家庭教師、詰問する
「一昨晩、父は宿居だったのだ」
またまた話が飛んだ。
宿居とは、夜の警護当番である。蔵人も文官官僚も関係なく、順番が回ってくる。14~5人程度で、不寝番をするのだ。
「蔵人が外回りを担当することが多いのでな、父は、奥殿の庭や池を見回っていた。そこに、青の袍が落ちていたのだ」
青の袍は、蔵人の制服である。パパ殿も、宮中に参内するときには着ている。
「青の袍の中に、この泥蜜団子と雀蜂の死骸が入っていたのだ」
「斎迩の君と初めてお会いしたとき、当家の料地で事故があった、と申したな。実は、あのとき牧場に盗人が入っていたのだが」
「宿居明けの翌日は休みだ。本日、すべての蔵人に知らせがあって、今上が御病だと、初めて知った」
「青の袍が、内裏の裏庭に打ち捨てられていることなど、あり得ないのだ」
――ワケ分からん!
パパ殿、報告も下手すぎ!
報・連・相は、社会人の必須スキルでしょうが!
そんなわやわやの報告してたら、この先の20年も、五位のままだよ。
「殿、その青の袍は、届けたのですか」
「もちろん、拾った場所もお知らせして、蔵人頭に渡してきた」
「でも、泥蜜団子と雀蜂の死骸は、くすねて来ちゃったんですね」
ぐっと言葉に詰まるパパ殿を見て、わたしは溜め息をついた。
そのまま揃えて届け出た方が、ずっと事は簡単だったのに。なんでわざわざ、自分の疑いを増やすような真似をするかね、この人は。
「青の袍を見つけたのは、どこです」
「淑景舎の裏の池だ。現在は東宮(皇太子)もおられないし、あの一角は、普段は使われていない」
「上の御病は、いつから、どういう状態なのでしょう」
「あまり大っぴらに話すことではないが、文によると、御熱が高く、喉とご尊顔が腫れあがっている。全身に赤斑が出て、痛みにうなされていらっしゃる、と。
一昨晩からお具合が悪かったのを、我慢していらっしゃったようだ。昨日の朝、夜の寝殿からお出ましにならないので、命婦が向かったら、もう起き上がれないほどだったと」
「なるほど。それで殿は、上の御病は、雀蜂の毒によるものだと、考えていらっしゃる」
「いや、確証はない! 蜂に刺されても、まったく平気な者と、重篤な状態になる者とがおる。ただ、症状が、似ているとは、思っている」
わたしはぐっと目に力を込めて、問いかけた。
「一度しか聞きません。殿様が謀ったことでは、ありませんよね」
「当然だ! 今上を害するようなことは決してせぬ! 臣は、先帝にもお仕えしていた。今上をお守りすると、お約束したのだ!」
そこまでは、よかった。その後、
「だいたい僕が、蜂をあのような非道な事に使うはずがないだろう! 巣から連れ去られ閉じ込められて、怯えて人を攻撃して、死んだのだぞ。あの雀蜂こそ、哀れではないか」
あ~、うん、パパ殿らしいというか。帝への忠誠心より、よほど説得力あるわ。
そもそも、この人と、暗殺というワードが結びつかないのだけれど、万万が一やるとしても、蜂だけは使わないだろう、パパ殿なら。
しかしそんな逆説的な弁護で、どれほどの人が信じてくれるというのか。蜂の死骸を持ち帰った行動だけで、充分、容疑者である。
「だいたい、なぜ雀蜂の死骸を持ち帰ったんです。まさか、お墓を作って供養してあげようとか言うんじゃないでしょうね」
「それは思いつかなかった。しかしいい考えだな、斎迩の君。こんな可哀そうな目に遇った蜂なのだから……」
「何を呑気な事を仰っているんです。このままだと、殿の方がもっと可哀そうになります! 雀蜂の死骸を持ち帰ったのは、暗殺の証拠隠滅だと、疑われても仕方ないんですよ、殿!」
それまで目を白黒させていた大姫は、暗殺という単語に、小さく叫び声をあげた。
今さらだけれど、今上暗殺云々なんて、11歳の大姫に聞かせるべきではない。とはいえ、こんな話題に飛ぶとは思いもしなかったし。ごめんね、大姫。
わたしは心の中で謝りつつ、気を静めた。
「とにかく、状況を整理してみましょう」
2日前の夜、今上が体調を崩した。
同じ頃、パパ殿が宮中の池で、青の袍を見つける。中に入っていたものと、帝の症状を考えると、今上は、雀蜂に刺された可能性が高い。
泥蜜団子が人の手で作られたこと、青の袍が捨ててあったことから、今上暗殺計画と思われる。
翻って一か月前、パパ殿の料地に泥棒が入った。下手人は、パパ殿の牧場の蜂を使ったのではないか――。
「おお、斎迩の君は説明が上手いなあ。そういうことなのだ」
……コイツはわたしの雇用主、雇い主、ご主人様。
心に唱えて、怒鳴りつけそうになるのを耐える。
大姫の方が深刻さを理解していて、父親に詰め寄った。
「なぜ、そんな蜂など持ち帰ってきたのです、お父様」
「本当にウチの蜂か、確認しようと思ってな。萩の群生の土手に、毎年巣を作る雀蜂がいるのだが、やはりその一族であった。土の中に巣を作るのは、雀蜂の中でも特に凶暴で、毒も強いのだ」
この人、以前、蜂の顔が見分けられるとか、のたまっていたけど。
少なくとも、各種族と巣の状況は把握しているらしい。
「先月の盗人は、選りによって、この巣を狙った。ハチミツ泥棒は多いが、もっとおとなしい蜜蜂の巣を狙う。蜜の味もよいしな。よほど蜂のことを知らない者が盗んだと、思っていたのだが」
「お父様、それでは、あの泥蜜団子は……」
「おそらく、あの団子の中に、蜂を埋め込んで運んだのだろう。しばらくは動かないだろうからな。ああ、そうか、濡らしておいたのかもしれぬ。蜂は、水がかかるとおとなしくなるのだ」
「ああ、じゃあ、わざと、青の袍を池に捨てたのですね。蜂と泥蜜団子にたっぷり水を吸わせていたら、袍も濡れたでしょう。それを隠すために、池に浸けたのかも」
「うむ、なるほど」
「それにしても、蜂泥棒が、青の袍を着て、内裏に忍び込んで、今上を刺せるほど、近づいたのでしょうか。そのようなことができるのは、それなりの身分の者、ということになりますけれど……」
そんな人間が、危険な大雀蜂を盗みに、山科くんだりまで自ら行くだろうか。
おそらく、共犯者がいるはずだ。
考え込んだわたしに、パパ殿はおおらかに言い放った。
「うむ。盗人は、とても身分のある者には見えなかったぞ。まあ、詳しいことは、ヤツに聞いてみればよい」
「「え?!」」
わたしと大姫は、ユニゾンで叫んでしまった。
「盗人は二人組だったのだ。ひとりは取り逃がしたが、もう一人は、八助が頑張って追いかけてな、捕えてある。逃げた方の顔も、ちらっと見たぞ。――言わなかったか?」
「「聞いてません!!」」
ぜえはあ。
「殿、それなら話は別です。その盗人と、蜂の死骸と泥蜜団子を揃えて、蔵人頭に引き渡しましょう。その時、今上の御病が蜂毒によるものではないかと、訴えてください。死骸を持ち帰ったのは、盗まれた蜂かどうか確認したかったと言えば、今なら許されます、たぶん」
「わ、分かった」
わたしと大姫の気迫に戦きつつ、パパ殿はあたふたと参内していった。
パパ殿、本当にマジで真剣に、報告スキル、習得してくれ!




