学年一可愛い令嬢三姉妹は、休戦したはずなのに俺の部屋を令嬢式勉強サロンに変えてくる
土曜の午後、俺は久しぶりに静かな休日を期待していた。
来週から期末試験が始まる。
だから今日は、昼のうちに買い出しを済ませて、あとは部屋で黙って勉強するつもりだった。机の上には英語と数学のノート。参考書も開いてある。冷蔵庫には昨日の残りのカレーと、適当に買った飲み物。これで夕方まで誰も来なければ、かなり理想的な休日だった。
――そう、誰も来なければ。
スマホが震えたのは、英語の長文にようやく集中しかけたタイミングだった。
西園寺涼花
『今日、勉強しようと思ってる!』
『神谷くんの部屋、行っていい!?』
『スポドリ持ってく!』
嫌な予感しかしない。
だが、まだ一人ならどうにでもなる。少し考えてから、『夕方までなら』とだけ返す。
すると、ほとんど間を置かず、別の通知が来た。
西園寺優里
『期末前ですので、まとめたノートを持って行こうかと思っているのですが』
『お邪魔してもいいですか?』
「……」
さらに、その数分後。
西園寺龍華
『勉強するなら行く』
『延長コード持ってく』
「なんで全員来るんだよ……」
思わず声が出た。
どうしてこうなる。
どう考えても三人の間で話が通っているだろ、これ。
しかも内容がそれぞれ違うのに、最終地点だけきっちり俺の部屋へ揃っているのが腹立つ。
けれど、断りきれない。
期末前という大義名分まである。俺だって勉強はしたいし、三人が騒がずに本当に勉強するなら、まあ、まだ許容範囲……なのかもしれない。
そう自分へ言い聞かせてから二十分後、アパートの前には黒塗りの車が停まっていた。
※ ※ ※
「おじゃましまーす!」
「静かにするんじゃなかったのか」
最初に入ってきた涼花は、言葉ほど静かではなかった。
今日は動きやすそうな私服で、髪も後ろで軽く結んでいる。肩から大きめのトートバッグを提げていて、その中にはスポーツドリンクとお菓子、それから色とりどりの付箋まで入っていた。
「これは集中力アップ用!」
「なんで付箋までカラフルなんだ」
「可愛い方がやる気出るじゃん!」
「勉強を装飾で突破しようとするな」
その後ろから入ってきた優里は、薄いブルーのワンピースに白いカーディガンという、いかにも“令嬢の休日”みたいな格好だった。手には革張りのファイルケース。中から出てきたのは、信じられないくらい綺麗に整理されたノートだ。科目ごとに分かれ、見出しも統一され、要点には控えめな色分けまでされている。
「……なんだこれ」
「期末対策です」
「見れば分かるけど、出来が怖い」
「家庭教師の先生に見てもらいながらまとめたものなので」
「令嬢の勉強環境が強すぎるな」
最後に入ってきた龍華は、黒のパンツにゆるめのシャツ、そして小さな紙袋を二つ持っていた。
一つは本当に延長コード。もう一つには、卓上ライトと高そうなシャープペン、それからなぜかアイマスクまで入っていた。
「なんでアイマスク」
「仮眠用」
「最初から長期戦想定かよ」
「期末前の土曜だぞ」
「理屈は分かるけど納得したくない」
三姉妹が入っただけで、六畳一間の部屋はあっという間に手狭になる。
しかも、今日の三人は本当に勉強する気らしく、持ち込んでいる物の質が妙に高い。
涼花はスポドリと付箋と甘い菓子。
優里は完璧に整理されたノートと、家の使用人が淹れてくれたらしい水出し茶。
龍華は実用品の塊。
令嬢要素と入り浸り要素が、期末試験という名目で綺麗に融合していた。
「じゃあ、休戦ね!」
涼花がラグの上に座りながら宣言する。
「勉強中は争奪戦なし!」
「何の争奪戦だよ」
「神谷くんの隣!」
元気よく言い切るな。
「涼花、最初からルール破ってますよ」
優里が苦笑する。
「発言がだいぶ危ないです」
「でも大事じゃん!」
「大事じゃない」
「私は別にどこでもいい」
龍華が言いながら、当然みたいに俺のベッドへ座った。
「お前、どこでもいいって言いながら一番楽な場所取るな」
「ベッドがあるのに床へ行く理由ないだろ」
「その正論だけは腹立つな」
結局、涼花はラグの右側、優里はローテーブルの左、龍華はベッド。俺は机とローテーブルの間みたいな位置に落ち着いた。
これで“争奪戦なし”らしいが、十分おかしい。
勉強自体は、本当に進んだ。
涼花は数学。
予想通り、途中式を二行くらい飛ばす癖が抜けていない。
「なんでここから急に答えへ行くんだよ」
「雰囲気!」
「数学で雰囲気使うな」
「でもいけそうな気がして!」
「その“気”を信用するな」
涼花は不満そうに唇を尖らせるが、説明するとちゃんと聞く。聞いて、分かった瞬間に一気に表情が明るくなるのが分かりやすい。
「おお! そっか!」
「そうだよ」
「神谷くん、やっぱ教えるの上手い!」
「それ、もう何回も聞いた」
「何回でも言う!」
そう言いながら、涼花は問題集ごとじりじり距離を詰めてくる。
さっき“争奪戦なし”って言ったの、誰だっけな。
一方、優里は英語と現代文を進めていた。
こっちは自力でほとんど解ける。たまにこちらへノートを差し出して、「この表現の解釈はこれで大丈夫ですか」と聞いてくるくらいだ。
その聞き方が、いちいち丁寧なのに近い。
「神谷くん」
「なんだ」
「ここ、少し見てもらえますか?」
ファイルを差し出される。
見るために少し身を寄せると、優里も自然にこちらへ寄る。肩が触れるか触れないかの距離で、やわらかい香りがふっとした。
「……ここは」
「はい」
「こっちでも通るけど、先生によっては厳しいかもな」
「では、書き換えた方がよさそうですね」
優里はすぐに赤ペンを取る。
その仕草ひとつ取っても無駄がなくて、しかもきれいだ。
龍華はベッドの上で国語と社会をやっていた。
寝転がるまではいかないが、かなり楽な姿勢で、なのに案外ちゃんと進んでいるのが腹立つ。
「おい」
「なんだ」
「古文、ちゃんと解けてるのか」
「それなりに」
「それなりって」
ノートを見せてもらうと、普通に合っていた。
「……お前、ほんと地頭いいな」
「知ってる」
「自分で言うな」
「でも漢文の返り点はだるい」
「そこは素直だな」
そんなふうに、三人三様に勉強が進む。
その合間に、スポドリを渡されたり、優里のノートを見せてもらったり、龍華に「ライトもっとこっち向けろ」と指示されたりする。
騒がしい。
だけど、今日はたしかに勉強も進んでいた。
気づけば、だいぶ日が傾いていた。
「つかれたー!」
最初に根を上げたのは涼花だった。
ラグの上へごろんと倒れ込みそうになったので、俺はすかさず問題集で頭を小突く。
「こら」
「いたっ」
「まだ英語残ってるだろ」
「休憩! 十分だけ!」
「十五分ください」
優里まで静かに乗ってくる。
「お前はちゃんと勉強してたからいい」
「では、十五分で」
「勝手に決めるな」
「私はもう休んでる」
龍華がベッドから言う。
「お前はずっと半分休んでただろ」
「失礼だな」
休憩になると、今度は令嬢っぽさがまた出た。
優里が持ってきた紙袋の中から、個包装の焼き菓子が出てくる。
涼花はスポドリじゃなく、いつの間にか別で持ってきていたゼリー飲料を配り始める。
龍華は「糖分」と言いながら高そうなチョコを放ってきた。
「なんで休憩の補給までこんなに充実してるんだよ」
「だって令嬢だから?」
涼花が冗談めかして言う。
「自分で言うな」
「でも、たまに思うよね」
涼花はゼリーを開けながら笑った。
「こういう時、うちって便利だなーって」
「便利って感想でいいのか、それ」
優里は焼き菓子を皿に並べながら、小さく笑う。
「神谷くんのお部屋だと、こういうのも少しだけ気楽なんです」
「またそれか」
「本当ですから」
龍華はチョコを一つ口に入れてから、ぽつりと言う。
「屋敷で同じことやると、たぶん使用人が五人くらい増える」
「増えるな」
「増えますね」
「わたし、ここでいいや」
涼花があっさり言った。
そういうところだ。
豪邸に住んでて、何でもあるくせに、こいつらは本気でこの六畳一間を気に入っている。
休憩が終わる頃には、空はかなり暗くなっていた。
「そろそろ終わるか」
俺がそう言うと、三人とも少しだけ残念そうな顔をした。
ほんとに勉強会だったんだな、今日は。
片付けが始まる。
優里はノートをきっちり揃え、涼花は付箋をまとめて、龍華は延長コードとライトを袋へ戻す。
その様子を見ていると、なんだか妙に文化祭のあとみたいだなと思った。
「神谷くん」
帰り支度をしながら、涼花が言う。
「今日、楽しかった」
「勉強会でその感想出るの、珍しいな」
「だって神谷くんの部屋だし!」
「理由が雑だな」
「でも、ほんとだよ」
優里も静かに頷く。
「勉強、かなり進みました」
「お前のノート強すぎたけどな」
「よければ、コピーして使ってください」
「そこまでしてくれるのか」
「もちろんです」
龍華は靴を履きながら、ちらっとこっちを見る。
「お前、今日かなり自然だったな」
「何が」
「三人いても」
その言葉に、少しだけ黙る。
たしかに、最初の頃よりは自然だったかもしれない。
三人が揃って部屋にいて、好き勝手に動いて、好き勝手に喋って。それなのに、前ほど気を張っていなかった気がする。
「……慣れたんだろ」
そう返すと、龍華は少しだけ口元を上げた。
「だろうな」
優里が扉のところで振り返る。
「神谷くん」
「なんですか」
「次は、屋敷の勉強部屋と比較してみますか?」
「比較の幅を広げるな」
「でも、少し興味あります」
「私はない!」
涼花が即答する。
「絶対こっちの方がいい!」
「わたしもそう思う」
龍華まで続く。
「屋敷だと神谷が固くなるし」
「お前ら、本当に俺の部屋好きだな」
「好きだよ?」
涼花が何でもないみたいに言う。
「神谷くんごと」
「そこは足すな!」
三人が笑う。
結局、休戦だの公平性だのと言いながら、この三姉妹は三人揃っている時もちゃんと楽しそうだった。
そして俺もまた、その空気にだいぶ慣らされてしまっているらしい。
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