学年一可愛い令嬢三姉妹は、一人で入り浸る約束ができると今度は日程の予約まで始める
翌朝、教室へ入った瞬間に分かった。
涼花が、隠す気をまるで持っていない。
いつも明るいのはいつものことだ。けれど今日は、その明るさの質が違った。顔を見れば分かる。機嫌がいいとか、元気があるとか、そういう次元じゃない。昨日の最後のやり取りを、そのまま胸に抱えたまま来た顔だ。
案の定、朝のホームルーム前にはもう俺の席の横にいた。
「神谷くん」
「なんだよ」
「今週、静かな日ある?」
「朝一番で聞くことか?」
「大事だから!」
声が弾みすぎている。
しかも周りの視線がこっちに寄る。やめろ。教室でそんな単語を大声で出すな。
「静かな日ってなんだ」
「ほら、この前言ってくれたじゃん」
「言ってない」
「言ったよ! もっと静かな日に、って!」
思い出させるな。
しかも笑顔で。
「お前、ほんとそういうの隠せないな」
「だってうれしかったもん」
さらっと返されて、言葉が一瞬止まる。
こいつは本当に、まっすぐな時ほど強い。
恥ずかしいとか照れるとかを飛び越えて、嬉しかったから嬉しかったと言ってしまう。その素直さは反則だと思う。
「……あとでな」
それだけ返すと、涼花は一瞬だけ目を輝かせた。
「あとでってことは、ちゃんと話してくれるんだ!」
「そこまで言ってない」
「でも否定もしなかった!」
元気よく勝手に解釈するな。
そのやり取りは、当然のように周囲へ聞こえていたらしい。
ざわつく教室の空気の中、さらに厄介なのは、後ろの扉から入ってきた優里がその最後の部分だけ綺麗に拾っていたことだった。
「何のお話ですか?」
やわらかい声なのに、妙に逃げ道がない。
涼花は「べ、別に!」と分かりやすく動揺し、俺は俺で説明を省きたくなった。
だが、そういう時に限って、廊下側には龍華までいる。
最悪だ。
昨日の件、完全に共有される流れが出来上がっている。
優里はそんな俺たちの空気を見て、ほんの少しだけ目を細めた。
「そうですか」
それだけしか言わない。
でも、その一言の中に色々入っているのが分かるのが、この人の怖いところだ。
龍華は教室の外からこちらを見て、口元だけ少し上げた。
「へえ」
その“へえ”もやめろ。
何も言ってないのに、全部察した顔をするな。
午前中の授業は、妙に落ち着かなかった。
涼花は何度も振り向きかけては我慢し、優里は休み時間ごとに自然な顔で様子を見に来るし、龍華は龍華で、廊下ですれ違うたびに面白そうな目を向けてくる。
俺はようやく理解した。
これ、昨日の「今度はもっと静かな日に」の一言が、完全に火種になっている。
放課後、俺はできるだけ遠回りして帰ろうと思った。
少なくとも、まっすぐ部屋へ戻るのは危険だ。そう判断して、駅前の本屋へ少し寄って時間を潰したのだが、その程度でどうにかなる相手じゃなかったらしい。
アパートの階段を上がると、俺の部屋の前には三人揃っていた。
「……なんでだよ」
開口一番、それしか出てこない。
涼花はにこにこと手を振り、優里は紙袋を持って静かに微笑み、龍華は壁にもたれたまま当然みたいな顔をしていた。
「話し合い」
龍華が短く言う。
「何の」
「予約」
涼花が元気よく続けた。
「なんの予約だよ」
「神谷くんの!」
「意味が分からん!」
そう叫んだのに、三人とも引かなかった。
むしろ、優里が一歩前へ出て、落ち着いた口調で補足してくる。
「正確には、神谷くんと一対一で過ごす時間の相談です」
「補足で状況を悪化させるな」
「でも、そういうことでしょう?」
「そういうことにするな」
だが、昨日の流れからすると、たしかに間違ってもいないのが最悪だった。
仕方なく鍵を開ける。
すると三人は、もう慣れた動きで部屋へ入っていった。
そして、その日の俺の六畳一間には、またしても令嬢要素が持ち込まれた。
優里の紙袋から出てきたのは、革張りの小さな手帳だった。
深い紺色の表紙に、金の箔押しで西園寺家の家紋らしきものまで入っている。スケジュール帳一冊とっても、なんでそんなに育ちの差を見せつけてくるんだ。
「今日はこちらを使います」
「何にだよ」
「予約管理に」
「本当にやるのか……」
ローテーブルの上へ手帳が開かれる。
その横に、いつものように高そうな焼き菓子まで並び始めた。どうして話し合い一つにいちいち洋菓子がついてくるんだ。
「母様が、“真剣なお話をするならお茶菓子は必要でしょう”と」
「お前ん家の真剣な話し合い、なんか優雅だな」
「神谷くんの部屋だと、ちょうどよく中和されるので」
「中和って言うな」
涼花はラグの上に正座して、すでにやる気満々だった。
「じゃあ最初に言うね!」
「言わなくていい」
「わたしは、次の水曜がいい!」
「聞けよ」
「部活休みだし、宿題も少ない日だから!」
「やる気の方向が怖い」
龍華はクッションを抱えながら、その様子を半分呆れ、半分楽しむ顔で見ていた。
「お前、ほんと分かりやすいな」
「いいじゃん、素直で!」
「素直すぎるんだよ」
優里はそんな二人を見ながら、手帳へ何か書き込んでいる。
本当に記録し始めた。やめろ。俺の部屋が何の受付窓口になってるんだ。
「優里まで乗るなよ」
「必要なことですので」
「何も必要じゃない」
「でも、曖昧にすると涼花が毎日聞きますよ」
「それは……ありそうだな」
「あるよ!」
「胸張るな」
優里はそこで、静かにページをめくった。
「私は金曜が希望です」
「希望って言い方がもう予約なんだよ」
「この日は家の予定が比較的落ち着いているので」
さらっと令嬢らしい事情が差し込まれる。
一般家庭の高校生の会話に、“家の予定が比較的落ち着いているので”なんて文脈は普通ない。
「何するつもりなんだよ」
「本の感想をゆっくり話したいです」
「……それだけか?」
「それだけじゃ駄目ですか?」
駄目じゃない。
駄目じゃないんだけど、その聞き方はずるい。
「それに」
優里はほんの少しだけ笑う。
「神谷くん、二人だと学校の話もちゃんとしてくれますし」
「三人いる時でもしてるだろ」
「三人いる時は、涼花が途中で違う話を始めます」
「えっ、わたし!?」
「事実です」
「優里お姉ちゃんひどい!」
ひどくはない。
完全に事実だ。
そして、龍華は最後まで黙っていた。
そのせいで逆に嫌な予感しかしなかったのだが、やっぱり最後に一番面倒な球を投げてきた。
「私は日程じゃなくて権利で取る」
「何を言ってるんだお前は」
「一番最初に一人で来たの私だし、部屋の滞在時間もたぶん最長だ」
「だからなんだよ」
「優先権がある」
「ない」
「ある」
「ない」
即座に言い合いになる。
龍華は腕を組んで俺を見る。
「お前もそう思うだろ」
「思わない」
「薄情だな」
「理屈がおかしいんだよ」
「じゃあ、こうしよう」
龍華はそこで少しだけ口元を上げた。
「私だけ、予約なしで来ていいことにする」
「もっとおかしいだろ!」
「それはずるい!」
涼花が即座に噛みつく。
「龍華お姉ちゃんだけ特別扱いじゃん!」
「事実として一番馴染んでるからな」
「自分で言うな!」
優里はそのやり取りを見ながら、小さくため息をついた。
「龍華、それでは交渉になってません」
「交渉じゃなくて確認だ」
「強すぎるんですよ、その発想が」
三姉妹が俺の部屋で、俺の予定を巡って真面目に揉めている。
冷静に考えると意味が分からない。
でも、分からないまま状況だけはどんどん進んでいく。
しかも、その揉め方に性格が出すぎていた。
涼花は感情と勢いで押し、
優里は理屈と順序で整え、
龍華は既成事実で殴る。
どれも面倒だ。
そして、どれも妙に本気なのがさらに面倒だった。
「……お前らさ」
俺が呆れ半分で言うと、三人が一斉にこっちを見る。
「なんだよ、その反応」
「だって、大事なことだし」
涼花が真っ先に返す。
「大事か?」
「大事だよ!」
優里も静かに頷く。
「はい。かなり」
「私はもう譲る気ないしな」
「お前はちょっと黙れ」
やっと少し静かになったところで、俺はため息をついた。
「予約とか優先権とか、そういうのはやめろ」
「えー」
「じゃあどうするの?」
涼花が不満そうに聞く。
「来たい時に、ちゃんと事前に言え」
「それだけ?」
「それだけだ」
「競争にならないじゃん」
「競争にするなって言ってるんだよ」
すると、優里が少し考えるように視線を落とした。
「では、先に約束を取った人が優先、でどうでしょう」
「話を制度化するな」
「でも合理的です」
「この人たち、本当に予約する気だ……」
頭が痛くなってくる。
その時、涼花がふいにこちらへ身を乗り出した。
「じゃあ、神谷くんはどうなの?」
「何が」
「誰といるのが一番落ち着く?」
「おい」
龍華が低く制止する。
優里もさすがに少しだけ驚いた顔をした。
だが、涼花は引かなかった。
「だって気になるもん!」
「その質問は駄目だろ」
「なんで!?」
「なんででもだ」
こんなの、答えられるわけがない。
答えた瞬間、部屋の空気が変な方向へ壊れるのが目に見えている。
なのに、三人ともこっちを見ていた。
涼花はまっすぐに。
優里は静かに。
龍華は何も言わないくせに、一番逃がさない目で。
「……落ち着くのは」
口を開いた瞬間、自分でも何を言おうとしているのか少し分からなくなった。
「三人とも違う」
結果、出てきたのはそんな言葉だった。
「涼花は賑やかで、優里は静かで、龍華は遠慮がない」
「褒めてる?」
龍華が聞く。
「半分くらい」
「ひどいな」
「でも、その三つが今の俺の部屋にある感じだから」
そこまで言って、俺は少しだけ視線を逸らした。
「誰が一番とかじゃなくて、もう三人それぞれで落ち着くポイントが違うんだよ」
部屋が、妙に静かになった。
しまった。
なんか、思っていたよりちゃんと答えてしまった気がする。
最初に反応したのは、優里だった。
やわらかく、でも少しだけ照れたように笑う。
「……ずるいですね、その答え」
「そうか?」
「はい。誰も傷つけないのに、ちゃんと嬉しいです」
そう言われると、余計に恥ずかしくなる。
涼花はクッションを抱えたまま、目を丸くしていた。
それから、ぱっと顔を明るくする。
「じゃあ、わたしもちゃんと“落ち着く”側なんだ!」
「そこだけ拾うな」
「大事だもん!」
龍華は少しだけ顔を逸らして、くつくつと笑った。
「お前、たまにそういうの自然に言うから厄介なんだよ」
「なんで俺が責められてるんだ」
「照れるからだろ」
「自覚あるのかよ」
「ある」
あるのか。
そのあと、結局手帳は閉じられた。
完全な予約表は作られなかったが、代わりに「一人で来たい時は事前申請」という、妙に生々しいルールだけが成立した。
そんなものが成立していいのかという話だが、三姉妹は揃って納得した顔をしていた。
納得するな。
「じゃあ、わたし水曜に連絡するね!」
涼花が元気よく言う。
「金曜は、私から聞きます」
優里がやわらかく続ける。
「私は聞かずに行くかもな」
「龍華、お前はルール守れ」
「考えとく」
「守る気ゼロだな」
三人がそれぞれ違う顔で笑う。
まるで、今のやり取りでまた一歩距離を詰めたことを、ちゃんと分かっているみたいに。
令嬢三姉妹は、もう入り浸るだけでは満足しないらしい。
次は、一人で来るための順番と口実と約束まで、静かに取り合い始めていた。
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