家庭教師、三者面談する 2
小一時間ほど親子の談笑が続いてから、おもむろにパパ殿が、小さな丸いものを取り出した。
「おお、そうだそうだ。先日ひょんなことから拾ったのだが、大姫はこれが何か分かるかい。何か、虫の餌だろうか」
いかにもふと思い出して、大姫との会話のネタにしているだけ、のつもりのようだけれど……。
パパ殿、セリフが、棒読みすぎ。
今までの蜂の会話での笑顔はなんだったの、というくらい、表情は硬いし、瞳が真剣すぎる。
これを見せるのが、今日の本来の目的なのだ、と丸分かりだ。
パパ殿、演技力なさすぎです。
やっぱり、政治家向きではないらしい。五位の蔵人17年間出世ナシって、ダテじゃないわ。上司もそれなりに見る目あるんだなぁ、などと変な感心をしてしまった。
パパ殿よりよっぽど敏い大姫は、父親の真剣さに気がついたようで、少し表情を引き締め、扇に乗せて、ブツを受け取る。
「泥団子……? 螻蛄にも、もっと大きな虫達にも、餌に使いますけれど、これは随分と大きいですわね。中身はなぁに?」
大姫は躊躇なく泥団子をつまんで、においを嗅いだ。
女房達が、「あれ、姫様!」とか小さく悲鳴をあげているが、まさか殿の前で、大姫を押さえつけて取り上げるわけにもいかない。
「え……、これは、ハチミツ? 泥と枯草と、蚯蚓や螻蛄が細かく砕いてあって、ハチミツで練ってありませんか」
「やっぱり姫も、ハチミツと思ったか。ハチミツを練り込んだ団子を餌にする虫など、いるものかね」
「あの、お父様、それは無理ですわ。お父様の方がよくご存じでしょう。人でも、ハチミツを取るのは難儀します。地面を這っている虫が、ハチミツを手に入れられるはずがありません」
大姫によれば、餌を、泥と自分の唾液や樹液と混ぜ合わせて団子にする昆虫は、たくさんいる。単純に運びやすくなるし、日持ちもよくなるのだ。
とはいえ、この泥団子は、直径10センチ程度。人間の手のひらには乗るが、ダンゴ虫でも、めったにこのサイズにはしない。
「虫も甘味は大好きですから、餌団子に、花粉を混ぜたりします。でもこれは、蜂が作った、完成したハチミツですよね? しかもこの強い匂い……、貴重なハチミツがこんなにたくさん入っているなんて、これは、人が練ったものではありませんか」
「やはり、そうか……」
パパ殿は、扇をぐっと握りしめた。おもむろに立ちあがる。
「ありがとう、大姫。本日は会えて嬉しかった。次は、料地の絵図を持ってこよう」
唐突に帰ろうとするパパ殿に、大姫は一瞬唖然として、その後猛然と抗議した。
「ひどいですわ、お父様! その泥団子はなんですの。きちんと説明してください!」
「大姫、父はこれから出仕せねばならぬのだ。またの機会に……」
「本日はお休みと仰ったではありませんか!」
急にお茶会を中断されて、大姫がショックなのは分かる。が、パパ殿の様子も尋常ではなかった。必死の形相で、額には汗が浮いている。
「大姫様、殿様には、お急ぎの御用のできたご様子。本日はここまでと……」
差し出がましいと思いつつ、わたしは口を出した。
「だめ! もし急な御用ができたのなら、この泥団子のせいでしょう? お父様が説明してくださるまで、わたくし、返しませんから!」
意地でも離さない、という勢いで、大姫は、泥団子を背中に隠し持つ。大姫がこういう駄々をこねるのは、本当に珍しい。お茶会、いや、パパ殿と会うのを楽しみにしていたのだ。
パパ殿は、宙を睨んで、仁王立ちしていた。
扇を一度開き、パチンと音立てて閉じる。
「人払いせよ」
さわさわと無言で女房達が立ち上がり、局から退出していった。引き潮のようだ。
大姫の近くに座っていたわたしも、最後に立ち上がった。ら、大姫に引き留められた。
「斎迩の君はいらしてちょうだい。お父様、斎迩の君は、変わったことをたくさんお知りなの。何か大切なことなのでしょう。一緒に考えていただきましょう」
「う、む……。そうだな、斎迩の君は、意外なことを思いつく方だからな。話を聞いてください。だが、他言無用で」
変人二人から、変わっている人扱いされてしまった。
いや、それってフツーということだよね。そういうことにしておこう。
「父も、この泥蜜団子は、人が作ったものだと思った。それでも、虫に詳しい姫に、そうではないと言ってほしかったのだ。こういう餌を作る虫がいる、とな」
パパ殿は、ふっと、ひとつ息を吐くと、言った。
「実は、二日前、今上がお倒れになられたのだ」
え。
予想外の方向にすっ飛びすぎて、一瞬、話が繋がらなかった。いや、落ち着いて聞いても、繋がらないのだけど。
混乱しているわたしと大姫を無視して、パパ殿はさらに爆弾を落とす。
「父は、この泥蜜団子が、今上の御病と関係があるのではないかと、疑っておる」




