学年一可愛い令嬢三姉妹は、海に来た途端に隣の権利を本気で奪い合う
海へ行く当日の朝、俺は集合時間の三十分前には起きていた。
起きていた、というより起こされる未来が見えていたから、先回りして目を覚ましただけだ。
前日に三姉妹が俺の部屋で海の作戦会議をしてからというもの、スマホにはやたらと通知が飛んできていた。涼花は「忘れ物ない!?」だの「浮き輪持ってく!」だの、朝から元気の前借りみたいなテンションだったし、優里は「日焼け止めは多めに用意しています」とか「飲み物は冷やしてあります」とか、相変わらず抜かりがない。龍華は龍華で『遅れるな』の一文だけだったが、その短さが逆に怖かった。
だから、今日はもう最初から諦めていた。
ピンポーン。
予想通りのタイミングでチャイムが鳴る。
扉を開けると、そこには黒塗りの車と、見慣れた三人の姿があった。
「おはよー!」
涼花が真っ先に手を振る。
今日は白いパーカーを羽織っていて、その下にはもう海へ行く前提の軽い格好が見えていた。髪も高めに結んでいて、完全に“遊ぶ気満々の夏休み女子”である。
優里は薄い色のワンピースに大きめのバッグを提げていた。
見た目は相変わらず上品なのに、そのバッグの中身はたぶん保冷剤だのタオルだの薬だのがきっちり詰められている。そういうところまで優里らしい。
龍華は黒のTシャツにシャツを羽織ったラフな格好で、片手にサングラスを持っていた。
そのまま雑誌の表紙でもやれそうな顔をしているのが腹立つ。
「……朝から強いな、お前ら」
「海だよ!?」
涼花が言う。
「そりゃ強いよ!」
「理屈が雑すぎる」
「でも合ってるだろ」
龍華が平然と乗ってくる。
たしかに、今日の三姉妹は全員機嫌がよかった。
花火大会の時もそうだったが、こういうイベントの日になると、三人とも分かりやすく浮かれる。ただ、その浮かれ方が三者三様なのが面白い。
涼花は全身で楽しみを表に出す。
優里はきちんと整えたまま、その内側に高揚を隠しきれない。
龍華は平然としているふりをしながら、実際は一番最初に段取りを組んでいる。
結局、俺はまた黒塗りの車へ乗せられて海へ向かった。
※ ※ ※
行き先は、少し離れた海水浴場だった。
近場より人が少なく、設備も整っていて、しかも砂浜が広い。
昨日の会議で龍華が「ここならまだマシ」と言っていた場所だ。優里も「日陰の休憩スペースがありますね」と納得し、涼花は「海がきれいならどこでもいい!」と最後は勢いで押し切っていた。
車を降りると、潮の匂いがした。
照り返しは強いが、風は思ったより気持ちいい。
青い海が広がっていて、子ども連れや学生グループの声が遠くから聞こえてくる。典型的な夏の海という感じだった。
問題は、そのあとだった。
「じゃあ、着替えよ!」
涼花が元気よく言って、更衣室の方を指さす。
そこまではいい。
だが、しばらくして俺が先に着替え終わって出てくると、砂浜の入口あたりで三姉妹が並んで待っていた。
そして、その瞬間、俺は本気で言葉に詰まった。
涼花は、昨日言っていた通りスポーティーな水着だった。
明るい色味で、動きやすさ重視なのが分かる。それでも、いつもの元気さに似合っていて、いかにも涼花らしい。本人もそれを分かっているのか、俺の反応を期待するみたいな目でこっちを見ていた。
優里は落ち着いた色のシンプルな水着に、薄いシャツを羽織っていた。
派手さはない。ないのに、妙に目を引く。たぶん、優里はこういう時に必要以上を見せない方が強いタイプなんだろう。
龍華は黒を基調にしたかなりシンプルな水着に、ラフな上着を羽織っていた。
無駄がない。飾り気もない。なのに、一番目を逸らしにくい。なんなんだこいつは。
「……」
「……」
「……」
三人とも、俺の反応待ちだった。
花火大会の浴衣の時と同じだ。
逃げ場がない。
「お前ら」
やっと口が動いた。
「普通に似合うな」
すると、また見事なくらい反応が割れた。
涼花は「ほんと!?」とすぐに笑顔になり、
優里は少しだけ目を伏せて「ありがとうございます」とやわらかく返し、
龍華は「だろ」と得意げに言った。
「お前だけなんで確信してるんだよ」
「私だからな」
意味が分からない。
でも、言い切られると何となくそれっぽく聞こえるのが腹立つ。
涼花はもう我慢できないらしく、俺のすぐ隣へ来た。
「ねえ、どう!? ほんとにスポーティーの方でよかった!?」
「よかったよ」
「やった!」
分かりやすい。
こいつは本当に、嬉しい時に嬉しい顔を隠さない。
優里は一歩引いた位置からこちらを見ていたが、俺と目が合うと少しだけ微笑んだ。
「私の方も、外してなさそうで安心しました」
「外すも何も、お前はどっちでも似合ってたと思うけど」
そこまで言った瞬間、優里がほんの少しだけ動きを止めた。
それから、やわらかく笑う。
「……それ、かなり嬉しいです」
この人は、本当に静かに効くことを言わせる。
「じゃあ、行こ!」
涼花が俺の手首を引く。
「おい、引っ張るな」
「だって早く入りたいし!」
「お前、水着になるとさらに雑だな」
「失礼だなー!」
その横から、龍華が当然みたいに口を挟む。
「待て。先に日焼け止め」
「うっ」
「ほらな」
言うと思った。
龍華は実用担当を自称しているだけあって、そういうところだけは徹底している。
優里がバッグから日焼け止めを取り出した。
その流れがあまりにも自然すぎて、俺は嫌な予感しかしなかった。
「神谷くんも、塗りますよね?」
「……自分でやる」
「そうですか?」
優里が少しだけ首を傾げる。
「では、背中は?」
「……」
そこは盲点だった。
「わたしやる!」
涼花がすぐに手を挙げる。
「いや待て!」
「私がやる」
龍華まで乗ってくるな。
「龍華お姉ちゃんはだめ!」
「なんでだよ」
「なんかだめ!」
優里がその二人の間へ静かに入った。
「なら、順番に落ち着きましょう」
「落ち着く前に話がおかしいんだよ」
結局、そこは優里が一番穏当に処理した。
羽織っていたシャツの上から軽く補助する程度で済ませ、「はい、これで大丈夫です」と静かに終わらせる。こういう時に一番空気を壊さないのも、やっぱり優里だった。
海へ入ると、最初に暴れたのは当然ながら涼花だった。
「つめたーい!」
そう叫びながらも一番深いところまで行く。
完全に元気が服を脱いで海へ入ったみたいな状態だ。
「神谷くん! こっちこっち!」
「遠い!」
「平気だよー!」
平気なのはお前だけだ。
優里は最初は波打ち際で様子を見ていたが、俺が近くにいると少しだけ安心するらしく、ゆっくりこちらへ寄ってきた。
その動き方が、海の中でも優里らしい。騒がしくない。けれど、気づけばちゃんとそばにいる。
「意外と、大丈夫そうだな」
俺が言うと、優里は少し笑った。
「思っていたより、ですね」
「苦手かと思ってた」
「得意ではないです」
「だろうな」
「でも、神谷くんがいますから」
そういうのを、海の中で普通に言うな。
涼しい顔をしてるくせに、内容が危ない。
龍華はというと、一番遅く海へ入ってきたくせに、一番落ち着いていた。
無駄にはしゃがない。波の入り方も、身体の使い方も安定している。やっぱりこの長女、なんだかんだ全部そつなくこなす。
「お前、海でも強そうだな」
「何だその評価」
「いや、なんとなく」
「まあ、変に騒ぐよりはマシだろ」
言いながら、龍華はちらっと涼花の方を見る。
その視線の先で、涼花は一人でビーチボールを高く打ち上げていた。
「たしかにな……」
しばらくして、涼花が「三人でこっち来て!」と大声で呼んだ。
仕方なく集まると、こいつは当然みたいに四人で写真を撮ろうと言い出す。
「なんでだよ」
「思い出!」
「でも、写真はいいかもしれません」
優里が乗る。
「あとで見返せますし」
「私は別に」
そう言いながら、龍華も離れない。
結局、近くにいた家族連れのお母さんに頼んで、四人で並ぶことになった。
「もうちょっと寄ってくださーい」
お母さんが明るく言う。
その一言で、三姉妹の距離感が一気におかしくなった。
涼花は俺の右腕に自然と寄り、
優里は左側へやわらかく並び、
龍華は背中側から肩が触れるくらいの位置を取る。
「近い近い近い」
「写真だから!」
涼花が笑う。
「大丈夫ですよ」
優里が静かに言う。
「逃げるな」
龍華まで言うな。
シャッターが切られるその瞬間、俺はたぶん相当変な顔をしていたと思う。
そのあと、砂浜へ戻って少し休憩になった。
優里が持ってきた冷たい飲み物が配られ、龍華がクーラーボックスから凍らせたタオルを出し、涼花は砂浜に座ったまま「海たのしー!」と全身で表現している。
「お前、本当に楽しそうだな」
「楽しいもん!」
即答。
そのあと、少しだけ真面目な顔になった。
「神谷くんも楽しい?」
その質問を、海でもするのか。
「……まあな」
そう答えると、涼花はぱっと笑った。
「よかった!」
優里はそれを聞いて、ほっとしたように息をついた。
「神谷くん、今日は最初より表情がやわらかいです」
「そんなに分かるか?」
「分かります」
「私は最初から分かってたけどな」
龍華が言う。
「お前、こういうイベントは来るまでが面倒なだけで、来たらちゃんと楽しむタイプだし」
「分析が腹立つな」
「当たってるだろ」
悔しいが、当たっていた。
日が少し傾き始める頃、涼花が名残惜しそうに海を振り返った。
「もうちょっといたい……」
「明日バイトだろ」
「うっ」
「現実を思い出させるなよ」
龍華が笑う。
「でも、まあそろそろだな」
着替えて、軽く食べて、帰る。
その流れになるのは当然だったのに、誰もすぐには動かなかった。
楽しい時間ほど、終わりが見えると少しだけ静かになる。
それは三姉妹も同じらしい。
結局、帰り道の車の中は、行きよりずっと落ち着いていた。
涼花は途中で眠そうになり、優里はそんな妹へタオルを掛けてやり、龍華は運転席から「寝るなら首ちゃんと寄せろ」と短く言う。
その全部が、妙にしっくり来ていた。
そして、アパートへ戻ったあと、当然みたいに三姉妹はまた俺の部屋へ上がった。
「今日はほんとに、ちょっとだけ!」
涼花が言う。
もはやこの台詞に意味があるのかは怪しい。
でも今日は、さすがに全員少し疲れていた。
麦茶を飲んで、涼しい部屋で一息つくと、海の熱気がようやく身体から抜けていく。
「神谷くん」
優里が静かに言った。
「今日は、来てくれてありがとうございました」
「もう何回も聞いたな、その台詞」
「何回でも言います」
優里らしい返しだった。
龍華はクッションにもたれながら、少しだけ目を閉じる。
「悪くなかったな」
「海が?」
「全部だろ」
その言い方が、最近少しずつ優しくなってる気がする。
涼花は眠そうにしながらも、笑っていた。
「次はもっと遠くでもいいかも」
「気が早いな」
「だって、神谷くんも楽しそうだったし」
「……そう見えたなら、まあ」
「見えたよー」
そのまま、涼花はクッションを抱えながら小さくあくびをした。
どうやら令嬢三姉妹は、海ひとつ行くだけでも、ちゃんと俺の時間を自分たちの思い出に変えていくらしい。
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