学年一可愛い令嬢三姉妹は、それぞれの“証拠”を見せ合ったあとで当然みたいに新しい二人写真まで増やしてくる
翌朝、教室へ入った瞬間から、空気がおかしかった。
いや、最近ずっとおかしいのだが、今日はまた別の方向で変だった。
涼花は妙に機嫌がいい。
優里はいつも通り穏やかな顔をしているのに、目だけが少し静かすぎる。
龍華は廊下の向こうで、やけに余裕のある顔をしていた。
嫌な予感しかしない。
「神谷くん!」
一時間目が始まる前、涼花が席まで来る。
「なんだよ」
「昨日の夜、ちゃんと寝た?」
「寝たけど」
「ふーん」
「なんだその反応」
「別にー?」
別に、の顔じゃない。
明らかに何か隠している顔だ。
その直後、優里が教室の後ろから少しだけ顔を出した。
「神谷くん、おはようございます」
「おはよう」
「昨日は、よく眠れましたか?」
「……なんでお前まで同じこと聞くんだよ」
優里はやわらかく微笑んだ。
「大事なことなので」
そこへ廊下から、龍華が一言だけ落としていく。
「寝不足顔ではないな」
「お前ら、今朝どうなってるんだよ」
しかし、答えは返ってこなかった。
三人とも、妙に満足そうな顔をしているだけだ。
その理由が分かったのは、放課後だった。
※ ※ ※
アパートへ戻ると、やっぱり三姉妹が揃っていた。
もうそこは驚かない。
だが、今日は持ち物が妙だった。
涼花は小さな箱を抱えていて、
優里は薄いベージュの上品な紙袋を持ち、
龍華はスマホを弄りながら、いかにも面白いことを知っている顔をしていた。
「……今日は何だよ」
「写真整理会!」
涼花が元気よく言う。
「嫌な単語だな」
「嫌じゃないよ!」
「俺には嫌な予感しかしない」
「でも必要だもん」
優里が静かに補足する。
「海の写真、結構増えましたし」
その言い方で、だいたい察した。
こいつら、それぞれ持っている“証拠”を持ち寄る気だ。
部屋へ上がるなり、涼花は箱をローテーブルへ置いた。
中身は、小さなフォトプリンターだった。
「なんでそんなもん持ってるんだよ」
「うちにあった!」
「令嬢の家、何でもあるな」
「便利でしょ!」
優里の紙袋から出てきたのは、革張りの小さなフォトアルバムだった。
しかもシンプルで上品なやつだ。俺の部屋にあると、一気に場違い感が増す。
「なんでアルバム」
「せっかくですから、ちゃんと残した方がいいかなと思って」
「残す前提なんだな」
「はい」
優里はやわらかく言い切った。
龍華はソファ代わりにしているベッドの端へ座ると、スマホを軽く振った。
「私はデータ担当」
「そこだけ妙に現代的だな」
「便利だからな」
結局、ローテーブルの上へ海の写真が次々並べられることになった。
四人で並んだ集合写真。
涼花が砂浜でピースしてるやつ。
優里が日陰で笑ってるやつ。
龍華がサングラス越しにこっちを見てるやつ。
そして――問題の写真たち。
「じゃあ、まずわたし!」
涼花がスマホを構える。
「これ!」
画面に映っていたのは、先日の夜にこの部屋で撮った二人の写真だった。
コンビニのアイスを前に、少し照れた顔の涼花と、やや困った顔の俺が並んでいる。
「……送るなよ」
「送ってないよ!」
「じゃあなんで見せるんだ」
「自慢!」
開き直るな。
でも、涼花はその写真を見ながら本当に嬉しそうだった。
自分だけのものを見せびらかしたい顔をしている。
「いいでしょ?」
「何がだよ」
「わたしの!」
そこを強調するな。
すると、龍華が鼻で笑った。
「甘いな」
「何が!?」
「一枚で満足してるとこ」
そう言って、龍華も自分のスマホ画面をこちらへ向けた。
例の写真。
俺の部屋で半ば強引に撮られた、俺と龍華の二人写真。
「お前……」
「残るだろ」
得意げだった。
「これ、かなりいいぞ」
「見せなくていい!」
「なんでだよ」
「色々とだ!」
涼花がすぐに食いつく。
「ちょ、龍華お姉ちゃん、それはずるい!」
「お前も持ってるだろ」
「でも、その顔ちょっと近い!」
「写真だからな」
「その理屈使うの禁止!」
そこへ、優里が静かにアルバムの横へ一枚の写真を置いた。
「私は、これです」
海の集合写真だった。
「……優里お姉ちゃん、それだけ?」
涼花が聞く。
「今のところは」
「今のところって何だよ」
俺が言うと、優里はやわらかく微笑んだ。
「だって、私だけまだ“二人のもの”がありませんので」
「言うなよ、それをそんな静かな顔で」
だが、その一言で空気が変わった。
涼花が「えっ」と固まり、
龍華が少しだけ面白そうに目を細める。
優里はフォトアルバムを閉じて、俺を見た。
「神谷くん」
「なんだ」
「今、撮ってもいいですか?」
それを今ここで言うのか。
「待て待て待て」
「駄目ですか?」
「その聞き方ずるいんだよ」
「でも、理屈は通っていると思います」
通ってるようで通ってない。
すると、涼花がすぐに叫んだ。
「じゃあ、わたしも撮り直したい!」
「なんでそうなる」
「だって今日のわたし、髪型ちょっと違うし!」
知らんがな。
「私は別に今ので十分だけど」
龍華が言う。
だが、そのあとに続くのがよくなかった。
「でも、お前が撮るなら私も更新していいな」
「更新って何だよ、アプリじゃないんだぞ」
「写真だろ」
「そうだけど!」
結局、三姉妹全員が“最新の二人写真”を欲しがるという、意味の分からない展開になった。
「なんでこうなるんだよ……」
俺が頭を抱えると、涼花がすぐに言った。
「だって、ちゃんと残したいもん!」
「私もです」
優里が静かに続く。
「その日の空気ごと残るので」
「私は増やしたいだけだな」
龍華までさらっと言う。
「お前だけ理由が雑だな」
「素直だろ」
そういう問題じゃない。
しかし、逃げられないのは分かっていた。
三人とも本気だ。
そして、ここで一人だけ断れば余計に面倒になる未来も見える。
「……一人一枚だけだぞ」
結局、俺はそう言った。
すると、三姉妹の反応は見事に揃った。
「やった!」
「ありがとうございます」
「よし」
だから、その連携が怖いんだよ。
最初は涼花だった。
フォトプリンターの前に座って、少しだけ緊張した顔でスマホを構える。
「神谷くん、もっとこっち」
「またか」
「今日のは、もっとちゃんと笑って!」
「難題だな」
「ちょっとでいいから!」
涼花は自分でも照れているのか、耳が赤い。
でも、ちゃんとこっちを見ている。
パシャッ。
撮れた瞬間、涼花は画面を見て、すごく嬉しそうに笑った。
「これ、好き!」
「早いな」
「だって、今の神谷くんちょっとやさしかった!」
「何だその感想」
「わたしには分かるの!」
次は優里だった。
優里は、涼花ほど騒がない。
静かに俺の隣へ来て、ほんの少しだけ距離を詰める。
「……近い」
「写真ですから」
だから、その理屈を使うな。
でも、優里の場合はそれすら穏やかに聞こえるから厄介だ。
視線を向けると、優里はほんの少しだけ頬を染めていた。
「神谷くん」
「なんだ」
「ちゃんと見てくださいね」
「見てるだろ」
「今は、私だけを」
その一言の破壊力が高すぎた。
パシャッ。
撮れたあと、優里はすぐには画面を見なかった。
まずこっちを見て、それから少しだけ微笑む。
「……これ、好きです」
「まだ見てないだろ」
「今の空気が、です」
そういうことを言うな。
最後は龍華だった。
「お前、もういいだろ」
「更新だよ」
「その発想ほんと嫌いだ」
「でも乗ったのはお前だろ」
返す言葉がない。
龍華は一番自然だった。
自然すぎて怖いくらいだ。俺の隣へ来て、肩が軽く触れる位置で止まる。
「神谷」
「なんだ」
「今日のはちゃんと笑え」
「命令するな」
「じゃあお願いだ」
その言い方が少しだけやわらかくて、逆に困る。
パシャッ。
龍華は画面を見ると、小さく笑った。
「うん、こっちの方がいい」
「もう比較する気満々じゃないか」
「当然だろ」
撮り終わったあとは、涼花のフォトプリンターが本気を出した。
小さな写真が次々に印刷されてくる。
光沢のある紙に、三姉妹それぞれとの二人写真が並んでいくのは、だいぶ落ち着かなかった。
「……これ全部どうする気だよ」
「アルバム!」
涼花が即答する。
「一冊にまとめる!」
「やめろ」
「なんで!?」
「なんででもだ」
すると、優里が静かに言った。
「では、分けましょうか」
「何を」
「神谷くんの分と、私たちの分です」
「そういう問題じゃない」
「でも、神谷くんも持っていてください」
優里がそう言いながら、一枚だけ写真を差し出してくる。
「これは?」
「今日の私です」
だから、そういう言い方をするな。
龍華は横から鼻で笑った。
「じゃあ私はこれ」
自分との写真を一枚、当然みたいに俺の前へ置く。
「おい」
「残すんだろ」
「勝手に決めるな」
「私はこれ!」
涼花まで一番気に入ったらしい一枚を置いてくる。
「だからやめろって!」
「でも、ほしいでしょ?」
涼花がきょとんとする。
「……」
言い返せなかった。
三枚の写真が、ローテーブルの上へ並ぶ。
涼花との明るいやつ。
優里との静かなやつ。
龍華との近いやつ。
全部違う。
全部、ちゃんとその人らしい。
「神谷くん」
優里が小さく呼ぶ。
「どれも、捨てないでくださいね」
「捨てるわけないだろ」
「ほんと?」
涼花が食いつく。
「ほんとだよ」
そう答えると、三姉妹の顔が、それぞれ違う形で少しだけやわらかくなった。
どうやら令嬢三姉妹は、一度“証拠”の作り方を覚えると、当然みたいにそれを増やしていくらしい。
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