学年一可愛い令嬢三姉妹の長女は、静かな証拠を見つけると当然みたいに自分の分も残そうとする
優里と別れたあと、俺はいつもより少しだけ長く玄関に立っていた。
財布の中へしまった写真。
それが妙に気になって、部屋へ入ってからも何度か取り出しかけてはやめる。たかが集合写真だ。海へ行った記念みたいなもので、変な意味なんてない。そう思っているのに、優里が「私が嬉しかった日の証拠」と言ったせいで、ただの一枚では済まなくなっている。
机へ座って本を開いてみても、頭に入らない。
結局、俺は財布を引き寄せて、もう一度だけ写真を見た。
砂浜の光。
三姉妹の笑顔。
真ん中で少しだけ困った顔の俺。
「……何やってんだろうな」
自分で呟いた時だった。
コンコン。
今度は控えめなノックじゃなかった。
短く、はっきりした二回。
聞き慣れたリズムだ。
「……」
嫌な予感しかしないまま扉を開けると、そこには龍華が立っていた。
今日は昼間よりもっとラフな格好だった。
黒のパンツに大きめのTシャツ、その上から薄いパーカーを羽織っている。化粧っ気も薄いし、髪も軽くまとめただけ。なのに、そういう気を抜いた格好の方が、逆にこいつの顔立ちの強さが際立つから困る。
「何してんだよ」
「何って、来ただけだ」
「その“だけ”が重いんだよ」
龍華は俺の返事を待たずに部屋へ入った。
もうここまでくると、本当に自分の家みたいだなと思う。
「優里と行ってたんだってな」
上がるなり、第一声がそれだった。
「早いな」
「優里が帰ってきた時、顔が分かりやすかった」
「お前ら、姉妹で観察眼を共有してるのか?」
「共有はしてない。けど分かる」
龍華はクッションを引き寄せて座りながら、俺の机の方へ視線を向ける。
その視線の先で、俺は反射的に財布を伏せた。
「……」
「……」
龍華の目が細くなる。
「今、何隠した」
「何も」
「嘘つけ」
即答された。
龍華はゆっくり立ち上がると、机の前まで来る。
逃げるほどではない。でも、近い。こいつはいつもそうだ。逃げると不自然になるくらいの距離まで自然な顔で来る。
「見せろ」
「嫌だよ」
「なんで」
「なんででもだ」
「じゃあ優里絡みだな」
鋭いな、本当に。
「……お前、その勘の良さ別のことに使えないのか」
「今これが一番大事だから無理」
龍華はそう言って、俺の手元の財布へ視線を落としたまま、少しだけ口元を上げた。
「写真か?」
「なんでそこまで分かるんだよ」
「図星か」
そこで初めて、俺は小さく舌打ちしたくなった。
もう自白したようなものじゃないか。
龍華は財布を取り上げたりはしなかった。
ただ、机の端へ腰を預けて、じっとこっちを見ている。
「優里、やるな」
「何が」
「ちゃんと残るもん渡してる」
その言い方に、少しだけ返事が詰まる。
やっぱり、龍華もそこへ気づくのか。
「別に、海の集合写真だぞ」
「知ってる。だから厄介なんだろ」
「……」
「四人の思い出って顔してるのに、その中で自分の意味をちゃんと持たせてる」
龍華はそう言って、小さく鼻で笑った。
「優里らしい」
それは、たしかにそうだった。
しばらく黙っていると、龍華が不意に言う。
「じゃあ、私も残す」
「何を」
「証拠」
その単語を、そんな当然みたいに使うな。
「お前ら、なんでそういう方向に発想が行くんだよ」
「恋愛だからな」
「便利に使うな、その単語」
龍華は俺の本棚の前へ行って、しばらく眺めていた。
何する気だと思った次の瞬間、そこから一冊、漫画を引き抜く。
前に俺が貸したやつだ。
「これ」
「なんだよ」
「続き、まだ買ってないだろ」
「発売まだ先だし」
「出たら私が持ってくる」
「……は?」
「で、お前の本棚に入れる」
龍華は平然としていた。
「それが私の証拠」
「発想が独特すぎるな」
「嫌か?」
そう聞かれると、少しだけ困る。
嫌ではない。むしろ、龍華らしいなと思ってしまった時点で、たぶん負けている。
「……お前、それでいいのか」
「よくない理由あるか?」
龍華は漫画を戻して、今度は俺の机の横へ来た。
さっきより近い。立ったまま、少しだけ顔を覗き込むような角度になる。
「優里みたいに、綺麗な言葉で残すのは向いてない」
「まあ、うん」
「涼花みたいに、真正面から言い続けるのも違う」
「それも分かる」
「だから私は、自然に置いてく」
龍華はそこで、俺の机の端に置いてあったシャーペンを手に取った。
期末前に置いていった筆記具ケースのやつだ。
「こういうのでもいい」
「……」
「お前の生活に、私が持ってきたもんが普通に混ざってるの、結構好きだし」
またそれだ。
この長女は、気を抜くとこういうのを平然と言う。
「なあ、神谷」
「なんだ」
「財布」
「嫌だ」
「早いな」
「お前、写真見ようとしてるだろ」
「見ないよ」
「信用できない」
「失礼だな」
そう言いながらも、龍華は少しだけ笑っていた。
それから、机の上へ自分のスマホを置く。
「じゃあ、交換だ」
「何が」
「写真撮る」
「は?」
「今ここで」
意味が分からない。
「なんでそうなる」
「優里が写真残したなら、私も残す」
「張り合うなって」
「張り合うだろ」
言い切りやがった。
「お前と二人の写真、一枚くらいあってもいい」
その台詞を、龍華は本当に何でもないみたいな顔で言う。
でも、俺の方は何でもなく済むわけがない。
「いや、待て」
「待たない」
龍華は俺の返事を聞く前に、スマホのカメラを起動した。
そして自然な顔で、机の横へ腰を寄せる。
「近い」
「写真だからな」
「その理屈、花火の時にも聞いた」
「便利だろ」
スマホの画面に、俺と龍華が並んで映る。
こんなの、冷静に見られるわけがない。
「ちゃんとこっち向け」
「嫌だ」
「嫌な顔でも撮るぞ」
「脅すな」
「脅してない。予告だ」
結局、半ば押し切られる形で一枚撮られた。
パシャッ。
軽い音。
それだけなのに、妙に胸がうるさい。
龍華はすぐに画面を確認して、少しだけ満足そうに笑った。
「悪くない」
「見せろ」
「嫌だ」
「自分は見るのかよ」
「私のスマホだからな」
それはそうだが、納得はしたくない。
龍華はスマホをしまうと、今度は机の上にあった財布を見た。
その視線に、俺は小さく息をつく。
「……見せる」
「へえ」
「その代わり、笑うなよ」
「内容次第」
「その時点で信用できないな」
財布を開いて、海の写真を一瞬だけ見せる。
龍華はちゃんと一瞬で見た。
それだけで十分だったらしい。
口元が、少しだけ緩む。
「なるほどな」
「何が」
「ちゃんと、隣だ」
「お前もそこ気にするのかよ」
「当たり前だろ」
あっさり言うな。
「でも」
龍華はそこで、少しだけ目を細めた。
「私のは、もっと神谷の顔が近い」
「比較するな」
「するに決まってる」
どうしようもないな、本当に。
そのあと、龍華は珍しく長居しなかった。
麦茶を一杯飲んで、クッションに少しもたれて、それから立ち上がる。
「今日は帰る」
「早いな」
「残したかっただけだし」
「何をだよ」
龍華は靴を履きながら振り返った。
「証拠」
そう言って、少しだけ笑う。
「次、写真送るかも」
「送るな」
「気が向いたらな」
「やめろって」
「でも、お前絶対見るだろ」
……それは、否定できなかった。
扉が閉まったあと、俺はしばらくその場で動かなかった。
財布の中には、優里が渡した海の写真。
そして龍華のスマホの中には、さっき撮った二人の写真。
どうやら令嬢三姉妹の長女は、他の誰かが静かに残したものを見つけると、当然みたいに自分の分まで増やしていくらしい。
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