学年一可愛い令嬢三姉妹は、二人写真を残したあとはどこに置くかまで本気で揉め始める
翌朝、机の上に並んだ三枚の写真を見た瞬間、俺はもうだいぶ駄目だと思った。
涼花との一枚。
優里との一枚。
龍華との一枚。
どれもサイズは小さい。
なのに存在感だけは妙に大きい。
昨夜のうちに財布へ入れるか、引き出しへしまうか、せめて本の間にでも挟んで見えなくしようかと散々迷った。迷った結果、どこへ置いても意識してしまう未来しか見えず、結局そのまま机の端へ裏返して置くことしかできなかった。
そして、そういう時に限って朝から嫌な予感はよく当たる。
「神谷くん」
一時間目の前、教室の後ろから涼花がひょこっと顔を出した。
「なんだよ」
「ちゃんと持ってる?」
「何を」
「写真!」
声を潜めろ。
教室でその単語を元気よく出すな。
「……持ってるよ」
「どこに?」
「なんで聞くんだよ」
「気になるもん!」
そこへ、今度は優里まで来た。
「私も少し気になります」
「お前までか」
「だって、昨日お渡ししたので」
“お渡しした”じゃないんだよな。
押しつけられたんだよな、正確には。
さらに廊下側から、龍華の声が飛ぶ。
「捨ててたら泣くぞ」
「お前が言うと嘘っぽいな」
「泣きはしない。詰める」
「そっちの方が怖い」
三方向からの圧が朝から重い。
俺は小さくため息をついて言った。
「捨ててない。ちゃんとある」
すると、三人とも妙に満足そうな顔をした。
そこまでで終わればよかった。
「で、どこに置いてるの?」
涼花が聞く。
「聞くな」
「えー」
「大事な情報です」
優里が静かに補足するな。
「なんでだよ」
「扱いが分かるので」
その理屈が成立するの、怖すぎるだろ。
結局、その質問には答えないまま午前中をやり過ごしたのだが、どうせ引き下がらないだろうとは思っていた。
そして案の定、放課後、アパートへ戻ると三姉妹が揃っていた。
「……何しに来た」
「確認!」
涼花が元気よく言う。
「何の」
「写真の置き場所!」
やっぱりそこか。
「そこを本人確認しに来るのか」
「だって大事じゃん!」
「大事じゃない」
「大事です」
優里がやわらかく重ねる。
「かなり」
「龍華、お前もか?」
「私は別にどこでもいい」
そう言ってから、すぐ続ける。
「でも、雑にしまわれてたら腹立つな」
「お前も十分気にしてるじゃないか」
もう駄目だ。
今日のこいつら、その一点で来ている。
結局、いつものように部屋へ上げる流れになった。
※ ※ ※
部屋へ入るなり、三姉妹の視線が机へ向かった。
裏返して置いていた三枚の写真。
俺としては、目に入りすぎず、かといって雑にしているわけでもない、中間くらいの置き方だった。つもりだった。
「……」
「……」
「……」
三人とも黙る。
最初に口を開いたのは、涼花だった。
「なんで裏向きなの!?」
「そこからかよ」
「だって見えないじゃん!」
「見えすぎても困るだろ」
「困らないよ!」
「俺が困る」
優里は机の前まで歩いてきて、裏返した写真を一枚だけそっとめくった。
自分のやつだ。
それを見てから、少しだけ目を細める。
「……ちゃんと机の上なんですね」
「まあ」
「よかったです」
その“よかった”が静かで、でも本気だった。
龍華は腕を組んだまま、机と俺を交互に見た。
「お前、しまわないんだな」
「しまうと逆に意識しそうで嫌だった」
「へえ」
そこで、少しだけ口元が上がる。
「じゃあ、結構気に入ってるわけだ」
「そういう解釈するな」
「でも間違ってないだろ」
否定しきれないのが腹立たしい。
涼花は相変わらず納得していない顔だった。
「でもでも、ここだと来ない日に見られないじゃん!」
「来ない日を前提にするな」
「だってあるでしょ!」
「あるけど」
「じゃあ持ち歩いてよ!」
「は?」
「財布とか!」
「やめろ」
「なんで!?」
「なんででもだ」
すると、優里が静かに口を挟んだ。
「それは……少し分かります」
「乗るなよ」
「でも、机の上だけだと、神谷くんが学校へ行っている間は見られませんし」
「写真に見られる側の発想するな」
「では、神谷くんが見る方で」
「言い換えても怖いんだよ」
龍華がそこで、ふっと笑った。
「だったら一枚だけ財布、でいいだろ」
「お前、また地雷投げるな」
「効率的じゃないか」
「何の効率だよ」
その一言で、部屋の空気が一段変わった。
涼花が目を丸くする。
優里もわずかに表情を止める。
「一枚だけ?」
涼花が聞き返す。
「そうだな」
龍華が平然と言う。
「毎日持ち歩くなら一番意味あるだろ」
「いや、それは……」
俺が言葉を挟む前に、涼花がすごい勢いで俺の方を向いた。
「じゃあ、わたしの!」
「待て」
「なんで!?」
「なんででもだ!」
「だって一番元気出るし!」
「その理屈はお前の中だけだろ」
優里は涼花みたいに声を張らない。
でも、その分だけ静かに刺してくる。
「もし一枚だけなら、私は……」
「続けるな」
「読書の栞代わりにもなりますし」
「使い方が重いんだよ」
龍華は面白そうに俺を見る。
「私は別に財布じゃなくてもいい」
「珍しいな」
「スマホケースでも」
「選択肢を増やすな!」
完全におかしな会議になっていた。
財布か。
スマホケースか。
本の間か。
机の上か。
三姉妹が本気で、自分との二人写真を俺の生活のどこへ置くかで揉めている。
状況だけ切り取ると、だいぶ終わっている。
「……お前らさ」
俺が言うと、三人が一斉にこっちを見る。
「なんだよ、その揃った反応」
「大事な話だし」
涼花が真っ先に返す。
「大事じゃない」
「大事です」
優里が静かに重ねる。
「私はちょっと楽しくなってきた」
龍華まで乗るな。
俺は机の前へ行って、三枚の写真を全部手に取った。
涼花との一枚。
優里との一枚。
龍華との一枚。
並べると、本当に全部違う。
「……一枚だけとか無理だろ」
そう言うと、三人とも少しだけ黙った。
「なんで?」
涼花が聞く。
「なんでって」
うまく説明できる自信はなかった。
でも、ここでごまかすと余計に面倒になるのも分かっていた。
「どれも、その日の感じごと残ってる」
涼花がわずかに目を見開く。
優里は静かに息を止めたみたいな顔をしていた。
龍華だけが、少しだけ得意げに目を細める。
「涼花のは、あの日の勢いそのままだし」
「……うん」
「優里のは、静かな感じがそのまま残ってるし」
「……」
「龍華のは、近い」
「ざっくりしてるな」
龍華が笑う。
「でも本当だろ」
そう返すと、龍華はそれ以上何も言わなかった。
「だから、どれか一つだけを特別扱いするのは違う」
そこまで言い切ると、部屋が妙に静かになった。
やばいな、と思う。
でももう遅い。
最初に反応したのは、優里だった。
小さく、でもちゃんと嬉しそうに笑う。
「……ずるいですね」
「何が」
「そういう答え方」
「傷つかないからな」
「その代わり、ちゃんと嬉しいです」
優里のそういうところが、本当に厄介だ。
涼花は写真を見て、それから俺を見る。
「じゃあ、三枚ともちゃんと持つ?」
「それも重いな」
「でも捨てないんでしょ?」
「捨てない」
「じゃあいいや!」
その切り替えが早い。
龍華は壁にもたれたまま、少しだけ口元を上げた。
「お前、そういうとこだけ妙にうまいな」
「褒めてる?」
「半分」
「お前もそれ使うんだな」
「便利だからな」
そこへ、涼花が突然言った。
「じゃあさ!」
「嫌な予感」
「写真立て買おうよ!」
「何でだよ!」
「だって三枚とも置くなら、その方がかわいくない!?」
「かわいさで部屋の中身を決めるな」
「でも、机の上に並んでたらすっごくよくない?」
「よくない」
「私は少し分かります」
優里、乗るな。
「机の上に自然に置けるものなら」
「自然じゃないだろ、だいぶ」
「私は別に嫌いじゃない」
龍華まで。
そして、そこから先は案の定だった。
三人で「写真立ては木目がいい」「いや透明の方が重くない」「三連タイプがいい」「机に置くなら角度が」とか言い始める。
もう何の会議なんだよ。
「……お前ら、俺の部屋を何だと思ってるんだ」
「思い出置き場?」
涼花が笑う。
「それ言うとだいぶ怖いな」
「でも、少しそうかもしれません」
優里が静かに言った。
「神谷くんのお部屋って、ちゃんと残る場所ですから」
その言い方は、やっぱりずるい。
龍華はクッションを抱え直しながら、こっちを見る。
「まあ、嫌ならここまで言わないだろ」
「……」
「嫌か?」
また、それを聞くのか。
嫌じゃない。
だから困る。
この部屋に三姉妹の気配が増えていくことを、完全には嫌がれない。
それをもう、三人とも見抜いている。
「……嫌ではない」
そう言うと、涼花がぱっと笑った。
「じゃあ決まり!」
「決まってない」
「近いうちに見に行こう!」
「だから決まってないって」
「でも、写真立てちょっと気になる」
優里がやわらかく言う。
「私は三連がいいです」
「採用案みたいに言うな」
「私は透明派だな」
龍華まで平然と混ざるな。
どうやら令嬢三姉妹は、一度残した“証拠”を、今度は俺の部屋の景色そのものへ混ぜ込む気らしい。
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