学年一可愛い令嬢三姉妹は、予約なしで来ていいと言われた夜に静かな一番乗りを決めにくる
優里が部屋へ入ると、六畳一間の空気が少しだけ変わった。
三姉妹のうち誰が来ても空気は変わる。
涼花なら一気に明るくなるし、龍華なら最初から自分の場所みたいな顔で座る。けれど、優里が一人で来た時の変化は少し違った。音が増えるんじゃなくて、静けさの質がやわらかくなる。
「遅い時間にすみません」
そう言いながらも、優里はもう俺の部屋の中を見慣れた顔で見回していた。
靴を脱ぐ動作も、鞄を置く位置も、迷いがない。
「本当に少しだけです」
「お前、その台詞よく使うな」
「だって本当ですから」
小さく笑って、優里は白い箱をローテーブルへ置いた。
箱を開けると、丸くて色鮮やかなマカロンがきれいに並んでいた。淡いピンク、薄い緑、白、茶色。見た目からしてもう高級だ。
「これ、全部屋敷のパティシエ?」
「はい」
「令嬢要素が強いな」
「神谷くんのお部屋で食べると、少しだけ中和されます」
「最近それ便利に使ってるだろ」
「便利ですから」
認めるのかよ。
俺が麦茶を出そうとすると、優里は「今日は紅茶でもいいですか?」と聞いてきた。
断る理由もなく頷くと、優里は持ってきた小さな缶を取り出した。どうやら今日は本当に一番乗りを決めに来ただけじゃなく、準備まで万端らしい。
湯を沸かしている間、優里はローテーブルの上を軽く整えていた。
散らばっていた本を重ね、ペンを揃え、俺がさっきまで使っていたノートを端へ寄せる。そういう所作がいちいち自然で、しかも勝手にやっている感じがしないから困る。
「……慣れすぎじゃないか」
「そうでしょうか」
「そうだよ」
「うれしいです」
そこを喜ぶな。
紅茶が入ると、部屋の中に甘い香りが広がった。
マカロンの箱を挟んで向かい合う。夜の静かな部屋で、令嬢と二人で紅茶とマカロン。字面だけなら完全に別の世界の話だが、場所はいつもの俺の部屋だった。
優里は一つ、薄いレモン色のマカロンを選んだ。
俺は無難にチョコを取る。
「やっぱり、それを選ぶんですね」
「悪いか」
「いいえ。予想通りで、少し安心しました」
「安心って何だよ」
「神谷くんらしいので」
そう言って笑う優里は、今日はいちだんと落ち着いて見えた。
いや、落ち着いているというより、腹が決まっている顔だ。
「なあ」
俺が先に切り出す。
「一番乗りかな、って言ってたよな」
「はい」
「やっぱり競ってるじゃないか」
「少しだけ」
「その少しが信用できない」
優里はマカロンを小さく割ってから、静かに言った。
「でも、ちゃんと一番に来たかったんです」
「なんで」
「神谷くんが“予約なしでいい”って言ってくれた最初を、私が欲しかったので」
真正面だった。
静かな顔で、さらっと、でも逃げ道のない言い方をする。
これだから優里は厄介だ。
「お前、それ結構重いこと言ってるぞ」
「分かってます」
優里は視線を逸らさなかった。
「でも、そういうのを言わないと、私はたぶん遅れるので」
「遅れる?」
「涼花は速いですし、龍華は強いので」
少しだけ苦笑する。
「私は、丁寧にしているとその分だけ後になりますから」
それは、なんとなく分かる気がした。
優里は何をするにも順序を大事にする。言葉を選ぶし、空気も読む。だからこそ、勢いで飛び込む役は涼花に取られ、既成事実を作る役は龍華に取られる。
「だから今日は、少しだけ急ぎました」
「それで夜に押しかけたのか」
「押しかけたくせに、ちゃんと許可は取りましたよ」
「扉の前で聞かれて断れると思うか?」
「少しは」
「嘘だな」
優里はくすっと笑った。
その時、スマホが震えた。
見るまでもなく予感がする。
涼花からだった。
『優里お姉ちゃん、もう行ってる!?』
続けて龍華。
『一番に行ったな、あいつ』
「……」
「……」
優里も画面を見て、小さく笑った。
「やっぱり、分かるんですね」
「お前ら姉妹の勘どうなってるんだよ」
「便利ですよ」
また便利か。
優里はカップを持ったまま、少しだけ身を乗り出した。
「神谷くん」
「なんだ」
「今日、来てよかったです」
「マカロン渡すためだけじゃなかったのか」
「もちろん、それもありますけど」
そこで少しだけ間を置く。
この人の“間”はずるい。
「神谷くんが、ちゃんと私を入れてくれたので」
その一言に、妙に胸が詰まる。
「お前、前にも同じようなこと言ってたな」
「はい」
「閉じないでくれてありがとう、って」
「覚えてたんですね」
優里が少しだけうれしそうに目を細めた。
「そりゃまあ」
「では、もう一つ覚えてください」
「何を」
「私は、遠慮してるように見えて、ちゃんと取りに来ます」
静かな宣言だった。
でも、誰よりはっきりしていた。
「涼花みたいに勢いはないですし、龍華みたいに押し切るのも得意じゃないです」
「うん」
「でも、神谷くんの中で、ちゃんと特別になりたいです」
優里はそう言って、テーブルの上の栞へ視線を落とした。
前に渡された紺色の栞だ。
「それに」
今度は少しだけやわらかく笑う。
「もう、お部屋の場所も知ってますし」
「そこを武器みたいに言うな」
「武器ですから」
認めるな。
外では、誰かが階段を上がってくる足音がした。
俺も優里も、同時に玄関の方を見る。
「……まさか」
「そのまさかかもしれません」
ピンポーン。
間が悪すぎる。
「神谷くん! いる!?」
涼花だった。
その直後。
「開けろ」
龍華までいる。
「なんで二人とも来るんだよ!」
思わず叫ぶと、優里が肩を揺らして笑った。
「予約なし、ですから」
「お前、それ狙ってたわけじゃないよな」
「……少しだけ、期待はしてました」
完全に無実ではない顔で言うな。
優里は立ち上がって、箱の中から一つだけ新しいマカロンを取り出した。
「これは、私の取り分です」
「何のだよ」
「一番乗りの」
そう言って、やわらかく笑う。
令嬢三姉妹は、どうやら“予約なしで来ていい”の一言を、それぞれのやり方で最大限に使うことに決めたらしい。
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