学年一可愛い令嬢三姉妹は、三人そろった途端に牽制がわかりやすすぎる
翌朝、目が覚めた瞬間から、俺はスマホを見るのが嫌だった。
理由は単純だ。
昨夜、龍華があんな台詞を残して帰ったからである。
――私は、お前のことかなり本気で取りに来てる。
あの長女、本当に最後の最後で余計なものを置いていく。
しかも、そういう時に限って声も目も真面目だから質が悪い。
嫌な予感しかしないままロック画面を開く。
案の定だった。
西園寺涼花
『昨日、龍華お姉ちゃんと何してたの!?』
『ていうか誰の番だったの!?』
『今日ぜったい聞く!!』
西園寺優里
『おはようございます』
『龍華、あまり余計なことは言っていませんでしたか?』
『少し心配です』
西園寺龍華
『起きたら返せ』
『今日はどうする』
「どうする、じゃねぇよ……」
朝から胃が痛い。
※ ※ ※
教室へ入った瞬間、涼花がすごい勢いでこっちへ来た。
「神谷くん!」
「朝から元気だな」
「ごまかさないで!」
「何をだよ」
「昨日!」
やっぱりそこか。
涼花は机に手をついて、じっと俺を見下ろしてくる。
距離が近い。目も近い。朝からこのテンションは心臓に悪い。
「龍華お姉ちゃん、何言ってたの!?」
「別に」
「その“別に”は信用できない!」
「お前ら、最近そればっかだな」
「だってほんとなんだもん!」
そこで教室の後ろから、落ち着いた声が差し込んだ。
「涼花、朝から詰めすぎ」
優里だった。
今日は二年の教室へ戻る途中ではなく、わざわざ一年の教室の前まで来ている。
しかも、その顔が少しだけ真面目だ。
「でも優里お姉ちゃんだって気になってるでしょ!」
「気になってはいます」
「認めるんだな」
俺が呆れて言うと、優里は小さく笑った。
「だって、龍華ですから」
そこで廊下側から、当の本人の声がした。
「おい、聞こえてるぞ」
龍華までいるのかよ。
三姉妹が勢ぞろいして俺の周りにいる図が完成してしまい、教室の空気が一気にざわついた。
最近ずっとそうだが、今日は特にひどい。
「神谷」
龍華は教室の扉にもたれながら、平然と言った。
「今日の放課後」
「待て」
「なんだ」
「お前ら、順番に来い」
「順番だろ」
「そういう意味じゃない!」
すると、涼花がすぐに乗ってくる。
「じゃあ今日はわたし!」
「なんでだよ」
「だって龍華お姉ちゃんの次でしょ!」
「私は別に今日とは言ってませんけど」
優里が静かに補足する。
だが、その言い方は“譲る”ではなく“まだ取れる”という響きだった。
「お前らな……」
三人とも、もう隠す気がない。
涼花はまっすぐ来る。
優里は静かに囲う。
龍華は最初から引かない。
そんな三人に朝から囲まれて、まともに正気でいられる男子高校生がいるなら見てみたい。
※ ※ ※
昼休み、俺は逃げるように中庭の隅へ来ていた。
木陰のベンチ。
少し離れた場所では他の生徒たちが昼食を広げているが、ここならまだ少し静かだ。
「逃げたな」
聞き慣れた声に、俺は弁当の卵焼きを咥えたまま顔を上げた。
龍華だった。
「お前、なんでいるんだよ」
「優里と涼花も来る」
「最悪だ」
「何がだ」
「全部だよ」
ため息をついた直後、案の定、優里と涼花もやって来た。
本当に来るなよ。
三人は当然のように俺を囲む形で座る。
中庭で、三姉妹に囲まれる陰キャ男子。字面だけで罰ゲームだ。
「で」
龍華が口火を切った。
「昨日のことだが」
「だからなんで会議みたいに始めるんだよ」
「大事だからです」
優里が静かに言う。
「何が大事なんだ」
「龍華が何を言ったか、です」
優里の視線は穏やかだが、逃がす気がない。
涼花も、ものすごく聞きたそうな顔でこっちを見ている。
「……別に大したことじゃない」
「嘘だね」
涼花が即答した。
「神谷くん、その顔は大したこと言われた時の顔!」
「どんな顔だよ」
「ちょっと困ってて、ちょっと意識してて、でも言いたくない顔!」
「観察力が嫌な方向に伸びてるな」
龍華はそんなやり取りを聞きながら、ふっと笑った。
「まあ、言いたくないならそれでいい」
珍しくあっさり引いた。
だが、次の一言がよくなかった。
「どうせ本人が一番気にしてるし」
「お前な」
「図星か」
「うるさい」
すると、涼花がわっと身を乗り出す。
「やっぱりなんか言ったんだ!」
「龍華お姉ちゃん、ずるい!」
「勝手にずるい扱いするな」
「だって絶対そうじゃん!」
優里はそんな二人を見ながら、小さく息をついた。
「……神谷くん」
「なんですか」
「一つだけ聞いてもいいですか?」
「嫌な予感しかしない」
「昨日、龍華と二人でいた時」
そこで少しだけ間を置く。
その“間”の作り方が、この人は本当にうまい。
「楽しかったですか?」
「……」
それを聞くのかよ。
しかも、ただ“何を言われたか”じゃなく、“楽しかったか”で来るあたりが優里らしい。
答え方を間違えると全部終わる質問だ。
「……まあ」
言葉を選びながら答える。
「楽しくないわけじゃなかった」
その瞬間、三人の反応が見事に分かれた。
龍華は少しだけ口元を上げ、
涼花は明らかにむっとして、
優里は一瞬だけ目を細めたあと、やわらかく笑った。
「なるほど」
「何がなるほどなんだよ」
「やっぱり、ちゃんと一人の時間は大事なんですね」
そう言われると、否定しづらい。
三人一緒の時間は楽しい。
それはもう認めるしかない。
でも、一人ずつになると、見えるものも話すことも全然違う。
それを俺自身、もう分かってしまっていた。
「じゃあ!」
涼花がすぐに割り込む。
「わたしともまた必要ってことだよね!?」
「解釈が早いな」
「でも違わないでしょ!」
「違わなくはないけど」
「ほらー!」
元気よく勝ち誇るな。
龍華が面白そうに見ている。
優里はそんな二人を見ながら、少しだけ困ったように笑っていた。
「神谷くん」
今度は優里が、静かに言う。
「放課後、今日は三人で行ってもいいですか?」
「なんでそうなる」
「少し確認したいことがあるので」
「何を」
「公平性です」
「意味が分からん」
「分かるよ!」
涼花が真っ先に乗る。
「次の順番の話でしょ!」
「お前ら、本当にそればっかだな!」
※ ※ ※
そして結局、その日の放課後も三姉妹は俺の部屋にいた。
もう何をどう抵抗してもここへ着地するんだな、と最近は諦めが先に来る。
ただ、今日は空気が少し違った。
三人とも、昨日までよりはっきりしている。
何をって、俺への態度がだ。
涼花は隣に座る距離が前より近いし、
優里はやたらと視線を合わせてくるし、
龍華は龍華で、人のクッションを当然みたいに自分のものにしている。
「で」
俺が口を開く。
「公平性ってなんだよ」
すると、優里がローテーブルの上へ手帳を置いた。
またそれかよ。
「一人時間の順番管理です」
「本当に管理する気なんだな」
「必要ですから」
「何に」
「私たちの心の平穏に」
さらっと言うな。
涼花が身を乗り出す。
「だって今のままだと、龍華お姉ちゃんが強引に取るもん!」
「取れるなら取るだろ」
龍華が当然みたいに言う。
「そういうとこだよ!」
優里はその二人の間に静かに口を挟んだ。
「ですから、ちゃんと決めましょう」
「決めるなって言ってるだろ」
「でも、神谷くんも困るでしょう?」
それは……まあ、困る。
否定できないのがまた腹立たしい。
優里はページを開いて、落ち着いた声で続けた。
「例えば、週に一回まで」
「制限が入った」
「事前連絡必須」
「制度が整ってきたな」
「時間帯は二十一時まで」
「保護者か」
「それは大事!」
涼花が真面目に頷く。
お前が一番破りそうなのに。
龍華は呆れた顔をしていたが、否定はしない。
「で、誰が先なんだ」
「そこに乗るなよ」
「大事だろ」
「だからなんでだ」
三姉妹が本気でスケジュールを組み始めるのを見て、俺は額を押さえた。
どうしてこうなる。
どうして俺の六畳一間で、令嬢三姉妹が“神谷悠真一人時間予約表”みたいなものを作り始めてるんだ。
しかも、そのくせ。
「神谷くんは、どの曜日が落ち着きますか?」
優里が聞いてくる。
「知らん」
「部活ない日は木曜!」
涼花が即答する。
「私は何もない日ならどこでもいい」
龍華まで当たり前みたいに参加している。
……いや、待て。
「お前らさ」
俺がそう言うと、三人がぴたりと止まってこっちを見る。
「なんだよ、その一斉反応」
「呼ばれたので」
「聞いてるよ!」
「話せ」
「別に、順番とか予約とか、そういうのじゃなくて」
少しだけ言葉を探す。
「来たい時に来ればいいだろ。ちゃんと連絡くれるなら」
「……」
「……」
「……」
三人とも、今度は違う意味で黙った。
「それ、いいの?」
最初に聞いたのは涼花だった。
「よくないなら言わない」
「いや、でも」
涼花は嬉しそうなのに、少しだけ不安そうでもあった。
「お姉ちゃんたちとかぶるかもだよ?」
「ならその時はその時だろ」
「それって」
優里が、静かに目を細める。
「神谷くんに会いたいと思った時に、会いに来ていいという意味ですか?」
「言い方を重くするな」
「でも、そういうことでしょう?」
龍華まで乗ってくる。
「お前、思ったよりずっと危ないこと言ってるぞ」
「そうか?」
「そうだよ!」
三人に揃って言われた。
だが、俺としては本音だった。
変にルールで縛るより、その時その時で来て、駄目なら駄目って言えばいい。
実際、もうここまで来ると、三人が俺の部屋にいるのは特別なことではなくなり始めている。
「……じゃあ」
涼花が、少しだけ嬉しそうに言う。
「わたし、会いたくなったら連絡していい?」
「ちゃんと事前に、な」
「する!」
「私は、遠慮しなくていいんですね」
優里の確認は、やっぱり静かなのに重い。
「遠慮するなら、今さらだろ」
「……そうですね」
優里が小さく笑う。
龍華は腕を組んで、しばらく黙っていたが、やがて短く言った。
「じゃあ、私の勝ちだな」
「何が」
「それ、一番最初からやってたの私だし」
「そこを勝ち判定にするな!」
でも、龍華は妙に満足そうだった。
涼花は「ずるいー!」と騒ぎ、優里は「そこは認めたくないです」と珍しくきっぱり言った。
三人がそうやって言い合っているのを見て、俺は少しだけ笑ってしまった。
「何笑ってるの!」
涼花がすぐ気づく。
「いや、お前ら本当に分かりやすいなって」
「分かりやすいのは神谷くんもでしょ」
優里が言う。
「最近、前よりちゃんと楽しそうに笑いますし」
「それは……お前らのせいだろ」
ぽろっと出た。
部屋が静かになる。
しまった、と思った時には遅い。
涼花の顔がぱっと明るくなり、
優里はやわらかく目を細め、
龍華は少しだけ得意げに口元を上げた。
「へえ」
龍華が言う。
「ちゃんと自覚あるんだな」
「今のは忘れろ」
「忘れない!」
涼花が元気よく言う。
「絶対忘れない!」
「私もです」
優里まで静かに乗る。
「お前ら、そういう時だけ連携完璧だな」
「だって大事だもん!」
涼花が笑う。
「神谷くんが、ちゃんと楽しいって思ってくれてるってことでしょ?」
「まあ……そうだな」
もうここまで来ると、否定する方が嘘っぽい。
三人がいると騒がしい。
落ち着かない。
予定は乱れるし、部屋は勝手にお茶会会場になるし、冷蔵庫の中身にまで口を出される。
でも、その全部を込みで、最近の俺の生活になっている。
それを認めるしかないところまで来てしまっていた。
涼花は満足そうに笑って、
優里は静かに手帳を閉じて、
龍華はクッションを抱えたままこちらを見る。
「じゃあ、これからは予約なしでも問題ないな」
「その結論が早いんだよ」
「でも、来るなとは言わないだろ」
「……まあ」
「ほらな」
言い返せない。
どうやら令嬢三姉妹は、一人時間の順番を競った末に、結局いつでも入り浸れる権利みたいなものを手に入れたつもりでいるらしい。
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