家庭教師、保護者面談する 2
そんなパパ殿が、大姫の結婚だけには、なぜ、平安時代の常識に拘るのか。
大姫の花嫁教育を任されている立場としては、是非とも聞いておかねばならない。
このパパ殿には、遠慮する意味を感じない。さっさと見切りをつけたわたしは、どストレートにその点を質問してみた。
けっこう失礼な質問に、パパ殿は、嬉しそうに笑った。やはり変人貴族である。
「大姫から、いくつも文をもらっている。姫は、斎迩の君を気に入ったようだな。それがどんなに珍しいことか。……僕は、姫に、あまり好かれていない、から、なぁ」
しゅん、としてしまったパパ殿の言によれば。
パパ殿は現在36歳。それで、官位は五位。藤原の姓を持つ者としては、ぶっちゃけ、ものすごく出世が遅い。
しかも五位の蔵人は、蔵人の中で最低ランクである。
蔵人は宮中の警備役なので、当然もっと上の官位の人もいる。そういう人は、蔵人の中でも「滝口」という、帝専用のSP役だ。
蔵人のトップは蔵人頭といって、常に帝の傍に張り付き、私設秘書官のような仕事をこなす。蔵人頭ともなれば、官位も二位三位。当然、エリートコースまっしぐらである。
「しかも僕ときたら、もう17年も、五位の蔵人をやっててな。蔵人は名誉職だから、そうやって、藤原氏の体面を保たせてくれているのだろう」
そんな甲斐性のない自分では、姫を幸せにできないと、パパ殿は諦めたように笑った。
「僕は、そりゃ藤原一族ではあるが、出世は覚束ない。そんな男の姫を、出世狙いで欲しいと思う公達はいない。となると、大姫が自分の魅力で、できるだけ上位の公達に見初められるしかないだろう」
――なんだ、娘のこと、大事に思ってるんじゃない。
わたしは本当にホッとして、更に本心をぶっちゃけた。
「あの個性的な大姫様が、大貴族の奥方に収まって、幸せになれるでしょうか。今、好きなことをして生活しているままではだめなのですか? 失礼ですが、殿であれば、大姫様を一生面倒見る財力もおありですし」
だいたいこの時代、子どもは母親が育てるものだ。
が、大姫の場合、母親の身分が低く、なおかつ産後すぐに亡くなってしまったので、パパ殿が自分の屋敷に引き取った。これだけでも、この時代の父親にしたら、かなり珍しい。
『源氏物語』にも夕顔の君の娘、玉蔓の話が出てくるが、母親が死んだら、親切な乳母が引き取りでもしない限り、孤児として流浪の生活を送るしかない。
大姫は、「姫」扱いの生活を送れているだけでも、ラッキーなのである。
「……えっ」
思いっきり虚を突かれたようで、パパ殿はしばらく絶句していた。
変人と名高くても、貴族の姫が嫁に行かない、という選択肢は浮かばなかったようだ。
それに。
「大姫様がお殿様のことをお好きでない、ということはないと思いますよ」
思春期に入ろうかという女の子が、パパに度々ラ○ンを送っているのだ。反抗期でちょっと尖った反応をするかもしれないが、根っこは、大姫もパパ殿が好きなのではないかと思う。
この時代の父娘関係としては普通とはいえ、このふたりにはコミュニケーションが足りないだけではないのか。
「今度、お時間を作って、大姫様の本当のご希望を聞いてみたら如何でしょう。お殿様の蜂のお話と、大姫様の毛虫のお話は、どちらも面白いと存じます。きっとお気が合いますよ」
「おお! なるほど、大姫を趣味の同士として考えるのか! いや実は、大姫の母にも11歳のころに出会ったのだよ。それはもう、可愛ゆらしくて……。今、僕の本殿にも同じ年頃の女童が8人ほどいて、皆それぞれに可愛いが、もしも大姫と身近く語り合って、父親としてあるまじき想いを抱いてしまったらと思うと……、どう接したらいいのか。
そうか、大姫は同好の士か……。素晴らしい! 斎迩の君、ありがたい!」
おい待て!
あんた、娘相手になんつー心配をしてるんだ?!
前言撤回。
大姫、マジでパパ殿を避けてるのかも。てか、身の危険を感じてるのか?
いや、わたしは、個人の恋愛性向について、どうこう言う気はまったくない。
同性愛も小児愛も、歴史的にはむしろフツーだし。当事者間がハッピーならば、それでいいと思う。
――でもさ。ロリコン(あっ、ついに言っちゃった)よりも、蜂を飼っている方が、絶対に口に出せないほど恥かしい、という感覚って……本当、平安時代の常識、ワケ分かんないよ。




