家庭教師、保護者面談する 1
ジャージ? いや、パパ殿、ツナギですか?
やっと会えた大姫の父親は、初対面の一瞬、現代風の姿に見えた。
さすがに黒髪なものの、チャラめのロン毛にツナギ、蜂を象ったブレスだのリングだの着けた中年男性である。
現代バージョンで、普段着がツナギって、どんだけアクティブなセレブなのか。
一瞬のうちに、パパ殿の身長が縮み、平安貴族の姿になった。現代版にしろ平安朝にしろ、ずいぶん見た目が若い。おそらく30代半ば。中年太りとは程遠い、引き締まった体つき。
着ている直衣は、いわば貴族の普段着だが、こなれた生地で、上質な仕立て。色のセンスもいい。きびきびとした動作は、姫君を彷彿とさせる。さすが親子だ。
「や、あなたが斎迩の君ですか。ようやくお会いできて嬉しいです。料地の方で手間取ってしまって、申し訳ない。これでも急いで戻ってきたのですが」
嘘つけ!
姫君の家庭教師になってから、1カ月。どの口が「急いで戻った」とか言えるのか。
ご料地は、京都からほど近い山科だ。だいたい、パパ殿は、宮中でお仕事もしているのである。山科から通勤していたのなら、自宅に寄れないはずがない。
ただ、わたしは通いで、午後遅くにはいなくなる。パパ殿は夜明けから正午くらいまで出仕しているので、ちょうどすれ違っていたという事情もあった。
それに1カ月も空いたせいで、それなりにパパ殿の情報も集めることができた。
パパ殿は、五位の蔵人。宮中の警備を行う役職だ。
まあ、蔵人にもいろいろあるのだけれど……。
そして、やはりあの姫君の父親だった。ずばり「変人」と評判なのである。まあ、現代のわたしから見れば、ただの個人的趣味だと思うのだが。
「ご料地で、蜂をお飼いになっていらっしゃるとか……」
パパ殿は一瞬怯んだ顔を見せ、
「ええ、まあ……。斎迩の君は、蜂は大丈夫ですか」
「刺されるのは困りますけれど、きちんと身を守って見る分には大丈夫です。獰猛なのもいますが、可愛らしい蜂もいますし。役に立ちますし」
「そう! そうなんだ! あんなに可愛い子達はいないよ! あの子達が必死に花を訪ね、蜜を集める姿の、健気さときたらっ。しかも命ある限り、ずっとそれを続けるんだよ、情けを知らない人などより、ずっと素晴らしいと思わないか!」
ぱあっと明るい表情になり、滔々と蜂愛を語り始めた。
あーうん、これは面倒くさいわ。
もういきなりタメ口だし。いえ、雇用主様だから、好きにしゃべってくれて構わないんだけど。
「……それを世の中の人は、蜂など役にも立たない物にかまけて、などと! うちの女房達でさえ、まるで恥ずかしいことのように言うんだからね!」
自分には蜂の一匹一匹の見分けがついて、全部に名前を付けている、という辺りからほぼスルーしていたが、ふと引っかかった。
「え? 蜂って役に立ちませんか?」
「そうだなあ、役には立たないかな。道楽と言えばそれまでだが」
え? この時代、まだハチミツは採取されていなかったのか。
あれ、でも、藤原道長の好物だったとか、読んだ気がするのだけど。
そういえば、この時代の甘味って、水菓子|(果物)と甘蔓だけなんだよね。甘蔓は日陰に育つツル科の植物で、絞ると甘い樹液が出る。当然、大量には採れない。貴族の中でも限られた人しか口に入れられない、超貴重品である。
「都の貴人には、好まれますよね。蜜を取って、献上などされないのですか」
「作業が危険すぎる。蜂だって、せっかく集めた餌を横取りされたら巣ごと全滅、必死で戦うし、人も無事には済まない。僕は、ウチの牧童達にも蜂にも、そんなツライ思いをさせたくないのでね」
偶然、遺棄された巣に、蜜が残っていることはある。そういうハチミツは、家でありがたく食べているが、少量なので、貴人に献上するほどの量ではない、と言う。
そうか。
現代の養蜂業は、蜂を巣箱で人工的に飼えること、一年中温室で花が咲くこと。この2点でもって、成立しているのだ。自然の花が咲く時期に合わせて、日本を北上して生活する養蜂家もいるけれど、そういう人達は蜂を巣箱で飼って、自分と一緒に移動している。
技術が進まないと、ハチミツって、取れないものだったんだなあ。
しかしそうすると、パパ殿は、単純に広い牧場で蜂を放し飼い? というか、蜂が自然のままに育っているだけなのか。それって「飼っている」と呼べるのだろうか。
そして蜜も集めないとなると、確かに「なんの役にも立たない」と言われても仕方ないかもしれない。
とはいえ、この「お殿様の趣味」に関して、女房達の口の重さといったら、予想外だった。
みんな顔を赤らめて、意地でも喋らない。大姫の奇天烈な趣味に慣らされている大輔の君ですら、欠片も口を割らなかった。パパ殿が蜂を飼っていることをわたしにバラしたのは、もちろん、そんなことには頓着しない、大姫である。
実際、もう一つの趣味については、女房達の誰もが、「あまりお耳に入れる事では……」とか言いながら、くすくす楽しそうに教えてくれたのに。
パパ殿はロリコ……、ゲホゲホ、グフン、小さい女童がお好きなのである。
とはいっても別にムリヤリ無体な事をするわけではない(当たり前だ)。単に小さい女の子を大勢集めて、自分の周りできゃあきゃあ遊んでいるのを見るのが好き、ということらしい。
夕方から夜、パパ殿のいる本殿は、少女達のはしゃぎ声で賑やかなのだそうだ。
早朝の昆虫採集に備えて、早々に寝てしまう東の対屋とは対照的である。
しかし、いっそあっぱれなほど、ゴーイングマイウェイなパパ殿だ。
何度でも言おう。
この親にしてあの娘あり。




