学年一可愛い令嬢三姉妹は、予約を取った一人時間になると急に恋人候補みたいな顔をする
水曜の放課後、俺は自分でも少し落ち着かないまま帰り道を歩いていた。
原因は分かっている。
昨日、あのわけの分からない予約会議の末に、「一人で来たい時は事前申請」という妙なルールが成立したからだ。そして、そのルールを最初に全力で使ってきそうなのが涼花だということも、最初から分かっていた。
昼休みの終わりに届いたメッセージは、案の定だった。
『今日、部活ない!』
『ちゃんと事前申請です!』
『行っていい!?』
行っていいも何も、もう来る気満々じゃないかと思ったが、そこで断る理由もなかった。
結局、『遅くならないなら』とだけ返した。すると数秒で、『やったー!!!』とびっくりするくらい機嫌のいいスタンプが返ってきた。
そして今、俺がアパートの階段を上がると、部屋の前にはやっぱり涼花がいた。
いつもの制服ではなく、薄い色のワンピースに軽いパーカーを羽織っている。髪も少しだけゆるくまとめていて、学校で見る時より柔らかい雰囲気だった。本人はたぶん無意識なんだろうが、そういう変化を自然にやられると困る。
「おかえり!」
元気な声。
だけど、その声の端に、いつもより少しだけ緊張が混じっている気がした。
「早いな」
「えへへ。ちょっと気合い入ってた」
「予約を守るための気合いか?」
「それもある!」
涼花はそう言って、両手で持っていた小さな保冷バッグを持ち上げた。
「あと、これ」
「なんだよ」
「差し入れ!」
「また何か持ってきたのか」
「今日はちゃんとわたしっぽいやつ!」
意味が分からない。
だが、どうせ玄関先で立ち話していても仕方がない。俺は鍵を開けて中へ入った。
部屋へ入るなり、涼花は「おじゃまします!」といつも通り元気に言ったあと、すぐに「あ、今日は一人だから静かにしないと」と自分で口を押さえた。
「そこ気にするんだな」
「するよ! 今日は特別だもん」
その“特別”という言い方に、また少しだけ心臓が変な跳ね方をする。
涼花は保冷バッグから、小さなガラス容器を二つ取り出した。
中身は、果物が入ったゼリーだった。透明感のあるゼリーの中に、オレンジやキウイや苺がきれいに浮かんでいる。
「……お前、これどうした」
「うちのパティシエさんにお願いした!」
「やっぱり令嬢だな」
「でもね、味はわたしが選んだの!」
「そこはお前らしいな」
そう言うと、涼花は少しだけ嬉しそうに笑った。
「神谷くん、あんまり甘すぎるの得意じゃないでしょ?」
「……まあ」
「だから、さっぱりめ!」
得意げだった。
その顔を見ていると、こっちもつい力が抜ける。
冷蔵庫へゼリーを入れて、二人でラグへ座る。
三姉妹が揃っている時は狭く感じる部屋なのに、二人だけだと逆に妙に余白がある。テーブルの向こう側も、クッションの空きも、静かな空気も、全部がいつもより目立つ。
「……で」
俺は麦茶をコップに注ぎながら言った。
「今日は何するんだよ」
「え?」
「いや、来たはいいけど、何かあるんだろ」
「あるよ!」
涼花は即答した。
そこは迷わないのか。
「まず、試合見に来てくれたお礼」
「もう十分された気もするけど」
「それはそれ、これはこれ!」
「便利な理屈だな」
「あとね」
涼花は少しだけ姿勢を正した。
「今日は、ちゃんと聞きたかったことがあるの」
その声が、思っていたより真面目で、俺も自然と笑いを引っ込めた。
「何を」
「わたしのこと、どう思ってるか」
「……」
いきなり核心を投げるな。
「いや、その言い方はちょっと違うかも」
涼花は自分で言ってから、少しだけ頬を赤くした。
「神谷くんの中で、わたしってどんな感じなのかなって」
どんな感じ。
それもまた、簡単そうで難しい。
涼花は明るい。まっすぐで、騒がしくて、空気を一気に変える力がある。考える前に動くし、嬉しいとすぐ顔に出るし、傷ついた時もたぶんすごく分かりやすい。教室で見る涼花と、試合の時の涼花と、こうして一人でいる時の涼花は、全部少しずつ違う。
「……難しいな」
「難しいの!?」
「難しいだろ」
「そっか……」
涼花は少しだけ視線を落とした。
その顔がしょんぼりしかけたので、俺は慌てて言葉を足す。
「悪い意味じゃない」
「ほんと?」
「ほんと」
涼花が顔を上げる。
目がまっすぐだ。
「お前、学校だと太陽みたいだろ」
「太陽?」
「いるだけで周りが明るくなる感じ」
「へへ」
そこで照れるのかよ。
「でも、試合の時は全然違った」
「うん」
「強かったし、格好よかったし、ちゃんとお前の世界があるんだなって思った」
涼花は黙って聞いている。
その反応が真剣すぎて、こっちまで少し慎重になる。
「あと、部屋にいる時は」
「うん」
「一番分かりやすい」
「それ褒めてる?」
「半分くらい」
「半分かあ」
「でも、思ってること隠さないのは、お前の強さだと思う」
そこまで言うと、涼花はしばらく何も言わなかった。
ただ、両手でコップを包むみたいに持ったまま、じっとこっちを見ている。
「……わたし」
やがて、小さく口を開く。
「お姉ちゃんたちみたいに、うまくできないんだよね」
「何が」
「距離の詰め方とか、空気の読み方とか」
少しだけ苦笑いする。
「龍華お姉ちゃんってさ、ぐいぐい来るのに、ちゃんと神谷くんの反応見てるでしょ。優里お姉ちゃんはもっとずるいし」
「ずるいのか」
「ずるいよ」
きっぱり断言するな。
「優里お姉ちゃん、静かな顔して、ここだって時にちゃんと刺してくるもん」
「それは……分かる」
「でしょ!?」
そこで同意を得て嬉しそうになるな。
「でもわたし、そういうのできなくて。思ったことそのまま言っちゃうし、あとから“うわ変なこと言った”ってなるし」
「それはよく見てる」
「ひどい!」
でも、本気でひどいとは思ってない顔だった。
「だから、神谷くんがちゃんと見てくれてるって分かると、すごくうれしい」
そう言って、涼花は少しだけ身体を寄せた。
肩が触れるか触れないかくらいの距離。
わざとじゃないようで、わざとじゃないとも言い切れないくらい。
「わたしね」
声が少しだけ小さくなる。
「神谷くんといると、楽しいだけじゃなくて、安心する」
「……」
「部屋も好きだけど、それだけじゃないよ」
またそこを強調するのか。
いや、強調したいんだろうな。
「神谷くんって、ちゃんと見てくれるから」
それは、昨日優里にも似たようなことを言われた気がした。
でも、涼花の口から出ると、意味が少し違う。もっと直接的で、もっと感情に近い。
「だから、もっとわたしのことも見てほしい」
この女は、本当にまっすぐだ。
遠回しにできないぶん、一言一言の熱が直撃する。
「……見てるよ」
気づいたら、またそう返していた。
「もっと?」
「もっと、ってなんだ」
「今よりもっと」
涼花は笑っているくせに、目だけは本気だった。
「お姉ちゃんたちと一緒の時じゃなくて、わたしだけの時に」
その言い方は、かなり危ない。
だが、こっちがそれを指摘しても、涼花はたぶん意味を変えない。変えないまま、真正面から押してくる。
「お前、本当にそれでいいのか」
「なにが?」
「そういう言い方」
「いいよ」
即答だった。
「だって、もう競争だもん」
「おい」
「だってそうでしょ?」
涼花は悪びれもしない。
「お姉ちゃんたちだって、絶対そう思ってるもん」
それは、否定しづらかった。
昨日の予約会議も、その前の一人時間の取り合いも、どう考えても“そういう空気”だった。
「でも」
涼花はそこで少しだけ目を細める。
「負けたくないし」
「何にだよ」
「神谷くんの中で、一番気になる人になることに」
言い切った。
教室じゃない。
三姉妹も揃っていない。
俺の部屋で、二人きりで、その目でその言葉を言うのは反則だろ。
「……お前」
「うん」
「最近、遠慮なくなってないか」
「なったかも」
にこっと笑う。
だめだ。反省する気が一切ない。
「だって、お姉ちゃんたちがちゃんと来るなら、わたしもちゃんと行かなきゃって思ったし」
「その理屈、かなり怖いな」
「そう?」
「そうだよ」
「でも、神谷くん困ってる顔するのに、追い出さないじゃん」
それを言われると弱い。
「だから、嫌じゃないんだなって思うし」
「……」
「そこに、ちょっと期待してる」
困る。
困るんだが、その期待を全否定できない自分がもっと困る。
涼花はそこでようやくゼリーの蓋を開けた。
「食べよ?」
「切り替え早いな」
「大事なこと言ったあとは、ちょっと甘いもの欲しい」
「理屈が雑だな」
「でも分かるでしょ?」
まあ、分からなくもない。
ゼリーは、思ったよりずっと美味しかった。
果物の甘さと酸味がちょうどよくて、後味も軽い。さっぱりしたものが好きな俺の好みを、ちゃんと拾って選んでいるのが分かる。
「……うまい」
「ほんと!?」
「うん」
「やった!」
涼花はそれだけでぱっと笑う。
さっきまであんなに恋愛強者みたいなことを言っていたくせに、こういうところはすぐに元の涼花へ戻る。
「神谷くん」
「なんだ」
「今度、試合の日じゃなくて、普通の日にまた来るね」
「もう確定してるのか」
「うん」
「うん、じゃない」
「だって今日、すごいよかったし」
「その感想、昨日も聞いた」
「今日はもっとよかった!」
そう言い切る涼花の顔は、本当に楽しそうだった。
その時、スマホが震えた。
嫌な予感しかしない。
画面を見る。
龍華から『今日は誰の番だっけ』
優里から『涼花、暴走していませんか?』
「……」
「……」
涼花も画面を見て、数秒固まったあと、じわじわと不機嫌そうに頬を膨らませた。
「なんで見透かしたみたいに来るの!」
「お前ら姉妹だからだろ」
「でもやだ!」
「知らん」
涼花はスマホを奪うみたいに覗き込み、ぶつぶつ言う。
「今日はわたしの時間なのに……」
その拗ね方が、また妙に可愛い。
だから困る。
「返事しないと余計来るんじゃないか」
そう言うと、涼花ははっとした顔をした。
「たしかに!」
「お前、そういうところは素直だな」
「いいから早く返して!」
「命令するな」
結局、『涼花は元気』『暴走はしてない、たぶん』とだけ返した。
するとすぐに、龍華から『たぶんって何だよ』
優里から『それならよかったです』が届く。
涼花はそのやり取りを見ながら、じっと俺を見た。
「ねえ」
「なんだ」
「今度は、スマホ切って来て」
「無茶言うな」
「だって邪魔入るもん!」
「邪魔って言うな、お姉ちゃんたちだろ」
「そうだけど、今はライバルだし!」
ライバル。
堂々と言い切るな。
でも、その言葉を聞いた瞬間、少しだけ笑ってしまった。
「なんで笑うの!」
「いや、ほんとに言うんだなって」
「言うよ!」
涼花は拗ねたように唇を尖らせてから、少しだけ真面目な顔で続けた。
「神谷くんを好きになるなら、ちゃんと本気で行かなきゃだめでしょ」
その言葉に、今度は笑えなかった。
涼花は照れていないわけじゃない。
耳も少し赤いし、きっと心臓も速いはずだ。
それでも、逃げない。
まっすぐ見て、まっすぐ言う。
その強さは、やっぱり格好いいと思った。
「……ほんと、お前は強いな」
俺がそう言うと、涼花は一瞬だけ目を丸くして、それからふわっと笑った。
「神谷くんにそう言われるの、好き」
そんなふうに言われたら、もうどうしようもない。
どうやら令嬢三姉妹の末っ子は、一人で入り浸る順番が回ってくると、一番まっすぐに恋をぶつけてくるタイプらしい。
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