学年一可愛い令嬢三姉妹は、一人で入り浸る順番になると急に恋愛強者みたいな顔をする
翌日、俺は朝から嫌な予感しかしなかった。
理由ははっきりしている。
昨日、涼花がアパートの前で「今度はわたしの番だからね!」と高らかに宣言して帰っていったからだ。
ああいうのは、大抵その場の勢いで終わらない。
しかも相手は西園寺涼花である。勢いと実行力がほぼ直結している女だ。言ったからには、今日か明日には何かしら動いてくる。
そして案の定、一時間目と二時間目の間の休み時間には、もう目の前にいた。
「神谷くん」
「なんだ」
「今日、放課後あいてる?」
「嫌な予感しかしない聞き方だな」
「大丈夫! 変なことしない!」
「その前置きで大丈夫だった試しがないんだよ」
俺がそう返すと、涼花は一瞬むっとしたあと、すぐに胸を張った。
「今日はちゃんと理由あるもん!」
「どんな」
「この前の小テストのお礼第二弾!」
「まだ続いてたのか、それ」
「続いてるよ!」
涼花はそう言いながら、俺の机へそっと小さな封筒を置いた。
なんだこれ、と視線で問うと、涼花は少しだけ得意げに笑う。
「部活の大会の招待券」
「招待券?」
「今週の土曜、公開試合あるんだ。よかったら見に来てほしくて」
予想外だった。
もっと雑に「部屋行こ!」くらいの勢いで来るかと思っていたのに、今日はちゃんと理由が形になっている。
「……なんで俺」
「見に来てほしいから」
「それ、答えになってるようでなってないぞ」
「なってるもん」
涼花はまっすぐ俺を見る。
「だって、神谷くんには見てほしいし」
朝からそういう温度で来るな。
こっちの心拍数を考えろ。
しかも最悪なことに、そのやり取りを教室の後ろから優里が見ていた。さらに廊下には龍華までいる。姉二人の視線が、妙に静かにこっちへ向いているのが分かった。
……面倒だ。
「放課後、ちょっとだけいい?」
涼花が念押しする。
「話だけなら」
「やった!」
ぱっと笑う。
その笑顔が、教室のざわつきをまた一段強くした気がした。
※ ※ ※
放課後、涼花に連れていかれたのは、体育館裏でも中庭でもなく、グラウンドの端だった。
部活終わりの空気が濃い。
笛の音、ボールの音、土の匂い、汗を拭きながら戻っていく生徒たち。学校の中でも、ここは俺の普段いる場所とは少し違う世界だ。
涼花は部活のジャージ姿のままで、髪を高い位置でまとめていた。いつも教室で見る時より、さらに眩しい。運動して火照った頬と、まっすぐな目が、いかにも“涼花”という感じだった。
「で、話って何だよ」
「うん」
涼花は一度だけ深呼吸をした。
「土曜、ほんとに来てほしい」
「さっき聞いた」
「それだけじゃなくて」
「まだあるのか」
「終わったあと、うち来ない?」
「は?」
さっきまでの真面目な空気が一瞬で変な方向へ飛んだ。
「待て待て待て。話の飛び方がおかしいだろ」
「おかしくないよ! うちでご飯食べて、そのあと……その、時間あったら神谷くんの部屋でもいいし」
「後半でさらにおかしくなってるんだよ」
「なんで!?」
「なんでじゃない!」
涼花は心外そうな顔をしたが、その耳は少し赤い。
自分でも勢いに任せた自覚はあるらしい。
「……だって」
涼花は少しだけ声を落とした。
「最近、お姉ちゃんたちばっかりずるいし」
「それ、本人たちの前で言うなよ」
「言わないよ!」
「いや、たぶん昨日の時点で半分言ってたぞ」
「う……」
図星らしい。
「でも、ほんとだもん」
そこで涼花は、少しだけ視線を逸らした。
「龍華お姉ちゃんは一人で部屋行ってたし、優里お姉ちゃんは庭でお茶してたし。わたしだけ、そういう“特別”ないなって思って」
その言い方は、思っていたよりずっと正直だった。
特別。
その単語を、涼花が自分で使うのか。
「だから、わたしの番ほしい」
前を向いた時の目は、やっぱりまっすぐだった。
「神谷くんと、ちゃんと二人の時間ほしい」
こんなの、断れるやついるのか。
いや、断るべきなんだろうけど、気持ちの問題として。
「……試合、見に行く」
結局、先に出たのはその言葉だった。
「ほんと!?」
「そのあとについては、様子見だ」
「でも来てくれるんだ!」
涼花はぱっと顔を明るくした。
まるでそれだけで十分みたいに嬉しそうなのが、余計に断りづらい。
「ありがと!」
勢いのまま腕を掴まれそうになって、俺は半歩引く。
だが涼花はそこで止まらなかった。
「ねえ、じゃあ約束!」
「子どもか」
「いいじゃん!」
「よくない」
「だって、神谷くんたまに逃げそうだし」
「逃げないよ」
「ほんと?」
「ほんと」
「じゃあ、絶対ね!」
小指を差し出される。
前にもやったな、これ。
仕方なく引っかけると、涼花は満足そうに笑った。
その笑顔を見ていると、こっちまで変に意識してしまうから困る。
※ ※ ※
そして土曜。
西園寺涼花の公開試合は、思っていた以上に本格的だった。
会場は市内の総合体育館。観客席もそれなりに埋まっていて、学校関係者だけじゃなく保護者や一般客までいる。俺はもらった招待券を握りしめながら、場違い感のある席へ座った。
試合が始まる。
涼花は、いつもの明るさとは全然違う顔をしていた。
集中している時の目。
迷いなく動く足。
無駄のない身体の使い方。
教室で見る西園寺涼花は太陽みたいだと思っていたけど、今目の前にいるのは、もっと鋭い光だった。眩しいんじゃなく、強い。誰かに好かれるためじゃなく、自分で勝つための顔をしている。
試合は、涼花の勝ちだった。
決まった瞬間、会場に歓声が上がる。
俺も気づけば立ち上がりかけていた。
……すごいな。
素直にそう思った。
試合後、関係者通路の外で待っていると、着替えを済ませた涼花がこっちへ走ってきた。
「神谷くん!」
いつもの顔だ。
でも、まだ少しだけ試合の熱が残っている。
「見た!?」
「見た」
「どうだった!?」
「すごかった」
「それだけ!?」
「いや、十分褒めてるだろ」
「もっと! もっと細かく!」
欲張りだな。
「……格好よかったよ」
そう言うと、涼花はぴたりと止まった。
「……え」
「お前、試合の時は全然違うな」
「え、ちょ、ちょっと待って」
涼花の耳まで一気に赤くなる。
なんで言った俺の方まで少し恥ずかしくなってるんだ。
「そ、そういうの急に言うのずるい!」
「細かくって言ったのそっちだろ」
「そうだけど! そうだけどさ!」
涼花は明らかに動揺していたが、それでも最後には嬉しそうに笑った。
「……うれしい」
小さな声だった。
でも、ちゃんと聞こえた。
そのあと、本当に西園寺家へ寄る流れになった。
試合を見に来た家族や関係者と少し挨拶して、車で屋敷まで移動する。屋敷へ着くと、今日は母親が出迎えてくれた。いつ見ても落ち着いた美人で、三姉妹の母だというのがよく分かる。
「涼花、勝ったのね。よかったわ」
「うん!」
「神谷くん、来てくれてありがとう」
「いえ……」
こういう時の西園寺家の“ありがとう”は、妙に格式があるから落ち着かない。
食事も、当然のように豪華だった。
それでも今日は客間ではなく、少し砕けた雰囲気のサンルームみたいな場所で軽い食事になった。ガラス越しに庭が見えて、午後の光が柔らかく差し込む。令嬢の家は、軽食ひとつ取ってもいちいち絵になるから困る。
だが、本番はそのあとだった。
「で」
食後の紅茶が出たタイミングで、龍華が言った。
「神谷、今日はこのあとどうする」
「どうするって」
「お前の部屋、行くのか?」
なんで本人に聞く前に長女が仕切ってるんだよ。
涼花は「ちょ、龍華お姉ちゃん!」と慌てたが、優里は静かにカップを置いて、少しだけ興味深そうに俺を見ている。
母親はそんな空気を楽しむみたいに微笑んでいた。
助ける気はないらしい。
「今日は、ほら、その……」
珍しく、涼花が言葉に詰まる。
「神谷くんが疲れてなければ、って思ってたんだけど」
試合のあとで、その言い方はずるい。
俺が来たのも知ってて、勝ったあとで、そんな遠慮がちな顔をするのは反則だろ。
「少しだけなら」
口から出た瞬間、涼花の顔がぱっと明るくなる。
「ほんと!?」
「ほんと」
「やった!」
その横で、龍華が小さく笑った。
「わかりやす」
「うるさい!」
優里はそんな二人を見ながら、やわらかく目を細めていた。
「よかったですね」
母親まで頷く。
「ふふ。青春ね」
やめてくれ。
保護者枠がそういうこと言うのは本当に効く。
結局、夕方にはまた俺の部屋へ戻っていた。
ただし今日は、涼花だけだった。
龍華と優里は、屋敷で見送る側に回った。
その時の二人の視線が妙に意味深だったのは、たぶん気のせいじゃない。
部屋へ入ると、涼花はぐるりと見回したあと、大きく息をついた。
「……なんか、ほっとする」
「屋敷から来た直後に言われると複雑だな」
「だってほんとだもん!」
試合の時とは違って、今の涼花はかなり素に近い顔をしていた。
疲れているはずなのに、変にハイになっているわけでもない。むしろ少しだけ静かだ。
それが逆に、俺を落ち着かなくさせた。
「座れよ」
「うん」
ラグへ座る。
でも今日は、いつもの三人いる時とは違って、やたら距離感が近く感じる。部屋の中に二人分の気配しかないだけで、こんなに変わるのか。
麦茶を出してやると、涼花はそれを両手で持ったまま、しばらく黙っていた。
「……なんだよ」
「いや」
「何か言いたいなら言え」
「今日、来てくれてありがと」
その言葉は、思っていたより静かだった。
「勝つとこ見てもらえて、うれしかった」
「それならよかった」
「あと」
涼花は少しだけ視線を下げた。
「格好よかったって言ってもらえたの、もっと嬉しかった」
またそれか。
勘弁してくれ。
「お前、そういうの気にするタイプなんだな」
「するよ!」
顔を上げた涼花が、少しだけむっとする。
「わたしだって女の子なんだから!」
その言い方は、思った以上に真剣だった。
「お姉ちゃんたちはさ、黙ってても綺麗だし、大人っぽいし、ずるいじゃん」
「ずるいって言うなよ」
「だってほんとだもん」
涼花はクッションを抱き寄せながら続ける。
「龍華お姉ちゃんは強くてかっこいいし、優里お姉ちゃんは優しくて上品だし。わたし、いつも元気とか明るいとか、そういうのばっかり言われる」
少しだけ、言葉が詰まる。
それはたぶん、涼花の本音だ。
「だから」
涼花は俺を見る。
「神谷くんに“格好よかった”って言ってもらえて、ちゃんと女の子として見てもらえた感じした」
心臓がうるさい。
そういうことを、そんな目で言うな。
「……見てるよ」
ぽろっと出た。
「え」
「女の子として、ちゃんと見てる」
言い切ってから、しまったと思う。
でももう遅い。
涼花は完全に固まっていた。
次の瞬間、顔が一気に赤くなる。
「ちょ、ちょ、ちょっと待って!」
「待たない」
「待ってよ! 今のは反則! ずるい!」
「どっちがだ」
「神谷くんの方!」
涼花は膝を抱えたまま、耳まで真っ赤になっている。
それでも、逃げなかった。
「……じゃあ」
小さく、でもはっきりと聞いてくる。
「わたし、お姉ちゃんたちと比べても、ちゃんとそう見える?」
比べるなよ。
そう思うのに、涼花の目は本気だった。
「見えるよ」
今度は迷わず言った。
「お前はお前で、ちゃんと可愛いし、ちゃんと格好いい」
「……っ」
涼花が、言葉を失う。
それから、ぎゅっとクッションを抱きしめた。
「……今日、ここ来てよかった」
「そうかよ」
「うん」
その返事は、妙に甘かった。
しばらくして、涼花は俺の肩に少しだけ寄りかかるみたいに座り直した。
ほんの少しだ。わざとらしいほどじゃない。でも、意識しないで済む距離でもない。
「……近い」
「つかれてるの」
「便利な言い訳だな」
「ほんとだもん」
涼花は笑った。
でも、その笑い方はいつもみたいに無邪気なだけじゃなかった。
「神谷くん」
「なんだ」
「今度は、試合の日じゃなくても、一人で来たい」
「またそれか」
「だって今日、すごいよかったし」
「お前ら、全員同じ結論にたどり着くのやめろ」
「だめ?」
この三姉妹、なんで最後は全員そこへ戻るんだ。
「……内容による」
「じゃあ、いっぱい口実考える!」
「そっちを頑張るな」
「頑張るよ!」
元気に言うな。
でも、涼花はそのまま小さく笑って、俺の肩の近くで少しだけ目を細めた。
「神谷くんの部屋、ほんと好き」
「知ってる」
「神谷くんも好き」
「……」
空気が止まる。
「いや、部屋が!」
「後付けが雑すぎる」
「ほんとに部屋も好きだもん!」
「“も”って言ったな」
「言ってない!」
涼花は慌てて離れようとしたが、狭いラグの上で足がもつれて、逆に少しだけこっちへ倒れ込んだ。
「お、おい」
「わ、わ、ごめ……!」
抱きとめるみたいな形になる。
近い。近すぎる。息がかかる距離だ。
涼花の目が、すぐ目の前にあった。
試合の時みたいな強さじゃなくて、今はただ、俺だけを見ている。
「……神谷くん」
小さな声だった。
そのまま数秒、動けなかった。
ピロン。
最悪のタイミングでスマホが鳴った。
「……」
「……」
涼花が我に返ったように飛び退く。
画面を見る。
龍華から『まだいるか?』
優里から『涼花、無事ですか?』
なんで保護者みたいな確認が同時に来るんだよ。
涼花は真っ赤な顔のまま、スマホの画面を見て、それから俺を見た。
「……お姉ちゃんたち、勘良すぎない?」
「今に始まったことじゃない」
「でも」
涼花は少しだけ唇を尖らせる。
「今日は、わたしの時間だったのに」
その拗ね方が、妙にかわいかった。
困るくらいに。
「また来ればいいだろ」
口から出たあとで、自分で驚いた。
「……え」
「今度はもっと静かな日に」
言い切ると、涼花が一瞬だけ固まって、それからすごく嬉しそうに笑った。
「うん!」
どうやら、俺はもうかなり遅いところまで来てしまっているらしい。
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