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学年一可愛いS級の美少女の令嬢三姉妹が、何故かやたらと俺の部屋に入り浸ってくる件について   作者: 沢田美


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29/53

学年一可愛い令嬢三姉妹は、予約を取った一人時間になると急に恋人候補みたいな顔をする

 水曜の放課後、俺は自分でも少し落ち着かないまま帰り道を歩いていた。


 原因は分かっている。

 昨日、あのわけの分からない予約会議の末に、「一人で来たい時は事前申請」という妙なルールが成立したからだ。そして、そのルールを最初に全力で使ってきそうなのが涼花だということも、最初から分かっていた。


 昼休みの終わりに届いたメッセージは、案の定だった。


『今日、部活ない!』

『ちゃんと事前申請です!』

『行っていい!?』


 行っていいも何も、もう来る気満々じゃないかと思ったが、そこで断る理由もなかった。

 結局、『遅くならないなら』とだけ返した。すると数秒で、『やったー!!!』とびっくりするくらい機嫌のいいスタンプが返ってきた。


 そして今、俺がアパートの階段を上がると、部屋の前にはやっぱり涼花がいた。


 いつもの制服ではなく、薄い色のワンピースに軽いパーカーを羽織っている。髪も少しだけゆるくまとめていて、学校で見る時より柔らかい雰囲気だった。本人はたぶん無意識なんだろうが、そういう変化を自然にやられると困る。


「おかえり!」


 元気な声。

 だけど、その声の端に、いつもより少しだけ緊張が混じっている気がした。


「早いな」


「えへへ。ちょっと気合い入ってた」


「予約を守るための気合いか?」


「それもある!」


 涼花はそう言って、両手で持っていた小さな保冷バッグを持ち上げた。


「あと、これ」


「なんだよ」


「差し入れ!」


「また何か持ってきたのか」


「今日はちゃんとわたしっぽいやつ!」


 意味が分からない。

 だが、どうせ玄関先で立ち話していても仕方がない。俺は鍵を開けて中へ入った。


 部屋へ入るなり、涼花は「おじゃまします!」といつも通り元気に言ったあと、すぐに「あ、今日は一人だから静かにしないと」と自分で口を押さえた。


「そこ気にするんだな」


「するよ! 今日は特別だもん」


 その“特別”という言い方に、また少しだけ心臓が変な跳ね方をする。


 涼花は保冷バッグから、小さなガラス容器を二つ取り出した。

 中身は、果物が入ったゼリーだった。透明感のあるゼリーの中に、オレンジやキウイや苺がきれいに浮かんでいる。


「……お前、これどうした」


「うちのパティシエさんにお願いした!」


「やっぱり令嬢だな」


「でもね、味はわたしが選んだの!」


「そこはお前らしいな」


 そう言うと、涼花は少しだけ嬉しそうに笑った。


「神谷くん、あんまり甘すぎるの得意じゃないでしょ?」


「……まあ」


「だから、さっぱりめ!」


 得意げだった。

 その顔を見ていると、こっちもつい力が抜ける。


 冷蔵庫へゼリーを入れて、二人でラグへ座る。

 三姉妹が揃っている時は狭く感じる部屋なのに、二人だけだと逆に妙に余白がある。テーブルの向こう側も、クッションの空きも、静かな空気も、全部がいつもより目立つ。


「……で」


 俺は麦茶をコップに注ぎながら言った。


「今日は何するんだよ」


「え?」


「いや、来たはいいけど、何かあるんだろ」


「あるよ!」


 涼花は即答した。

 そこは迷わないのか。


「まず、試合見に来てくれたお礼」


「もう十分された気もするけど」


「それはそれ、これはこれ!」


「便利な理屈だな」


「あとね」


 涼花は少しだけ姿勢を正した。


「今日は、ちゃんと聞きたかったことがあるの」


 その声が、思っていたより真面目で、俺も自然と笑いを引っ込めた。


「何を」


「わたしのこと、どう思ってるか」


「……」


 いきなり核心を投げるな。


「いや、その言い方はちょっと違うかも」


 涼花は自分で言ってから、少しだけ頬を赤くした。


「神谷くんの中で、わたしってどんな感じなのかなって」


 どんな感じ。

 それもまた、簡単そうで難しい。


 涼花は明るい。まっすぐで、騒がしくて、空気を一気に変える力がある。考える前に動くし、嬉しいとすぐ顔に出るし、傷ついた時もたぶんすごく分かりやすい。教室で見る涼花と、試合の時の涼花と、こうして一人でいる時の涼花は、全部少しずつ違う。


「……難しいな」


「難しいの!?」


「難しいだろ」


「そっか……」


 涼花は少しだけ視線を落とした。

 その顔がしょんぼりしかけたので、俺は慌てて言葉を足す。


「悪い意味じゃない」


「ほんと?」


「ほんと」


 涼花が顔を上げる。

 目がまっすぐだ。


「お前、学校だと太陽みたいだろ」


「太陽?」


「いるだけで周りが明るくなる感じ」


「へへ」


 そこで照れるのかよ。


「でも、試合の時は全然違った」


「うん」


「強かったし、格好よかったし、ちゃんとお前の世界があるんだなって思った」


 涼花は黙って聞いている。

 その反応が真剣すぎて、こっちまで少し慎重になる。


「あと、部屋にいる時は」


「うん」


「一番分かりやすい」


「それ褒めてる?」


「半分くらい」


「半分かあ」


「でも、思ってること隠さないのは、お前の強さだと思う」


 そこまで言うと、涼花はしばらく何も言わなかった。

 ただ、両手でコップを包むみたいに持ったまま、じっとこっちを見ている。


「……わたし」


 やがて、小さく口を開く。


「お姉ちゃんたちみたいに、うまくできないんだよね」


「何が」


「距離の詰め方とか、空気の読み方とか」


 少しだけ苦笑いする。


「龍華お姉ちゃんってさ、ぐいぐい来るのに、ちゃんと神谷くんの反応見てるでしょ。優里お姉ちゃんはもっとずるいし」


「ずるいのか」


「ずるいよ」


 きっぱり断言するな。


「優里お姉ちゃん、静かな顔して、ここだって時にちゃんと刺してくるもん」


「それは……分かる」


「でしょ!?」


 そこで同意を得て嬉しそうになるな。


「でもわたし、そういうのできなくて。思ったことそのまま言っちゃうし、あとから“うわ変なこと言った”ってなるし」


「それはよく見てる」


「ひどい!」


 でも、本気でひどいとは思ってない顔だった。


「だから、神谷くんがちゃんと見てくれてるって分かると、すごくうれしい」


 そう言って、涼花は少しだけ身体を寄せた。

 肩が触れるか触れないかくらいの距離。

 わざとじゃないようで、わざとじゃないとも言い切れないくらい。


「わたしね」


 声が少しだけ小さくなる。


「神谷くんといると、楽しいだけじゃなくて、安心する」


「……」


「部屋も好きだけど、それだけじゃないよ」


 またそこを強調するのか。

 いや、強調したいんだろうな。


「神谷くんって、ちゃんと見てくれるから」


 それは、昨日優里にも似たようなことを言われた気がした。

 でも、涼花の口から出ると、意味が少し違う。もっと直接的で、もっと感情に近い。


「だから、もっとわたしのことも見てほしい」


 この女は、本当にまっすぐだ。

 遠回しにできないぶん、一言一言の熱が直撃する。


「……見てるよ」


 気づいたら、またそう返していた。


「もっと?」


「もっと、ってなんだ」


「今よりもっと」


 涼花は笑っているくせに、目だけは本気だった。


「お姉ちゃんたちと一緒の時じゃなくて、わたしだけの時に」


 その言い方は、かなり危ない。

 だが、こっちがそれを指摘しても、涼花はたぶん意味を変えない。変えないまま、真正面から押してくる。


「お前、本当にそれでいいのか」


「なにが?」


「そういう言い方」


「いいよ」


 即答だった。


「だって、もう競争だもん」


「おい」


「だってそうでしょ?」


 涼花は悪びれもしない。


「お姉ちゃんたちだって、絶対そう思ってるもん」


 それは、否定しづらかった。

 昨日の予約会議も、その前の一人時間の取り合いも、どう考えても“そういう空気”だった。


「でも」


 涼花はそこで少しだけ目を細める。


「負けたくないし」


「何にだよ」


「神谷くんの中で、一番気になる人になることに」


 言い切った。


 教室じゃない。

 三姉妹も揃っていない。

 俺の部屋で、二人きりで、その目でその言葉を言うのは反則だろ。


「……お前」


「うん」


「最近、遠慮なくなってないか」


「なったかも」


 にこっと笑う。

 だめだ。反省する気が一切ない。


「だって、お姉ちゃんたちがちゃんと来るなら、わたしもちゃんと行かなきゃって思ったし」


「その理屈、かなり怖いな」


「そう?」


「そうだよ」


「でも、神谷くん困ってる顔するのに、追い出さないじゃん」


 それを言われると弱い。


「だから、嫌じゃないんだなって思うし」


「……」


「そこに、ちょっと期待してる」


 困る。

 困るんだが、その期待を全否定できない自分がもっと困る。


 涼花はそこでようやくゼリーの蓋を開けた。


「食べよ?」


「切り替え早いな」


「大事なこと言ったあとは、ちょっと甘いもの欲しい」


「理屈が雑だな」


「でも分かるでしょ?」


 まあ、分からなくもない。


 ゼリーは、思ったよりずっと美味しかった。

 果物の甘さと酸味がちょうどよくて、後味も軽い。さっぱりしたものが好きな俺の好みを、ちゃんと拾って選んでいるのが分かる。


「……うまい」


「ほんと!?」


「うん」


「やった!」


 涼花はそれだけでぱっと笑う。

 さっきまであんなに恋愛強者みたいなことを言っていたくせに、こういうところはすぐに元の涼花へ戻る。


「神谷くん」


「なんだ」


「今度、試合の日じゃなくて、普通の日にまた来るね」


「もう確定してるのか」


「うん」


「うん、じゃない」


「だって今日、すごいよかったし」


「その感想、昨日も聞いた」


「今日はもっとよかった!」


 そう言い切る涼花の顔は、本当に楽しそうだった。


 その時、スマホが震えた。

 嫌な予感しかしない。


 画面を見る。

 龍華から『今日は誰の番だっけ』

 優里から『涼花、暴走していませんか?』


「……」


「……」


 涼花も画面を見て、数秒固まったあと、じわじわと不機嫌そうに頬を膨らませた。


「なんで見透かしたみたいに来るの!」


「お前ら姉妹だからだろ」


「でもやだ!」


「知らん」


 涼花はスマホを奪うみたいに覗き込み、ぶつぶつ言う。


「今日はわたしの時間なのに……」


 その拗ね方が、また妙に可愛い。

 だから困る。


「返事しないと余計来るんじゃないか」


 そう言うと、涼花ははっとした顔をした。


「たしかに!」


「お前、そういうところは素直だな」


「いいから早く返して!」


「命令するな」


 結局、『涼花は元気』『暴走はしてない、たぶん』とだけ返した。

 するとすぐに、龍華から『たぶんって何だよ』

 優里から『それならよかったです』が届く。


 涼花はそのやり取りを見ながら、じっと俺を見た。


「ねえ」


「なんだ」


「今度は、スマホ切って来て」


「無茶言うな」


「だって邪魔入るもん!」


「邪魔って言うな、お姉ちゃんたちだろ」


「そうだけど、今はライバルだし!」


 ライバル。

 堂々と言い切るな。


 でも、その言葉を聞いた瞬間、少しだけ笑ってしまった。


「なんで笑うの!」


「いや、ほんとに言うんだなって」


「言うよ!」


 涼花は拗ねたように唇を尖らせてから、少しだけ真面目な顔で続けた。


「神谷くんを好きになるなら、ちゃんと本気で行かなきゃだめでしょ」


 その言葉に、今度は笑えなかった。


 涼花は照れていないわけじゃない。

 耳も少し赤いし、きっと心臓も速いはずだ。

 それでも、逃げない。

 まっすぐ見て、まっすぐ言う。


 その強さは、やっぱり格好いいと思った。


「……ほんと、お前は強いな」


 俺がそう言うと、涼花は一瞬だけ目を丸くして、それからふわっと笑った。


「神谷くんにそう言われるの、好き」


 そんなふうに言われたら、もうどうしようもない。


 どうやら令嬢三姉妹の末っ子は、一人で入り浸る順番が回ってくると、一番まっすぐに恋をぶつけてくるタイプらしい。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

このお話が少しでも面白いと感じていただけたら、ぜひ「♡いいね」や「ブックマーク」をしていただけると嬉しいです。

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