学年一可愛い令嬢三姉妹は、期末前夜になるとそれぞれ違うやり方で俺を甘やかしにくる
期末試験の前夜、俺は珍しく真面目に机へ向かっていた。
英語の単語帳、数学の問題集、現代文のノート。机の上はそこそこ埋まっている。窓の外はもう暗く、古いアパートの外廊下を誰かが通るたびに、床板が小さく軋んだ。
今日くらいは静かに過ごせるだろうと思っていた。
昨日の勉強会で、三姉妹もそれなりに進んだはずだし、流石に試験前夜まで入り浸ってくるほど非常識では――
ピンポーン。
「……」
前言撤回だ。
ため息をつきながら扉を開けると、そこにいたのは涼花だった。
「じゃーん!」
「そのテンションで“じゃーん”って言う時点で嫌な予感しかしない」
「ひどい!」
涼花は頬を膨らませたが、すぐに手に持っていた紙袋を持ち上げた。
「今日はちゃんと試験前っぽい差し入れです!」
「試験前っぽい差し入れってなんだよ」
「ゼリー飲料と、ラムネと、あと糖分!」
「最後が雑すぎる」
それでも、持ってきたもの自体は実用的だった。
スポーツドリンク味のゼリー飲料、ブドウ糖のラムネ、個包装のクッキー。相変わらず“涼花っぽい”ラインナップだ。
「五分だけ!」
「その言い方、信用できない」
「ほんとに! 応援して帰るだけ!」
五分だけ。
応援して帰るだけ。
どちらも過去に何度も聞いた気がするが、今回は前夜だ。流石に長居はしないだろうと、自分へ言い聞かせながら中へ入れる。
涼花は部屋へ上がるなり、机の上のノートを見て、目を丸くした。
「うわ、ちゃんと勉強してる」
「どういう意味だ」
「いや、なんか、もっとダラダラしてるかと思ってた」
「俺をなんだと思ってるんだよ」
「普段は余裕あるふりして、ギリギリで詰めるタイプ!」
「だいたい合ってるのが腹立つな」
涼花は笑いながらラグの上へ座ると、持ってきた紙袋から小さな封筒を取り出した。
「これも」
「今度はなんだ」
「開けてからのお楽しみ!」
「その言い方、ろくでもないだろ」
「ろくでもなくないもん!」
仕方なく開けると、中には小さなメモが一枚入っていた。
――明日は絶対大丈夫!
――神谷くん、教えるの上手いから、勉強もちゃんとできる!
――自信持って!
「……」
「どう?」
「お前、こういうの真っ直ぐすぎるんだよ」
「いいでしょ!」
耳が少し赤い。
自分でもちょっと照れているくせに、こういう時だけちゃんと最後まで押し切る。
「机に置いといて!」
「なんで命令形なんだ」
「お守りだから!」
こいつの言うお守りは、かなり騒がしいなと思いながらも、俺はそのメモを机の端へ置いた。
その時だった。
コンコン。
チャイムじゃなく、控えめなノック。
「……」
「……」
涼花が俺を見る。
「このノック、優里お姉ちゃんっぽい」
「分かるのかよ」
「分かるよ」
扉を開けると、本当に優里だった。
「こんばんは」
「こんばんは、じゃない」
優里はいつものやわらかい笑みを浮かべながら、小さな保冷バッグを持っていた。
「少しだけ、最終確認のお手伝いを」
「優里お姉ちゃん、やっぱり来た!」
涼花が部屋の奥から声を上げる。
優里はその声に苦笑しながら中へ入った。
「涼花が来ている気はしていました」
「なんで分かるの!?」
「神谷くんのお部屋の前に、スポーツドリンクの袋が見えたので」
「そこから推理するなよ……」
優里が持ってきたのは、冷たいレモンティーと、喉にいいらしい蜂蜜のキャンディ、それから試験範囲の要点だけをまとめた小さな紙だった。
しかも、その紙がまたとんでもなく見やすい。余計な情報がなく、必要なところだけきれいに整理されている。
「お前、これだけで一冊本出せそうだな」
「褒めてますか?」
「だいぶ」
「ありがとうございます」
優里は少しだけうれしそうに笑った。
そして自然な動作で、俺の机の横へ来る。
「英語、最後に一問だけ確認してもいいですか?」
「……ああ」
優里と並んでノートを見る。
距離が近い。涼花とは違う意味で近い。この人は、本当に“必要な距離”の顔をして近づいてくるから困る。
「ここ、先生ならたぶんこういう言い換えも取ります」
「なるほど」
「ただ、本番は書き慣れてる方が安全です」
「ありがたいな」
「はい。今日は、役に立ちたいので」
その言い方もやわらかいのに妙に残る。
そして。
「おい、開けろ」
最後は、ノックですらなかった。
「……」
「……」
「……」
もう分かる。
扉の向こうにいるのが、誰か。
開けると、案の定、龍華だった。
片手にコンビニ袋、もう片手に細長いケース。顔を見るなり、部屋の中へ視線を滑らせて、少しだけ口元を上げる。
「全員いるな」
「お前もその枠に入るんだよ」
「知ってる」
龍華は当たり前みたいに靴を脱いで上がり込んだ。
「今日はなんだよ」
「筆記具一式」
袋と一緒に差し出されたケースの中には、シャーペン、替え芯、消しゴム、蛍光ペンが整然と入っていた。
しかも、全部同じブランドで揃っている。
「お前、なんでこんなに準備いいんだ」
「試験前に文房具切らしたらだるいだろ」
「現実的すぎる」
「私は無駄なことしない主義だからな」
「またそれか」
けれど、そのケースの端には、小さな紙が一枚差し込まれていた。
見てみると、そこには短くこう書いてある。
――寝不足だけはやめろ。
――明日終わったら報告しろ。
「……」
「なんだよ、その顔」
「お前もメモ仕込むのか」
「文句あるか」
「いや」
龍華はそれ以上何も言わず、当然みたいな顔でベッドへ座った。
涼花が「龍華お姉ちゃんまでやってる!」と騒ぎ、優里は少しだけ笑っている。
気づけば、俺の部屋はまた三姉妹で埋まっていた。
しかも今日は、全員が“試験前の差し入れ”という大義名分を持っている。
令嬢らしく持ってくるものの質もいいし、実用性もある。文句をつけにくいのがまた腹立たしかった。
「じゃあ、今日は本当に勉強だけね!」
涼花が言う。
「お前が言うと不安だな」
「失礼だなー!」
「でも、たしかに今日はそうしましょう」
優里が机の上を見ながら言った。
「明日、初日ですし」
「私は十分やったから見てる」
「龍華、お前もやれ」
「帰ったらやる」
「信用できないな」
それでも、そのあとの一時間は本当に勉強した。
涼花は英単語の暗記を始めたが、五分で飽きて俺へクイズを出してくれと言い出す。
優里は俺の現代文の記述を見て、表現を少しだけ整えてくれる。
龍華はベッドの上で社会のプリントを解きながら、ときどきこっちへ問題を投げてくる。
三方向から別の科目が飛んでくるのはだいぶ騒がしい。
でも、不思議と頭は回った。
涼花のメモは机の端にあり、
優里の要点まとめは手元にあり、
龍華の筆記具はすぐ横にある。
俺の机の上に、三人分の気配が並んでいた。
「神谷くん」
不意に優里が言う。
「これ、終わったら返してくださいね」
「何を」
「栞です」
見ると、いつの間にか俺の参考書へ、優里が前にくれた紺色の栞が挟んであった。
「勝手に使うなよ」
「使ってくれないからです」
やわらかい声なのに内容は強い。
すると涼花が、机の端のメモを指差した。
「じゃあ、わたしのもちゃんと見えるとこ置いて!」
「もう置いてるだろ」
「もっと真ん中!」
「うるさい」
龍華はベッドの上から鼻で笑った。
「お前らほんと分かりやすいな」
「龍華お姉ちゃんだってメモ置いてるじゃん!」
「私は実用だからいいんだよ」
「その実用メモ、最後の一文だけ全然実用じゃないです」
優里が静かに切る。
「“報告しろ”はだいぶ私情ですね」
「……うるさい」
珍しく龍華が少しだけ詰まった。
そんなやり取りがあっても、今日は空気が尖りきらなかった。
三人とも、試験前夜だというのを分かっているからだろう。牽制しながらも、本気で邪魔はしない。そのギリギリの線でそれぞれがこちらへ印を残そうとしてくるのが、やっぱり三姉妹らしかった。
「そろそろ帰るか」
一時間ほどして、俺がそう言うと、三人は意外と素直に頷いた。
「うん!」
「そうですね」
「今日はな」
最後の一言だけ余計だな。
片付けが始まる。
涼花は空になったゼリー飲料を回収し、優里は使った紙をまとめ、龍華はケースの中身が揃っているか確認していた。
玄関まで見送ると、三人は揃って振り返る。
「神谷くん」
涼花が言う。
「明日、最初に結果教えて!」
「結果って、まだ一日目だぞ」
「手応え!」
次に優里。
「無理に遅くまでやらないでくださいね」
「分かってる」
最後に龍華。
「寝ろ」
「お前のが一番短いな」
「十分だろ」
そう返して、三人は帰っていった。
扉を閉めたあと、部屋の中は一気に静かになった。
けれど、机の上にはまだ三人の痕跡が残っている。
涼花のメモ。
優里の要点まとめ。
龍華の筆記具ケース。
なんだかんだ言って、心強いと思ってしまった時点で、もうだいぶ手遅れなんだろう。
期末試験前夜、俺の六畳一間は、すっかり三姉妹専用の令嬢式勉強サロンになっていた。
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