学年一可愛い令嬢三姉妹は、夏休み初日から当然みたいに俺の部屋を作戦本部にする
終業式が終わって、本格的に夏休みへ入った最初の土曜。
俺は朝から、嫌な予感にだけは満ちた一日を迎えていた。
理由は明白だ。
期末明けからずっと、三姉妹は夏休みの予定を本気で取りに来ていた。海だの、美術館だの、遠出だの、花火だの。あの三人が一度「夏休み」という単語を獲得してしまった以上、何も起きないわけがない。
そして、その予感は午前十時前に現実になった。
ピンポーン。
扉を開けた瞬間、俺は小さく目を閉じた。
「おはよー!」
先頭にいたのは涼花。
後ろに優里。
さらに少し離れた位置で、腕を組んでいる龍華。
西園寺三姉妹、勢揃いである。
「……なんでだよ」
「夏休みだから!」
涼花が満面の笑みで言う。
「理由になってない」
「なるよ!」
「ならない」
だが、今日はいつもと少し違った。
三人とも手ぶらではない。
涼花は大きなクリアファイルを抱え、優里は上品な紙袋を持ち、龍華はタブレット端末を片手にしていた。
ろくでもない準備が整っている顔だ。
「神谷くんのお部屋、借りますね」
優里がやわらかく言った。
「まだ貸すって言ってない」
「でも、追い返さないですよね?」
「その聞き方ずるいな」
「ありがとうございます」
「礼を言うな」
結局、三人は当然みたいに部屋へ上がった。
※ ※ ※
十分後。
俺の六畳一間は、完全に“夏休み作戦会議室”になっていた。
ローテーブルの上には、涼花が持ってきた花火大会や海水浴場のパンフレット。優里の紙袋からは、市内と近隣県の美術展やクラシックコンサートの案内状が整然と並べられている。龍華のタブレットには、電車の時刻表や車での移動時間、ついでに周辺の飲食店まで表示されていた。
「なんでここまで本格的なんだよ」
「だって、夏休みは短いし!」
涼花が元気よく言う。
「短くはないだろ」
「でも、会える日をちゃんと確保しないと、あっという間だよ!」
その言い方が、いちいち真っ直ぐで困る。
優里は美しい手つきで案内状を並べながら言った。
「せっかくですから、行き当たりばったりではなく、ある程度整理しておきたいんです」
「整理っていうか、完全に取り合いの下準備だろ」
「否定はしません」
優里が穏やかに笑う。
笑顔で認めるな。
龍華はタブレットを操作しながら淡々と言った。
「無駄な争いを避けるための会議だ」
「お前が一番火種だろ」
「それはそう」
「認めるな」
涼花が最初にパンフレットを突きつけてきた。
「はい! まず海!」
「早いな」
「だって夏といえば海でしょ!」
「お前の中ではな」
「神谷くん、海行ったら絶対似合うよ!」
「何がだよ」
「なんか、こう……白いTシャツとか!」
「雑だな」
「でも見たい!」
それを願望込みで言うな。
すると、優里が静かに別の案内状を差し出した。
「私は、こちらの展示が気になっています」
柔らかな紙に印刷された、それなりに格式のありそうな美術展の招待状。
会場は市内の大きな美術館で、会期は夏休み中盤。令嬢らしいチョイスだなと思いながら内容を見ると、たしかに面白そうではある。
「神谷くん、こういうの嫌いじゃないですよね」
「……嫌いじゃない」
「やっぱり」
優里が少しだけ嬉しそうに目を細める。
「そのあと、近くのカフェでゆっくりお話もできますし」
「自然に二人前提にするな」
「えっ」
涼花がすぐ反応した。
「優里お姉ちゃん、それずるくない!?」
「ずるくないですよ。展示と感想の共有は、セットであるべきです」
「理屈っぽい!」
「大事なことですから」
そのやり取りに、龍華が鼻で笑った。
「甘いな」
「何がだよ」
俺が言うと、龍華は画面をこちらへ向けた。
「花火大会」
「お前も定番だな」
「定番だから強いんだよ」
画面には、隣町でやる大きめの花火大会の情報が出ていた。
時間、会場、アクセス、近くの駐車場まで全部表示されている。抜かりがない。
「これなら夕方から動けばいいし、帰りも遅くなりすぎない」
「妙に具体的だな」
「調べたからな」
「なんで」
「お前、花火くらいは嫌いじゃないだろ」
それは、まあそうだ。
「あと」
龍華はそこで少しだけ口元を上げた。
「浴衣見たい」
「は?」
俺が間抜けな声を出すと、涼花がぱっと顔を上げた。
「それ! わたしも思ってた!」
「待て待て待て」
「神谷くんの浴衣!」
「なんで俺なんだよ」
「え、見たくない!?」
「質問の形が雑すぎる」
すると、優里まで小さく頷いた。
「たしかに、少し見たいです」
「優里まで乗るのかよ」
「似合うと思うので」
その言い方も危ない。
さらっと言うな。
「いや、普通そっちだろ」
俺がそう返すと、今度は三姉妹の動きが一瞬止まった。
「そっち?」
涼花が聞き返す。
「お前らの浴衣だよ」
そう言った瞬間、見事なくらい反応が分かれた。
涼花は一気に耳まで赤くなり、
優里は目を丸くしてから、そっと視線を逸らし、
龍華だけは少し遅れて、ふっと笑った。
「へえ」
「何がへえだ」
「ちゃんと見たいんだなって」
「そういう話じゃないだろ」
「でも、嬉しいかも!」
涼花がすぐに食いつく。
「わたし、浴衣着る!」
「まだ行くって決まってない」
「着る!」
「気が早いな」
優里は少しだけ頬を染めたまま、やわらかく言った。
「……そうですね。花火なら、浴衣もいいかもしれません」
「優里お姉ちゃんまで!」
「風情がありますし」
その理屈に令嬢らしさを混ぜるな。
龍華は腕を組み直して、俺を見る。
「じゃあ花火は候補入りだな」
「なんでそうなる」
「お前が見たいって言った」
「言ってない!」
「似たようなもんだろ」
「似てない」
でも、三姉妹は完全に花火モードに入っていた。
涼花は「じゃあ髪どうしようかな!」ともう先の話をしているし、優里は「混雑を考えると少し早めに動いた方が」と現実的な補足を始めている。龍華は龍華で、会場周辺の移動ルートを確認しながら、「帰り道、屋台寄れるな」とか言っていた。
なんなんだこいつら。
本当に、一つ許すと十まで広がる。
「神谷くん」
不意に優里が呼ぶ。
「なんだ」
「夏休み、少し楽しみになってきましたか?」
その問いは、思っていたよりも真ん中に来た。
ローテーブルの上には、令嬢らしい招待状と、庶民的なパンフレットと、龍華の実用的な検索結果。
その全部が、当たり前みたいに俺を中心に広がっている。
少し前までの俺なら、こんなの面倒だと思っていたはずだ。
でも、今は違う。
「……まあ、少しは」
正直に答えると、三人ともそれぞれ違う顔で笑った。
涼花は分かりやすく嬉しそうに。
優里はやわらかく、満足したように。
龍華は少しだけ得意げに。
「じゃあ、ちゃんと予定空けてね!」
涼花が言う。
「全部は無理だぞ」
「えー」
「でも、いくつかは」
優里が静かに言う。
「一緒に行けたら嬉しいです」
「……考えとく」
「それ、前向きなやつ?」
涼花が食い気味に聞く。
「前向きなやつだろ」
龍華が代わりに答えた。
「お前、最近そういう顔分かりやすいし」
「勝手に代弁するな」
でも、否定まではしなかった。
気づけば、俺の六畳一間は、夏休みの予定を取り合う三姉妹の作戦本部になっていた。
令嬢らしい計画性と、入り浸る気満々の図々しさと、恋愛感情むき出しの牽制が、きれいに同居しているのだから、本当にどうかしている。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
このお話が少しでも面白いと感じていただけたら、ぜひ「♡いいね」や「ブックマーク」をしていただけると嬉しいです。
応援が次回更新の励みになります!




