学年一可愛い令嬢三姉妹は、夏休み最初の大イベントを当然みたいに俺の部屋で浴衣会議に変える
夏休みの予定表みたいなものが、俺のローテーブルの上で勝手に作られ始めてから二日後。
結局、最初の大きなイベントは花火大会に決まった。
決まった、というより、決められた、の方が正しいかもしれない。
俺としては、海だの美術館だの遠出だの、もっと順番に小出しにされるかと思っていたのだが、三姉妹の中では「浴衣」という強すぎる共通ワードが出た時点で、もう勝負はついていたらしい。
そして、その決定は当然のように次の問題を連れてきた。
――誰がどの浴衣を着るか。
――髪はどうするか。
――移動はどうするか。
――そして何より、誰が俺の隣を確保するか。
嫌な予感しかしないまま迎えた土曜の昼。
俺が部屋でだらだら本を読んでいると、チャイムが鳴った。
もう最近は、鳴った時点でため息が出るようになっている。
扉を開けると、やっぱり三姉妹が揃っていた。
「おじゃましまーす!」
先頭は涼花。
いつも通り元気だが、今日は妙にテンションが高い。腕には大きな紙袋が二つも下がっている。
後ろには優里。
薄い色のワンピースに、涼しげなカーディガン。手には細長い箱と、上品な和柄のファイルケースを持っていた。
最後が龍華。
黒のパンツにシンプルなシャツという、相変わらず無駄のない私服姿で、片手にはタブレット、もう片方にはなぜか扇子を持っている。
「……今日は何だよ」
「浴衣会議!」
涼花が満面の笑みで言った。
「嫌な単語しか入ってないな」
「そんなことないよ!」
「ある」
優里がやわらかく補足する。
「今日は、花火大会当日の動きをある程度決めたいんです」
「ある程度で済む気がしない」
「済まないだろうな」
龍華が平然と乗るな。
結局、三人は当然みたいに部屋へ上がり込んだ。
※ ※ ※
十分後、俺の六畳一間はまたしても様子のおかしい空間になっていた。
ローテーブルの上には、涼花が持ってきた浴衣のカタログ数冊。
優里のファイルケースからは、和装小物の見本帳みたいなものが出てきている。
龍華のタブレットには、花火大会当日の天気、気温、人出の予測、周辺の混雑状況まで表示されていた。
「なんでそんなに本格的なんだよ」
「だって花火だよ!?」
涼花が言う。
「一大イベントだよ!?」
「お前の中での熱量が強すぎる」
「神谷くん、女の子の浴衣を甘く見すぎです」
優里が静かに言った。
「準備、かなり大変なんですよ」
「そうなのか」
「そうだよー!」
涼花がすぐに乗る。
「帯とか、髪とか、歩きやすさとか、いっぱいあるの!」
「そこに気を回せるの、意外だな」
「ひどい!」
でも、そうやって頬を膨らませる涼花も、今日はどこか浮かれて見える。
無理もない。夏祭りだの花火大会だのは、こいつにとってはたぶん一番映えるイベントだ。
「で」
俺はカタログの山を見ながら言う。
「なんでこれを俺の部屋でやるんだ」
「神谷くんの好みを聞くため!」
涼花が即答した。
「聞かなくていい」
「聞くよ!」
「いや、お前らの浴衣を俺が選ぶのはだいぶ危ないだろ」
「でも見たいって言ったじゃん」
涼花にそう返されて、一瞬言葉に詰まる。
たしかにこの前、花火の流れで“そっちの浴衣が見たい”みたいなことは言った。言ったが、それは会議の議題になるような発言じゃない。
優里はそんな俺の反応を見ながら、小さく笑った。
「神谷くん、ちゃんと責任を取ってください」
「なんでそうなる」
「期待させた側ですから」
「静かな顔で強いこと言うな」
龍華はタブレットを操作しながら、興味なさそうな顔で言った。
「お前、だいたいこういうの、淡い色好きそうだよな」
「なんで決めつける」
「見てるから」
「便利だな、その返し」
そこから先は、完全に三姉妹のターンだった。
涼花は明るい色のページを次々開いて、「これかわいくない!?」「こっちは元気っぽいかな!?」と一人で盛り上がっている。
優里は対照的に、落ち着いた色味の中から上品な柄を選び、「会場の雰囲気的にはこちらの方が映えるかもしれません」と冷静に分析していた。
龍華は龍華で、見た目だけじゃなく「動きやすさ」とか「暑さに強いか」とか、実用的な基準で候補を絞っている。
「……お前ら、本当に性格出るな」
「何が?」
涼花が聞く。
「涼花は完全に“かわいい”優先」
「当たり前じゃん」
「優里は品重視」
「それは、そうかもしれません」
「龍華は実戦仕様」
そう言った瞬間、涼花が吹き出した。
優里も口元を押さえて笑い、龍華は露骨に嫌そうな顔になる。
「実戦仕様って何だよ」
「歩きやすさだの暑さだの言ってる時点でそうだろ」
「花火大会は戦場だ」
「言い切るな」
そのあと、当然みたいに俺へ意見が求められた。
「神谷くんは、どれがいいと思う?」
涼花が三つのページを広げる。
赤、薄い水色、白地に花柄。
どれも似合いそうだから困る。
「……水色」
「やった!」
涼花が即座に喜ぶ。
「なんでそんなに嬉しそうなんだよ」
「選んでもらえたから!」
こいつ、本当にそういうのを隠さない。
優里は静かにファイルをめくって、自分の候補を二つ見せてきた。
紺地に控えめな柄のものと、淡い藤色のもの。
「どちらがいいと思いますか?」
「難しいな」
「でも、ちゃんと選んでください」
「圧があるな……」
少し考えてから、俺は藤色の方を指した。
すると、優里は一瞬だけ目を丸くして、それからやわらかく笑った。
「よかったです。私も、こちらの方が少し好きでした」
そう言われると、妙に嬉しそうに見えて困る。
最後に龍華が見せてきたのは、黒に近い濃紺と、深い赤紫の二択だった。
「お前、極端だな」
「嫌か?」
「嫌じゃないけど、どっちもお前っぽい」
「へえ」
龍華は少しだけ目を細める。
「じゃあ、どっちが見たい」
その聞き方はよくない。
しかも、他の二人が黙ってこっちを見てる時にやるな。
「……赤紫」
そう答えると、龍華はふっと笑った。
「分かってるじゃん」
「なんだその言い方」
「私もそっち着る気だった」
だったら最初から聞くなよと言いたくなるが、その顔が少しだけ嬉しそうだったから、言えなかった。
ここで終われば、まだ平和だった。
だが、三姉妹がそんなので終わるわけがない。
「じゃあ次!」
涼花が勢いよく言う。
「誰が神谷くんの隣歩くか!」
「やっぱり来たな」
「そこも大事だから!」
「大事じゃない」
「大事です」
優里が静かに言うな。
「会場、混むでしょうし」
「お前、それを理屈に使うのか」
「使います」
龍華は即座に言った。
「私は神谷と一番背格好が近いから、並びやすい」
「何だその理論」
「涼花ははしゃいでどっか行くし、優里は歩幅が小さい」
「ちょっと!」
涼花が即座に抗議する。
「わたし、ちゃんと歩けるもん!」
「途中で屋台見つけたら直進しないだろ」
「うっ」
「図星かよ」
優里はやわらかく反論した。
「でも、龍華は龍華で、神谷くんの隣を取ったら譲らないでしょう?」
「譲る理由あるか?」
「ない顔してますね」
「あると思うか?」
「思いません」
にこやかに肯定するな。
結局、三人でわあわあ言い合った末に、信じられない提案が出た。
「じゃあ、交代制!」
涼花が胸を張る。
「何を言ってるんだ」
「会場着くまで一人、花火見る時一人、帰り一人!」
「俺は何なんだよ、共有財産か?」
「ひどい言い方しないでよ!」
「いや、そっちの発想がひどいだろ」
優里は少し考えたあと、静かに言った。
「……でも、案としては合理的ですね」
「乗るな」
「全然乗りません」
「今の間が怪しいんだよ」
龍華は腕を組み直した。
「私は別に、最後がいい」
「なんで」
「帰りが一番長く話せるだろ」
そういうところだぞ、本当に。
涼花が「じゃあわたし最初!」と食いつき、優里が「では私は花火を見る時でしょうか」と静かにまとめに入ろうとする。
「待て待て待て」
俺は頭を抱えた。
「誰もまだ行くって最終決定してない」
「するでしょ?」
涼花がきょとんとする。
「するだろ」
龍華が当然みたいに言う。
「してくれますよね?」
優里がやわらかく重ねる。
なんで三方向から同時に追い込まれてるんだ。
そのあとも、会議はさらにおかしな方向へ進んだ。
涼花は「屋台で何食べるかリスト」を作り始め、
優里は「花火がきれいに見える位置取り」を調べ、
龍華は「混雑を避ける帰り道」を真剣に検討している。
俺の部屋で、令嬢三姉妹が、本気で夏祭りの作戦を練っている。
この状況に慣れてきている自分が一番怖い。
ふと、優里が顔を上げた。
「神谷くん」
「なんだ」
「楽しみですか?」
また、その質問だ。
しかも、今度は三人揃った状態で聞くのか。
涼花も、龍華も、言葉は止めないくせに視線だけはちゃんとこっちへ向けている。
「……まあ」
俺は少しだけ息をついた。
「お前らがここまで騒いでると、嫌でもその気になる」
正直な本音だった。
三人がいると、静かな休日なんてもう望めない。
でも、その代わり、今までの俺にはなかった予定が勝手に増えていく。
花火も、その一つだ。
涼花はぱっと顔を明るくし、
優里はほっとしたように笑い、
龍華は「だろうな」とでも言いたげに目を細めた。
「じゃあ決まり!」
涼花が言う。
「やっぱり決まるのか」
「当たり前じゃん!」
「神谷くん、浴衣楽しみにしててくださいね」
優里が静かに言う。
「そういうことを普通に言うな」
「楽しみにしてますよね?」
龍華まで乗ってくる。
「……否定しづらいのが腹立つ」
三姉妹が一斉に笑う。
どうやら令嬢三姉妹は、夏休み初日から俺の部屋を花火大会の作戦本部に仕立て上げる気らしい。
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