まったく別の、謀略
――呪詛は、成らなかった。
不甲斐ない己が情けなく、座主様のお顔を見上げることもできない。
ほう、と座主様がため息をつかれ、我はびくっとする。
呆れられた。いくらお優しい座主様でも、我を見限るかもしれない。この寺を追い出されたら、我は、どこで何をして生きればよいのか。
呪詛は、一生懸命やった。これまでの生涯でもっとも必死だった、と言える。
だが、結果は失敗だったのだ。
「よい、そのように気を落とすな。内裏の警護は堅い。何人もの高僧どもが呪詛返しを行ったのやもしれぬ。其の方ひとりに任せたのが、酷であったな」
我は、がばと体を起こした。
座主様は、微笑んでおられる。
いつものお優しい顔なのに、なぜか背筋がぞくっとした。
「こちらも複数で対抗すれば、呪詛は成るやもしれぬ。だが、そのような場所も人数も、用意できぬ。この座主は、常に寺の表の顔として、皆の前に出なければならぬからな。――おかげで、決意が固まったものよ」
座主様は、一息ついた。
試されている、と、瞬間的に悟った。
我は、忠誠と決意を、見られているのだ。
「呪詛など、手ぬるいわ。今上を弑し奉る」
「我に! 我にお任せください! 次こそは成功させてみせます!」
反射的に叫んでから、愕然とした。
弑逆?!
今上を、殺すというのか、直接? そんなことが、可能なのか。
「そのようにいきり立たずとも、其の方の忠誠を疑ったことはない。よいか、今上は幼な子、内裏からお出にならぬ。宮中に入ることさえできぬ其の方には、触れるどころか、見ることさえできぬわ。実行者は、別に用意しておる」
「……っ」
すでにそこまで、計画が決まっているのか。
自分が成し遂げたいのか、逃げ出したいのか、分からない。
ただ一つはっきりしていることは、座主様に失望だけは、されたくない。
「我も、お役に立ちたくございます」
「おお、其の方ならば、そう言うてくれると思っておった。内裏の協力者は、兄が見繕ってきた者での。いまひとつ使えぬ。其の方に用意してもらいたき物があるのよ」
座主様の兄君か。
ご立派な阿闍梨様だが、下の者を蔑み、酷く扱われる。しょせん、仏徳も人格も、座主様には敵わぬ、安っぽいお方だ。
「はい、我にお任せください」
「よう言うた。頼りにしておるぞ。これは其の方にしか、準備できぬだろうからの」
座主様がいちばんに頼りにされているのは、この、我だ。
喜びと誇りでいっぱいになる。
今上を直接自分の手で殺害しなくてもいいという安心感も、少しはあった。
代わりに、どんなことでも協力し、事が成ったあかつきには、己の身を引き立てていただくのだ。
座主様が、手招く。
もう背筋は寒くない。むしろ、体中が熱いほどだ。
「近う寄るがよい。詳しく計画を教えよう。其の方に集めてもらう物はの……」




