具の方は、その存在自体知られてはならない。何もないところで、声だけが聞こえることが必要なのだ。


 それなのに、座主は、どちらも音だけ、ということに、もう気が付いた。

 黄金の鈴については、座主は大僧正の関与を疑っているだろう。そこまで織り込み済みの計画だから、それは構わない。

 だが、こちらの「声」まで、大僧正がらみだと気づかれるのは、都合が悪い。

 

 座主ならば、少し考えれば、あの少年の声が、今上きんじょうのものだと気づくだろう。

 大罪人の千手丸の声なら、どうにかして法具に籠められるかもしれないが(どうやるのか俺には見当もつかないが、なんかあの大僧正ならできそうだ)、今上の声など、そこら辺の法具に籠められるはずがない。

 あくまでも、今上の怒りが暗殺者の元に届いている、というふうに、座主に思わせたいのだ。


「哀れなことだが、冬を越せず命を落とす子どもは多い。そのような霊が迷っていたのやもしれぬ。本日の読経は、いっそう心を込めて、行うとしよう」


 ゆったりと命じて、座主は本堂に戻った。

 一時青ざめていた顔色も、完全に元に戻っている。

 ざわざわしていた僧侶達も復活し、しばらくして本堂から気合の入った読経の声が響いてきた。


 ――やるな、座主。


 さっきの声は、そこら辺にうようよいる、有象無象の怨霊と同じ扱いにされてしまった。


 ――ま、機会はいくらでもあるからな。じっくりやるか。


 こっちは回数勝負だ。何度も同じ声が聞こえたら、今日のような言い訳は通じなくなる。

 そして、恐怖感も増していくはずだ。

 それに初回から、収穫もあった。

 瓶に入れると、音が反響して、出所が分かりにくくなる。ついでに怨霊感もアップして効果大だった。


 離れから出てきたひき麿をなだめるフリをしてから、俺は中庭の掃除に戻った。

 相撲士達が固まって離れに戻っていくのと入れ違いに、小坊主が駆け寄ってくる。

 

「いなご麿さんっ。あ、あれ、なん、なんだったんでしょう?!」


「そーちんも聞こえたのか? 大丈夫だったか?」


 草珍そうちんは、座主付きの小坊主だ。

 9歳だが、とてもそうは見えないくらい、体が小さい。

 チビすぎて、まきでも温石でも、硯箱さえ、重たそうにふらふら運んでいるので、よく手伝ってやったら、けっこう懐かれている。


「だ、誰だって聞こえましたよ。なんか、庫裏とか薬庫の方から……。ていうか、あれ、子どもですよね、千手丸さんじゃないですよね」


 おお、やはり、子どもは耳ざとい。正解だ。そういう意味でも、次回からも仕掛け場所に注意しなければ。


「や、全然別モノだろ。座主様も、冬を越せない子どもの霊だろう、と仰ってたぜ」


「え……、そ、そんな、こと……」


 草珍はたいてい、こんな風に言葉を飲みこむ。体が小さいことを差し引いても、おどおどした子どもだ。これでも俺と話すときは口数が多いくらいだ。


「ん? なんか気になるのか?」


「あ、いえ……」


 あいかわらず途中で黙ってしまう草珍は放置して、俺は掃除を続けた。


 昨晩ひき麿に言われて、俺は初心に戻ることにした。

 俺の特技は、人から噂話を仕入れることだ。この寺に来て以来、一方的に座主様賛歌を聞かされっぱなしで、どうも受け身になっていた。大勢だと、その場の雰囲気で話の流れが固まりやすい。ひとりずつに当たれば、違う話が聞けるかもしれない。

 そのなかでも、草珍は日頃座主の傍にいるし、大人の噂話には入れてもらえない。アタックするには打ってつけだ。


「千手丸さんじゃ、なかったんですね……」


 へ?

 予想外の呟きに、少し驚く。

 というか、この言い方だと、まるで千手丸と会いたがっているようではないか。

 この寺では、千手丸の犯罪は詳しく知らされていないし、話題に上げるのもタブーな雰囲気である。

 千手丸が登場するのは、座主が千手丸の生霊を祓ったという噂とセットになっているときだけだ。

 だが、だからこそ、草珍は俺に話しかけたのかもしれない。直接、千手丸を知らない相手だからこそ。

 打ち明け話は、事情をよく知らない他人にする方がやりやすいものだ。


「いや、俺、千手丸ってヤツ、よく知らないし。でもまあ、何日か前のあの声とは、全然違ったな。今日のは、どう考えても、子どもの声だろ」


「そ、う、ですよね。千手丸さんは、座主様に祓われたって……」


「なに、そーちん、千手丸と話したいの?」


 俺は少しだけ踏み込んだ。あまりに追い詰めるとすぐに逃げるが、草珍のようなタイプは、ある程度ぐいぐい質問した方がいいのだ。

 草珍は、みるみる真っ赤になった。


「話したいっていうかっ。……聞いてみたい、ことがっ」


「へー。そうなんだ」


 次はわざと、興味がないフリをする。というか、俺は千手丸なんか知らないのだ。この話題に食いつく方がおかしい。

 草珍がもじもじしていると、執事さんが大声で命じた。


「草珍! 今日はおまえが、かまど番だろう! 風がきついのだから、きちんと見ておきなさい!」


「はっ、はいっ!」


 弾かれたように顔を上げ、草珍は、庫裏に走っていった。


「ふ~ん。……んじゃ、追いかけますかねっと」


 やはり草珍は、情報の宝庫かもしれない。それに、普段温厚な執事さんが小坊主を怒鳴りつけるなんて、この寺ではものすごく珍しいことだ。そういう意味でも、気になる。

 俺は、掃き集めた枯葉を持って、庫裏のかまどへ向かった。






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