学年一可愛い令嬢三姉妹は、期末初日が終わると当然みたいに俺の部屋でお疲れ様会を始める
期末試験初日、朝の俺の机は、妙に情報量が多かった。
英語の教科書には優里にもらった紺色の栞。
机の端には涼花の手書きメモ。
筆箱の横には龍華が置いていった筆記具ケース。
普段の俺なら、試験直前の机にこんなに“誰かの気配”が並ぶことはない。
それなのに今日は、その全部が不思議と邪魔じゃなかった。むしろ、視界の端に入るたびに少しだけ肩の力が抜ける。
「神谷、それ使ってんの?」
一時間目が始まる前、佐伯が俺の机を見て聞いてきた。
「何をだよ」
「いや、その……やたら整ってるやつ全部」
「まあ」
「お前、なんかもう完全に西園寺サポート受けてるな」
「言い方が嫌だな」
「でも事実だろ」
否定しきれないのが腹立つ。
試験自体は、思ったより落ち着いて受けられた。
英語は優里の要点まとめが効いたし、数学は昨日涼花に説明した流れを自分でもなぞったせいか、解き方が頭に残っていた。国語は龍華に漢文の返り点を確認したのが地味に役立った。
つまり、何だかんだ三人の影響を受けまくっていた。
最初の二科目が終わって昼前に解散になると、校舎全体に“初日終わった感”が広がった。
廊下では「あれ難くなかった?」だの「英語死んだ」だの、いつもの試験後らしい会話が飛び交っている。俺もそれなりに疲れていたが、手応えとしては悪くない。
だから、そのまま静かに帰って、少し休んでから明日の分をやるつもりだった。
――そう、静かに帰れれば。
昇降口を出たところで、俺は立ち止まった。
校門の少し内側。
目立つ場所を避けたつもりなんだろうが、避け切れていない位置に、西園寺三姉妹が揃っていたからだ。
涼花は手を振る気満々の顔でこっちを見ていて、
優里は穏やかに立ち、
龍華は腕を組んで壁にもたれていた。
「……なんでいるんだよ」
近づくなり、俺はそう言った。
「お迎え!」
涼花が元気よく答える。
「回収です」
優里が静かに続ける。
「経過観察」
龍華まで乗る。
「言ってることが全員違うんだよ」
しかも、周りの視線が痛い。
試験終わりで疲れてるところへこれはきつい。
「で、どうだった!?」
涼花が身を乗り出してくる。
「英語! 数学!」
「近い」
「いいじゃん!」
「よくない」
優里はそんなやり取りの横で、俺の顔色を見るみたいに少しだけ首を傾げた。
「神谷くん、疲れてますか?」
「そりゃ多少は」
「手応えは?」
「まあ、悪くない」
そう答えた瞬間、三人の表情が分かりやすく変わった。
涼花はぱっと明るくなり、
優里はほっとしたように微笑み、
龍華は「ならいい」と短く言った。
「じゃあ、今日はお疲れ様会だな」
龍華が当然みたいに告げる。
「なんでそうなる」
「だって初日終わったし!」
涼花が即座に乗る。
「明日の分は夜にちょっとやればいいじゃん」
「お前、その“ちょっと”を雑に言うな」
「でも、休むのも大事です」
優里がやわらかく言った。
「今日は少し気を抜いた方が、明日も持ちますよ」
理屈まで整ってるのが厄介だった。
そのまま三人に押し切られる形で、結局また俺の部屋へ戻ることになった。
しかも今日は、校門の時点でそれぞれ持ち物があるらしく、袋やら箱やらをしっかり抱えている。最初から“部屋へ行く”で一致していたんだろう。
※ ※ ※
部屋へ入るなり、三姉妹は手慣れた動きで準備を始めた。
涼花が出してきたのは、コンビニで買ったらしい少し高めのプリンと炭酸。
優里は屋敷で作らせたらしい小さなサンドイッチと冷たい紅茶。
龍華はドラッグストアの袋から、蒸気で温めるアイマスクを取り出した。
「なんでアイマスク」
俺が聞くと、龍華は平然と答える。
「目が死んでるから」
「そこまでか?」
「そこまでだな」
涼花がうんうんと頷く。
「今日の神谷くん、朝より二割くらいしょぼしょぼしてる!」
「二割の測定基準を出せ」
「勘!」
「信用ならない」
でも、優里まで静かに頷いた。
「少し休んだ方がいいのは本当です」
「お前ら、今日は妙に連携いいな」
「試験の日だからな」
龍華が言う。
その返しが、なんだか少しだけ頼もしいのが悔しい。
ローテーブルの上に、またしても令嬢らしさと庶民らしさが混ざった妙な軽食セットが出来上がる。
高そうな紅茶とコンビニプリンが同じテーブルへ並ぶの、何度見ても絵面が不思議だ。
「じゃあ、まずは!」
涼花がプリンを持ち上げる。
「初日おつかれさま!」
「乾杯のノリでプリン持つな」
「いいじゃん!」
結局、四人でそれぞれ飲み物を持ち上げる形になった。
初日おつかれ。
明日も頑張れ。
そんな軽い言葉を交わすだけなのに、不思議とそれっぽい空気になる。
一口目のプリンを食べた瞬間、涼花がにやっと笑った。
「どう!?」
「うまい」
「でしょ!」
「お前が作ったわけでも選んだわけでもないだろ」
「選んだもん!」
「そこは強いな」
優里はサンドイッチの皿をこちらへ寄せた。
「こっちも食べますか?」
「なんか今日、やたら豪華だな」
「試験初日ですから」
「その節目ごとに豪華になる理屈、まだ慣れない」
それでも、疲れた頭に糖分と塩気はありがたい。
少し食べて、少し飲んで、ようやく体の力が抜けてくる。
すると、龍華がアイマスクの箱を俺の前へ置いた。
「ほら」
「今やるのか?」
「五分だけでも違うぞ」
「でも、お前らいるのに目塞ぐのは嫌なんだけど」
「信用ないな」
「あるけど、別の意味で嫌だ」
涼花がすぐに食いついた。
「わたしがつけてあげようか!?」
「やめろ」
「なんで!?」
「なんででもだ」
優里がその横で少しだけ笑う。
「涼花、そこは自分でやってもらった方がいいです」
「えー」
「えー、じゃない」
結局、俺は自分でアイマスクをつける羽目になった。
温かい。
確かに、目の疲れには効く。
でも、視界が塞がれた状態で、目の前に三姉妹がいると思うと別の緊張が出てくる。
「……なんか怖い」
「何が?」
涼花の声がすぐ近くでする。
近いな。
「お前らが何するか分からない」
「何もしないよ!」
「今のは信用できない」
「失礼だなー!」
優里の笑う気配もする。
龍華はたぶん、面白がってる。
「神谷くん」
優里の声が静かに落ちてくる。
「今日は、本当に少し休んでください」
「……ああ」
「ちゃんと休めるなら、明日も取れます」
「優里、家庭教師みたいだな」
涼花が言う。
「わたしは応援係!」
「お前はもう少し静かに応援しろ」
「だって元気出るじゃん!」
「まあ、それはそうかもな」
自分でも意外なくらい素直にそう言っていた。
アイマスクの向こうで、ほんの少しだけ空気が止まる。
「……今の、もう一回言って」
涼花の声だ。
「言わない」
「えー!」
「でも、たしかに」
優里が静かに続ける。
「涼花がいると、部屋の空気は明るいです」
「ほらー!」
「調子に乗るな」
龍華がすぐ切る。
「でも、お前はお前で」
俺はアイマスクを外しながら言う。
「目の疲れに即対応してくるの、地味に助かる」
龍華が一瞬だけ黙った。
それから、少しだけ視線を逸らす。
「……そうかよ」
照れてるのか。
珍しいな。
優里はそんな俺たちを見ながら、小さく目を細めた。
「では、私は?」
「なんで聞く流れになるんだよ」
「気になるので」
またその静かな顔で言うのか。
俺はため息をついて、サンドイッチを一つ取った。
「お前は、こういう時に一番安心するものを持ってくる」
「安心するもの?」
「そう。派手じゃないけど、確実に助かるやつ」
優里は少しだけ目を丸くして、それからやわらかく笑った。
「……うれしいです」
その顔がいちいち綺麗なんだよな。
気づけば、さっきまでの疲れはかなり薄れていた。
試験の手応えを話して、軽食をつまんで、三人にそれぞれ違う方向から世話を焼かれる。落ち着かないのに、妙に気が楽になる。
「神谷くん!」
涼花が勢いよく手を挙げる。
「明日終わったら、またお疲れ様会しよ!」
「毎日やる気か?」
「だめ?」
「だめではないけど」
「じゃあ決まり!」
「決めるの早いな」
龍華が小さく笑う。
「期末期間は毎日入り浸る気だな、お前ら」
「毎日じゃないです」
優里が静かに訂正する。
「必要な日だけです」
「その“必要”の基準が甘いんだよ」
でも、三人ともすごく自然な顔をしていた。
まるで、試験期間に俺の部屋へ来て、勉強だの差し入れだのをするのが、もう当然みたいに。
そして、俺もまた、それを完全には拒まなくなっている。
「じゃあ、今日は帰るね!」
涼花がプリンの空き容器をまとめる。
「明日も頑張って!」
「無理しないでくださいね」
優里が静かに言う。
「ちゃんと寝ろ」
龍華が最後に短く告げる。
三人を見送ったあと、俺は机へ戻った。
メモはそのまま机の端にあり、筆記具ケースはすぐ手の届く位置にあって、優里の要点まとめもまだ開きっぱなしだ。
どうやら試験期間中の俺の部屋は、完全に三姉妹のサポート拠点になったらしい。
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