家庭教師、三者面談する 1
扉を開けたら、そこは平安貴族のお邸だった。
とうとう、家の玄関が、大姫の屋敷前と直結してしまった。
もはや、リムジンも牛車も必要ない。
いいんだけどね、職住近接で。
とはいえ、これ以上は近づいてほしくない。通いといいつつ、ほぼ住み込みになってしまう。
突然、徒歩でやって来たわたしに、門番のお爺さんは目ン玉ひん剝いて驚いていた。切実に、時空が繋がるのは、門の前までにしてほしい。これで門を通らずに屋敷内にいたら、ただの侵入者である。
ちなみに、この門番さんは、八助という。
八男なのかと聞いてみたら、パパ殿が付けた名前だと言っていた。パパ殿は、「蜂」の字にしたかったのだけれど、立派すぎるので、「八」にしてもらったそうだ。
そんな八助さんは、蜂の世話に長けていて、パパ殿の山科の牧場について行き、助手も務めている。
今日は、パパ殿が、東の対屋に来るのだ。
女房達はおもてなしに張り切っているし、大姫も無表情を装いつつ、頬を赤らめて楽しみにしているのが丸分かりだった。
だからこそ、わたしも立ち会わなければ。
パパ殿の残念すぎる心情を聞いてしまった以上、お目付け役として同席するのが、わたしの責任だと思う。
――なんて意気込んでいたのが、バカみたいだった。
目の前で和気藹々とおやつを食べているふたりは、どう見ても仲のいい親子……うん、それは自分をごまかしすぎだな。
どう見ても、マニアックな趣味を持つオタク仲間のオフ会、である。
「お父様、こちらは先日孵化した蜻蛉です。これが、その螻蛄の姿ですわ」
「ほお、よく描けているねえ。先日、なるべくたくさん紙が欲しいとおねだりしてきたのは、このためだったのだね」
「そうなのです。斎迩の君が、物事の移り変わりを知りたければ、文字でも絵でも記録を取るとよい、と教えてくださったので」
「うむ、そのとおりだ。父も、料地の詳しい絵図を描いて、どこにどのような蜂の巣があるのか、大きさや種類の記録をつけている。毎年書いておくと、蜂が好む条件や、なぜ今年は場所を変えたのかなど、分かってくることが多いものだよ」
「では、わたくしも、毎年ヤゴの絵姿を描くことにしますわ! けら男の話ですと、ヤゴの形は様々で、それによって成る蜻蛉が異なるそうですの。まだわたくしには、そこまで見分けがつきませんから」
「いやいや、この蜻蛉の羽の透き通る様、羽に浮かぶ筋まで、よく描けているよ。大姫は、絵も上手いのだね。そこは父に似たのかな。今度、蜂の巣の絵を持ってこよう。やはり種類によって、巣の形がまったく違うのだよ」
「まあ、素敵! よろしければ、巣の記録も見せていただきたいですわ。わたくしの観察帳の参考にさせてください」
本来なら、こういうお茶会では、女房達も話に加わり、大勢で笑いさざめくものなのだが、周りの女房達は、何とも言えぬ表情で、ただただ親子を見つめていた。あまりにマニアックすぎて、誰も、相槌ひとつ打てない。
ちょいちょいわたしの名前が出てきて、大輔の君が、「姫様に何教えてくれてんねん」みたいな目で睨んでいる。視線で殺されそうだ。
奇妙に静かな人々の輪の中で、空気読まないパパ殿と大姫のふたり劇場が、浮き上がって楽しそうである。
わたしは冷や汗もので、ひたすら沈黙を守っていた。
仲良きことは美しき哉、だよね、うん。




