学年一可愛い令嬢三姉妹は、海の予定が近づくと当然みたいに俺の部屋で真剣な作戦会議を始める
花火大会の翌々日、俺は久しぶりに本当に静かな午後を過ごせると思っていた。
夏休みとはいえ、毎日どこかへ出かけているわけではない。
バイトの予定を確認して、適当に昼飯を済ませて、あとは部屋で本でも読もう。そんな平和な計画だった。
だが、その程度の平和が長く続くわけもない。
ピンポーン。
もう最近は、チャイムが鳴るたびにため息をつくのが習慣になりつつある。
扉を開けると、案の定というか、期待を裏切らないというか、そこには西園寺三姉妹が揃っていた。
「こんにちはー!」
先頭は涼花。
花火大会の余韻がまだ残っているのか、妙に機嫌がいい。今日は明るい色のトップスにショートパンツという、いかにも夏休みらしい格好で、大きめのトートバッグを肩にかけている。
その後ろに優里。
白地のワンピースに薄いカーディガンを羽織っていて、相変わらず上品だ。手には紙袋と、海沿いの施設らしきパンフレットの束を持っている。
最後が龍華。
今日は黒のパンツに半袖シャツというシンプルな装いだが、それでも妙に目を引く。片手にはタブレット、もう片方には保冷バッグまで持っていた。
「……お前ら、今日は何だよ」
「海!」
涼花が元気よく言い切る。
「単語だけで全部通そうとするな」
「でも今日はほんとに海の話!」
そう言いながら、涼花はずいっとパンフレットを見せてくる。
近い。距離が近い。
「この前、次は海って言ってたじゃん!」
「言ってたな……」
「だから今日は、ちゃんと決める日!」
決める日、ね。
嫌な予感しかしない。
優里がやわらかく微笑んだ。
「前回、花火の時は勢いで決まってしまった部分もあったので」
「十分すぎるほど作戦練ってただろ」
「海はまた別です」
静かな顔で言い切るな。
龍華は玄関先で靴を脱ぎながら、当然みたいに言った。
「海は準備が多い」
「お前らの中で、もう行くの確定してるんだな」
「お前、来ないのか?」
龍華にそう返されると、少し言葉に詰まる。
来ない、と言い切れるなら話は早い。
でも、それができない時点で、俺もだいぶ終わっている。
「……とりあえず上がれよ」
そう言うと、三人とも満足そうな顔をした。
だから、その顔をするな。
※ ※ ※
十分後、俺の六畳一間はまたしても妙な方向へ充実していた。
ローテーブルの上には、海水浴場とプライベートビーチ併設のホテル、近場の市民プール、さらに隣県の大型レジャー施設まで含めた資料が並んでいる。優里が持ってきたらしいパンフレットはどれも綺麗に揃えられ、龍華のタブレットには移動時間、入場料、混雑予想まで表示されていた。
涼花はというと、なぜか水着売り場の広告冊子まで持ってきている。
そこは持ってくるな。
「なんでそんなに本格的なんだよ」
「だって海だよ!?」
涼花が言う。
「花火より準備いるでしょ!」
「それはまあ、そうだけど」
「日焼け止め、飲み物、着替え、浮き輪!」
「最後の浮き輪はお前専用だろ」
「えへへ」
否定しないのかよ。
優里はパンフレットの一枚をこちらへ向けた。
「まず、候補は三つくらいに絞った方がいいかと」
「絞る前提なんだな」
「神谷くん、泳ぐのは苦手ではないんですよね?」
「人並みには」
「でしたら、砂浜がある方が涼花は喜びますし」
「わたしだけ基準!?」
「喜ぶだろ」
「喜ぶけど!」
そういうところは正直なんだよな。
龍華がタブレットを操作しながら、低い声で言った。
「近場の海水浴場は人が多すぎる。行くなら少し離れたとこだな」
「お前、そういうのはちゃんと考えるんだな」
「思い出の大半は移動と環境で決まる」
「なんか急に名言みたいなこと言うな」
「事実だろ」
そこは否定しづらい。
ローテーブルの周りに座る位置も、もはや自然に固定されつつあった。
涼花は俺の右隣のラグ。
優里はローテーブルの左。
龍華はベッド横のクッション。
三人とも、そこが自分の席みたいな顔をしているのが、いまだに少しだけ納得いかない。
「で」
俺は冊子の山を見ながら言う。
「今日は具体的に何決めるつもりなんだ」
すると、涼花がすごい勢いで手を挙げた。
「はい!」
「なんだ」
「誰が神谷くんの隣で海入るか!」
「帰れ」
「なんで!?」
「そこを最初に決める会議なら今すぐ解散だ」
優里が小さく咳払いした。
「涼花、それは後です」
「後なの!?」
「後にするな!」
龍華が面白そうに鼻で笑った。
「まあ、そこは大事だけどな」
「お前も乗るな」
「海だぞ。隣歩くのと隣で海入るのは別だろ」
「別枠にするな!」
会話の方向が完全におかしい。
なのに、三人ともわりと本気の顔をしているから困る。
優里が話を戻すみたいに、静かな声で言った。
「まず、日程ですね」
「ようやくまともになった」
「私としては、今週末が都合がいいです」
「早いな」
「夏休みは短いので」
最近、この人たちそればっかりだ。
涼花もすぐに頷く。
「今週末いい! 天気もよさそうだし!」
「バイトと被ってないなら、まあ……」
そこまで言うと、涼花が一気に身を乗り出した。
「じゃあ行ける!?」
「まだ確定してない」
「でも可能性高いよね!?」
「高くはなった」
「やった!」
だから早いんだよ、喜ぶのが。
龍華はそんな涼花を横目で見ながら、別の論点を投げてきた。
「で、水着どうする」
空気が一瞬だけ止まった。
「おい」
「何だ」
「その話題は慎重にいけ」
「なんでだよ」
「なんでもだ」
だが、残念ながら三姉妹はそこで止まるタイプではなかった。
涼花が冊子をばさっと開く。
「ねえ、神谷くんってどういうのが好き?」
「直球だな」
「だって気になるし!」
「聞かなくていい」
「でも見られるんだよ!?」
その言い方も危ない。
優里がやわらかく補足する。
「好みを知っておいて損はないかなと」
「損しかない気がするんだけど」
「そんなことありません」
「あります」
龍華は腕を組んで、平然と言った。
「私は動きやすいのがいい」
「お前はブレないな」
「当たり前だろ」
涼花は冊子のページをめくりながら、自分の候補らしい写真を見せてきた。
「こういう明るいやつと、こっちのスポーティーなの、どっちがいいと思う?」
「なんで俺が選ぶんだよ」
「見たいって言ったから!」
「浴衣の流れを水着に適用するな」
「でも気になるじゃん!」
たしかに、気にならないと言えば嘘になる。
でも、それを今ここで口に出せるほど俺は強くない。
「……スポーティーな方」
適当に答えたつもりだった。
だが、涼花は一瞬だけ目を丸くして、それからすごく嬉しそうに笑った。
「ほんと!? やった!」
「何がそんなに」
「それ、わたしもそっちがいいと思ってたから!」
分かりやすい。
本当に分かりやすい。
優里は少し静かに冊子をめくって、自分の候補のページを差し出してきた。
派手なものではなく、落ち着いた色味のものが並んでいる。いかにも優里らしい。
「私は、こちらとこちらで迷っていて」
「待て」
「なんですか?」
「普通に見せるな」
「でも、選んでほしいので」
またその顔だ。
静かなのに逃げ場がない。
少しだけ視線を落として考える。
正直、どっちも優里には似合いそうだった。
「……こっち」
少しシンプルな方を指すと、優里はゆっくり瞬いた。
「そうですか」
「嫌だったか」
「いえ」
やわらかく笑う。
「むしろ、少し嬉しいです」
そう言われると、こっちが困る。
龍華は最後まで冊子を見なかった。
代わりに、俺の方だけを見ている。
「お前は?」
俺が聞くと、龍華は口元を少し上げた。
「私はもう決まってる」
「何で」
「お前、どうせ聞かなくても似合うって言うだろ」
その自信はどこから来るんだ。
「……否定しづらいな」
「だろ」
涼花がすぐに反応した。
「ずるい! 龍華お姉ちゃんだけ完成してる!」
「完成って何だよ」
「自信!」
「お前も十分あるだろ」
「あるけど!」
そこは認めるのか。
ひとしきり水着の話で騒いだあと、今度は持ち物の話になった。
涼花は浮き輪とビーチボールを持っていきたがり、
優里は日焼け止めとタオルの数を細かく確認し、
龍華はクーラーボックスを車に積めるかどうかまで考え始めていた。
「なあ」
俺が言う。
「これ、本当に海行くだけの準備か?」
「当たり前じゃん!」
「かなり本気だぞ」
「海を甘く見るな」
龍華が言い切る。
「お前、さっきからずっと戦場みたいに扱ってるだろ」
「準備不足で行くと後悔する」
「そこだけ妙に正しいのが腹立つな」
すると、優里がふとこちらを見た。
「神谷くん」
「なんだ」
「楽しみにしていますか?」
また、その質問だ。
三姉妹は最近、本当によくそれを聞く。
そして、そのたびに俺の答えをちゃんと見ている。
「……少しは」
正直に答えると、涼花が嬉しそうに笑った。
「よかった!」
「神谷くん、最近ちょっと素直だよね」
「お前らのせいだろ」
「それ、ちょっと嬉しいです」
優里が静かに言う。
「私はかなり嬉しいけどな」
龍華まで乗るな。
そのあとも、三人は海の予定を巡って賑やかに言い合っていた。
誰が日焼け止めを貸すか。
誰が飲み物を持つか。
誰が神谷悠真の隣で写真を撮るか。
最後のは即却下したが、誰も本気で引いていない顔をしていた。
どうやら令嬢三姉妹は、海の予定ひとつ取っても、本気で俺の時間を取りに来るつもりらしい。
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