表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
学年一可愛いS級の美少女の令嬢三姉妹が、何故かやたらと俺の部屋に入り浸ってくる件について   作者: 沢田美


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

40/55

学年一可愛い令嬢三姉妹の長女は、部屋の外の約束まで当然みたいに実行してくる

 期末試験が終わって最初の日曜、俺は昼過ぎまで寝るつもりだった。


 目覚ましはかけていない。

 机の上に積んでいた参考書も、昨夜のうちに片づけた。

 今日は何もしない。そう決めて、久しぶりに気を抜いていた。


 だから、スマホの振動で目が覚めた瞬間から、嫌な予感しかしなかった。


 画面を見る。


 西園寺龍華

『起きろ』

『今から出るぞ』


「……は?」


 寝起きの頭に、その二行はだいぶ強かった。

 時間を見る。まだ朝の九時前だ。休みの日の高校生男子を叩き起こすには十分すぎる時刻である。


 さらに続けて通知が来る。


『例の約束』

『忘れてないよな』


 忘れていない。

 期末最終日の打ち上げで、龍華が言った“部屋の外の時間が欲しい”というやつだ。

 あの時はうやむやにしたつもりだったのに、こいつは本当に実行へ移す気だったらしい。


 断る理由を考えているうちに、最後の一文が届いた。


『十分後に着く』


 勝手すぎる。


 そこから先は、ほとんど反射だった。

 顔を洗って、適当なシャツを引っ張り出して、財布とスマホを掴む。朝飯を食う暇もない。そうしている間にも、俺の部屋の前にバイクの止まる音がした。


 扉を開けると、龍華がいた。


 今日の龍華は、黒のパンツに白いTシャツ、その上に薄手のジャケットという格好だった。派手じゃないのに妙に目を引くのは、顔立ちのせいだけじゃなく、立ち方そのものに迷いがないからだと思う。


「遅い」


「十分で来る方が悪いだろ」


「起きてたなら問題ない」


「起きてなかったんだよ」


「今起きたんだから同じだ」


「同じじゃない」


 そう言い返しながらも、俺はもう出かける格好になっている。

 龍華はそれを見て、少しだけ口元を上げた。


「素直だな」


「面倒なのを長引かせたくないだけだ」


「へえ」


 その“へえ”は信用できない。


「で、どこ行くんだよ」


「朝飯」


「まずそこなのか」


「お前、食ってないだろ」


「……まあ」


「知ってる」


 言い切るな。

 でも、そこを読まれているあたりがいかにも龍華らしかった。


 バイクの後ろへ乗るのも、前よりは少し慣れていた。

 もちろん、慣れたくはない。けれど、前みたいに変に緊張して掴まる場所に迷うことはなくなっている。そういう自分に気づくたびに、なんとも言えない気分になった。


 日曜の朝の街は平日より静かだった。

 商店街もまだ開ききっていないし、信号待ちの車列も薄い。風が少しだけ涼しくて、試験期間の重さがようやく身体から抜けていく気がした。


 龍華が連れてきたのは、海沿いの街にある小さな喫茶店だった。


 観光地の派手な店じゃない。

 地元の人間しか知らなさそうな、古い木の看板が出ている店だ。店の前には小さな鉢植えが並んでいて、窓ガラスの向こうには磨かれたカウンターが見えた。


「……なんでこんなとこ知ってるんだ」


「父様がたまに来る」


「お前の家の“たまに”は信用できない」


「でもここは本当に普通だ」


 実際、店へ入ると、思っていたよりずっと落ち着く空気だった。

 焼いたパンの匂いとコーヒーの香り。木の椅子。古いレコードみたいな小さな音楽。西園寺家の屋敷でも、俺のボロアパートでもない、その中間みたいな場所だった。


 席に着くと、龍華はメニューも見ずにモーニングセットを二つ頼んだ。


「勝手に決めるな」


「お前、こういう店で悩むだろ」


「否定はしない」


「だから」


 トースト、スクランブルエッグ、サラダ、ハム、それにコーヒー。

 派手じゃない。けれど、ちゃんと朝飯として完成されている皿が出てくると、正直かなりありがたかった。


「うまいな」


 一口食べてそう言うと、龍華は少しだけ得意げに笑った。


「だろ」


「なんでお前が得意げなんだよ」


「連れてきたの私だし」


 まあ、それはそうだ。


 海の見える窓際の席で、二人で朝飯を食べる。

 状況だけ切り取れば、だいぶ変だ。だが、龍華は最初から最後までその変さを気にしない顔をしていた。


「お前さ」


 食事の途中、龍華がコーヒーを持ったまま言う。


「試験終わったら、ちょっと顔変わったな」


「顔?」


「張りつめてたのが抜けた」


「そりゃ終わったしな」


「それもあるけど」


 龍華はそこで一度言葉を切った。


「この前より、私らといるのが自然になってる」


 その言い方が妙にまっすぐで、一瞬返事に詰まる。


「……そうか?」


「そう。前は、三人いると明らかに疲れてたし」


「そこまでか」


「そこまでだった」


 ひどい評価だ。

 でも、否定しづらいのが困る。


「今は」


 龍華がこっちを見る。


「疲れても、ちゃんと楽しそうだ」


 それを、自分で自覚し始めているのがまた嫌だった。


 食べ終わったあと、龍華はそのまま店を出て、再びバイクへ乗せた。

 次の行き先を聞くと、「今日は少し遠くまで」とだけ返ってくる。相変わらず説明が足りない。


 連れていかれたのは、隣町にある小さな水族館だった。


「……なんで水族館」


「デートっぽいから」


「お前、最近その単語雑に使いすぎだろ」


「今日は雑じゃない」


 龍華はそう言ってチケットを二枚買った。

 本当に使う気で言っていたらしい。


 館内は、休日の昼前らしくほどよく人がいた。

 子ども連れ、カップル、友達同士。そんな中へ、俺と龍華が並んで入る。改めて考えるとだいぶおかしい。しかも、龍華は変に隠れる気もない。


 暗い通路を進み、大きな水槽の前で止まる。

 青い光が、龍華の横顔に落ちる。その光景が妙にきれいで、少しだけ視線の置き場に困った。


「何見てる」


「別に」


「嘘つけ」


 でも、それ以上は追及してこない。

 代わりに龍華は、泳いでいく魚へ視線を向けた。


「こういうとこ来るの、久しぶりだな」


「お前、もっと派手なとこ行きそうだけどな」


「偏見だな」


「令嬢だし」


「令嬢でも水槽は見る」


 たしかに。


 少し歩くと、クラゲの水槽があった。

 薄暗い空間で、白く透けたクラゲがゆっくり漂っている。幻想的ではあるが、正直、龍華みたいなタイプに似合うイメージではなかった。


 そう思っていたら、隣で龍華がぽつりと言った。


「これ、好きなんだよな」


「クラゲが?」


「見てると無になるだろ」


「意外だな」


「失礼だな」


 龍華はそう言いながらも、水槽の前からしばらく動かなかった。

 こういう時、この長女は思っていたよりずっと静かになる。強くて、図々しくて、近いくせに、ふとした瞬間にだけ、年相応というより少しだけ幼い顔を見せる。


 その横顔を見ていると、俺は改めて思った。


 三姉妹は、全員違う。

 それはもう何度も感じていることだ。

 でも、龍華はその中でもいちばん“ギャップ”が大きいのかもしれない。


「神谷」


「なんだ」


「今日、連れてきたの嫌だったか?」


 不意に聞かれて、少しだけ目を瞬いた。


「……嫌じゃない」


「ほんとか」


「ほんと」


「ならいい」


 それだけ言って、龍華は少しだけ笑った。

 ほんの少しだけ、安心したみたいな笑い方だった。


 館内を一周したあと、水族館の外にあるベンチへ座る。

 海風が少し強くなっていて、日差しのわりに涼しかった。


「で」


 俺は言う。


「今日の目的は何なんだ」


「何が」


「朝飯食って、水族館来て、それで終わりか?」


「それじゃ駄目か」


「駄目じゃないけど、お前がそれだけで満足するとは思えない」


 龍華は少し黙ってから、視線を海の方へ向けた。


「……確認だよ」


「何を」


「私が、お前と部屋の外で一緒にいても、ちゃんと馴染むか」


 その答えは、思っていたよりずっと真面目だった。


「部屋の中だと、もう私らは強いだろ」


「自覚あるのかよ」


「ある。涼花も優里も、そこではちゃんと自分の場所持ってるし」


「お前もな」


「だろ。でも、外は違う」


 龍華はそこで俺を見る。


「外でも、お前の隣にいて違和感ないか、知りたかった」


 その言い方が、静かに響いた。


「結果は?」


 俺が聞くと、龍華は少しだけ目を細める。


「思ったより、よかった」


「そうか」


「お前、変に背伸びしないし、屋敷みたいなとこじゃなくても普通にしてるし」


「褒めてるのか?」


「かなり」


 そこで、龍華は少しだけ口元を上げた。


「だから、次はもう少し遠くでもいい」


「気が早いな」


「早い方が勝てるだろ」


「またそれか」


「恋愛なんだから当然だ」


 さらっと言うな。


 でも、この長女は本当に、そういうところだけはぶれない。


 帰り道、結局また俺の部屋へ寄る流れになった。

 理由は龍華曰く「締めはそこがいい」かららしい。もうその理屈には慣れてきた自分が嫌だ。


 部屋へ戻ると、龍華はクッションを抱えて壁にもたれ、俺は冷蔵庫から麦茶を出す。

 そこまで含めて、今日は一連の流れだったのかもしれない。


「なあ、神谷」


「なんだ」


「今日の私、どうだった」


 またその質問だ。


「何が」


「一緒にいて」


 龍華は真っすぐこっちを見る。

 こういう時のこの人は、本当に強い。


「……普通に楽だった」


 結局、出てきたのはそれだった。


「変に気を使う感じもなかったし、外でもお前はお前だった」


「へえ」


「でも」


 そこで少しだけ間を置く。


「部屋の中より、少しだけちゃんとしてたな」


 そう言うと、龍華は笑った。


「そりゃそうだろ。外だし」


「でも、たまにはそういうお前も新鮮だった」


 龍華がぴたりと止まる。

 数秒遅れて、少しだけ視線を逸らした。


「……お前、そういうの急に言うよな」


「お前にだけは言われたくない」


「それもそうか」


 珍しく、龍華が少しだけ照れていた。


 その時、スマホが震えた。


 涼花

『今日どうしてるのー!?』


 優里

『龍華、帰りは遅くなりますか?』


「……」


「……」


 龍華が画面を見て、肩をすくめた。


「ほんと勘いいな、あいつら」


「姉妹だからな」


「便利な言葉だ」


「お前もよく言うだろ」


 すると、龍華は立ち上がってジャケットを整えた。


「今日は帰る」


「早いな」


「これ以上いると、優里が静かに来るし、涼花は騒がしく来る」


「その分析は正確だな」


「だろ」


 玄関まで見送ると、龍華は靴を履いてから振り返った。


「次、また出るぞ」


「もう次か」


「部屋の外、悪くなかったし」


「……まあ、俺もそう思った」


 そこまで言うと、龍華は少しだけ目を細めた。


「じゃあ決まりだな」


「勝手に決めるな」


「今さらだろ」


 そう言って、龍華は満足そうに帰っていった。


 どうやら令嬢三姉妹の長女は、部屋の中だけじゃなく、外の時間まで自然に自分のものへしていくらしい。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

このお話が少しでも面白いと感じていただけたら、ぜひ「♡いいね」や「ブックマーク」をしていただけると嬉しいです。

応援が次回更新の励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ