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学年一可愛いS級の美少女の令嬢三姉妹が、何故かやたらと俺の部屋に入り浸ってくる件について   作者: 沢田美


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26/51

学年一可愛い令嬢三姉妹は、一人で入り浸る順番まで静かに競い始める

 翌朝、教室へ入った瞬間から、嫌な予感はしていた。


 龍華が昨日、一人で俺の部屋へ来たこと。

 しかも、普段の図々しさに紛れて流せないくらい、妙に距離の近いやり取りまであったこと。

 それを、他の二人が察しないわけがない。


 案の定、朝から涼花の視線がやたらとこっちへ飛んでくる。

 いつもの「おはよー!」の勢いはある。あるのだが、そのあとに続く観察の密度が違った。俺の顔、机の上、鞄、そしてまた顔。分かりやすすぎる。


「……何見てるんだよ」


 耐えきれずに言うと、涼花はびくっと肩を揺らした。


「み、見てないよ!?」


「見てるだろ」


「ちょっとだけ!」


「見てるじゃねえか」


 俺がそう返すと、涼花はむぅと唇を尖らせた。


「だって、気になるし」


「何が」


「その……昨日」


「昨日?」


「龍華お姉ちゃん、どのくらいいたのかなーって」


 やっぱりそこか。


 聞き方は軽い。

 でも、その目は全然軽くない。

 何気ないふりをしているくせに、答えをかなり真面目に欲しがっている顔だ。


「普通に茶葉の缶とクロス回収して帰った」


「普通に?」


「普通に」


「ほんとに?」


「なんで疑うんだよ」


「だって龍華お姉ちゃんだよ!?」


 それはそうだな、と思ってしまったのが少し悔しい。


「……お前の姉に対する信頼、どうなってるんだ」


「あるよ!? あるけど、別方向に!」


「別方向ってなんだ」


「強引な方向!」


 否定しづらい。


 そこへ、教室の後ろから静かな声がした。


「涼花、朝から神谷くんを困らせないの」


 優里だった。


 涼花が「うっ」と詰まる。

 姉の一言で勢いが止まるあたり、やっぱり分かりやすい。


 優里はそのまま俺の席の近くまで来ると、いつものやわらかい笑みを向けた。


「おはようございます」


「おはよう」


「昨日、龍華から茶葉の缶は回収できたと聞きました」


「……そう」


「それはよかったです」


 そこで終わるかと思った。

 けれど優里は、ほんの少しだけ間を置いて続けた。


「それと、母様が昨日のお礼も兼ねて、今度こそ庭でお茶をどうかと」


「……今度こそ?」


「昨日、比較するとお話ししたでしょう?」


 比較。

 どっちの方が落ち着くか、というあれだ。


 たしかにそんな話はした。

 したけど、それを本当に実行に移すのか。


「今日の放課後、お時間ありますか?」


 さらっと言うな。

 しかも教室で。


 俺が少し黙ると、涼花がすぐに割り込んできた。


「えっ、ずるくない!?」


「ずるくないです」


 優里は表情ひとつ変えずに返した。


「昨日、龍華が先でしたから」


「それ言っちゃう!?」


「事実ですから」


 静かなのに強い。

 しかも理屈が通っているから厄介だ。


 俺が何も言えずにいると、優里は少しだけ首を傾げた。


「駄目ですか?」


 その聞き方は反則だろ。


 断れないのを分かっているのか、分かっていないのか。

 たぶん半々だ。


「……少しだけなら」


「ありがとうございます」


 優里は満足そうに微笑んだ。

 その横で、涼花が明らかに納得していない顔をしている。


「神谷くん!」


「なんだよ」


「感想ちゃんと教えてね!」


「何の」


「どっちが落ち着いたか!」


「本当に比較するのかよ」


「するよ!」


 お前がするのか。


 ※ ※ ※


 放課後。

 校門を出たところで、俺はまた少しだけ現実感をなくした。


 黒塗りの車が、昨日と同じように静かに待っていたからだ。

 ただ、昨日と違うのは、その横に立っているのが優里一人だったことだった。


 制服姿ではなかった。

 いったん屋敷へ戻ったのか、淡い色のワンピースに薄いカーディガンを羽織っている。派手ではない。けれど、その控えめな上品さが、この人には妙なくらいよく似合う。


 学校帰りの生徒たちが、ちらちらとこっちを見ていく。

 そりゃそうだ。

 名門校の有名令嬢が、車の前で一人、男子生徒を待っているのだから。


「……目立つな」


 思わず呟くと、優里が少しだけ困ったように笑った。


「すみません。できるだけ端に寄せてもらったんですけど」


「端に寄せる問題じゃないです」


「そうですね」


 否定しないのかよ。


 それでも、もうここまで来たら引き返せない。

 俺は小さく息をついて、車へ乗り込んだ。


 車内は静かで、涼しかった。

 シートの感触ひとつ取っても、俺の知っている移動手段の格を軽く飛び越えてくる。乗るたびに思うが、やっぱりこの家の令嬢たちは住む世界が違う。


 なのに、そういう人間が、今は俺の隣で穏やかな顔をしている。


「緊張してますか?」


 優里が聞いた。


「少し」


「正直ですね」


「嘘ついてもどうせ分かるだろ」


「たぶん」


 やっぱりか。


 車窓の外を流れる街並みは、駅前から少し離れるにつれて落ち着いた住宅街へ変わっていく。

 やがて高い塀と手入れされた植え込みが見えてきて、西園寺家の門がゆっくり開いた。


 何度見ても、家というより施設だと思う。

 広い庭。長いアプローチ。奥に見える本邸。どこを切り取っても、俺の暮らしとは距離がありすぎる。


 優里はそんな景色の中でも、肩肘張る様子はなかった。

 ここが自分の家であることを、自然に知っている人間の動きだ。


 屋敷へ入るかと思ったら、今日はそのまま庭の奥へ案内された。


 バラのアーチを抜け、小道を進み、噴水のある小さなテラスへ出る。

 白いテーブルセットが用意されていて、その上にはすでにティーセットと菓子皿が整えられていた。


 ……本当にやるのか。

 比較のためのお茶会を。


「母様が張り切ってしまって」


 優里が少しだけ苦笑する。


「張り切る規模がでかいな」


「神谷くんをお招きするなら、ちゃんとしなさいって言われました」


「令嬢の家の“ちゃんと”は重い」


「ふふ」


 優里が椅子を引いてくれる。

 そこまでされると、もう腹を括るしかない。


 座ると、庭の空気が思っていたより静かだった。

 鳥の声と、噴水の水音と、少しだけ風に揺れる葉の音。屋敷の中よりもずっと柔らかい。手入れされすぎているはずなのに、不思議と息苦しさはなかった。


「どうですか?」


 優里が紅茶を淹れながら聞いてくる。


「きれいだな」


「はい。私もここは好きです」


 細い指先でカップを持つ仕草が、昨日以上に令嬢らしい。

 家の外で見る優里とも、俺の部屋で見る優里とも少し違う。こっちが、この人の本来の空気なんだろう。


 紅茶が注がれる。

 今日は昨日より少し軽めの香りだった。焼き菓子も、小ぶりで食べやすいものが並んでいる。


「今日のは、昨日よりあっさりめです」


「比較仕様か」


「そういうことです」


 優里は微笑みながら、自分のカップにも紅茶を注いだ。


 しばらくは、本当に静かな時間だった。

 昨日みたいに涼花が騒ぐわけでもなく、龍華が横から茶々を入れるわけでもない。優里は必要以上に喋らないし、俺も無理に何か言う方じゃないから、庭の音だけが自然に二人の間を埋めていく。


 その沈黙が、不思議と苦じゃなかった。


「神谷くん」


 やがて優里が、カップを置きながら言った。


「昨日、龍華と二人だったんですよね」


「……なんで知ってる」


「龍華、隠す気あまりなかったので」


 あいつめ。


「それで、少し思ったんです」


「何を」


「私も、一度ちゃんと二人で話したいなって」


 視線が合う。

 優里の目は、やわらかいのに逃げ道がなかった。


「三人で一緒だと、どうしても賑やかでしょう?」


「まあ」


「それはそれで楽しいです。でも、神谷くんが本当に何を考えているのか、ゆっくり見えるのは一対一の時だと思ったので」


 そんなふうに言われると、こっちまで変に意識してしまう。


「……見てどうするんだよ」


「どうもしません」


「即答だな」


「ただ、知りたいだけです」


 知りたい。

 その言葉が、妙に胸に残った。


「神谷くん、最近は前よりちゃんと笑うようになりました」


 優里が続ける。


「龍華に意地悪を言われた時とか、涼花に振り回された時とか、前は本気で嫌そうな顔だけでしたけど、今はそこに少しだけ楽しそうなのが混じる」


「細かいな」


「見てますから」


 さらっと言われた。


「それと」


 優里は少しだけ視線を伏せた。


「私たちのことで面倒なことが起きた時、神谷くんはちゃんと怒ってくれる」


 黒瀬のことだろう。


「怒ってるつもりはあんまりないけど」


「それでもです」


 優里は静かに首を振る。


「私、あの時うれしかったんです」


「……何が」


「私たちのためというより、神谷くん自身の線を守ってくれたことが」


 それは、少し意外な言い方だった。


 俺はただ、勝手に名前を使われたのが気に食わなかった。

 でも優里は、そこに別の意味を見ていたらしい。


「神谷くん、優しいですけど、自分のことは後回しにするでしょう?」


「そんなことない」


「あります」


 静かに断言された。


「だから、自分のためにちゃんと怒ってくれて、少し安心しました」


 その言い方は、ずるかった。

 俺が見せたものを、そのまま肯定するんじゃなくて、俺の内側まで少しだけ救う言い方だったからだ。


「……お前は」


 気づいたら、そう口にしていた。


「たまに反則みたいなこと言うな」


「反則ですか?」


「そういうの、慣れてない」


「では、少しずつ慣れてください」


 優里はやわらかく笑った。

 その笑顔が綺麗すぎて、少しだけ視線を逸らす。


 すると、優里が小さく息をついて、少しだけ声を落とした。


「昨日、涼花が言っていたでしょう」


「何を」


「一人で行ってもいいか、って」


「ああ……」


 思い出しただけで少し落ち着かなくなる。


「私も、同じことを思ってました」


「……」


「神谷くんのお部屋に、一人で行ってみたいって」


 真正面から言うな。

 庭の静けさも相まって、余計に破壊力が高い。


「理由は、昨日言った通りです」


 優里はカップの縁へ指先を添える。


「神谷くんの場所で、神谷くんをもっとちゃんと知りたい」


 心臓に悪い。


「それって、かなり危ない発言だって自覚あるか?」


「あります」


「あるのかよ」


「でも、誤解されたくないわけじゃないです」


 その一言で、呼吸が少し止まった。


 優里はそこでようやく、ほんの少しだけ頬を染めた。

 それまでずっと余裕のある顔をしていたのに、そこでだけ令嬢の仮面が薄くなる。


「……だめですか?」


 やっぱり最後はそれだ。

 その聞き方は、ずるいし、強い。


「駄目、ではないけど」


「では?」


「心臓に悪い」


 正直に言ってしまった。

 すると優里は一瞬目を丸くして、次の瞬間、すごく小さく笑った。


「よかった」


「何がだよ」


「私だけじゃなかったので」


 その返しまで綺麗かよ。


 もう駄目だ。

 この人、本気で距離を詰める時は、涼花みたいに勢いで来るんじゃなくて、逃げられない言葉を静かに積んでくる。


 しかも、今日は場所まで完璧だった。

 西園寺家の庭。令嬢の紅茶。穏やかな風。そんな中で、優里が一人だけでこっちを見ている。


 意識するなという方が無理だろ。


 そのまましばらく、二人で静かにお茶をした。

 さっきまでより会話は少しだけ増えたが、騒がしさは戻らない。むしろ、少しだけ親密さが増した静けさに変わった。


 日が傾き始めた頃、優里は車で俺をアパートまで送ってくれた。


 そして、ここで終わるならよかった。


 でも終わらないのが、西園寺三姉妹だ。


 アパートの前に着くと、そこには見覚えのある金髪が立っていた。


「……」


「……」


 車を降りた瞬間、涼花と目が合う。


 なんでいる。

 という問いは、口に出さなくても顔に出ていたらしい。


「ち、違うよ!?」


 涼花が先に慌てた。


「待ち伏せとかじゃなくて! たまたま通りかかったっていうか、ちょっと気になっただけで!」


「それを世間では待ち伏せって言うんじゃないか?」


 車の窓が下がって、龍華の声までした。

 いつの間に乗ってたんだよ。


「龍華お姉ちゃん、黙って!」


「お前までいたのかよ!」


「優里が一人で行くなら、気になるだろ」


「そこを隠さないのか」


「隠す気もない」


 すると助手席側から、優里が少しだけ困ったように笑った。


「すみません。途中で合流されました」


「“されました”じゃないよ!」


 涼花が抗議する。


「優里お姉ちゃんだけずるいもん!」


「だから、お前らその発想をまずやめろ」


 けれど、涼花の頬は少し膨れていて、優里は優里でどこか余裕があり、龍華は龍華で面白そうに目を細めている。


 ……ああ、そうか。


 今日は優里の番で、昨日は龍華の番だった。

 そして今、涼花がそれに対して一番分かりやすく張り合っている。


 俺の部屋に入り浸る順番。

 一人で来る口実。

 誰がどれだけ俺の時間を取るか。


 そんなことで、令嬢三姉妹が本気で競い始めている。


「神谷くん!」


 涼花が、少しだけ真剣な顔で言った。


「今度はわたしの番だからね!」


「何のだよ」


「一人でゆっくり話す番!」


「順番制にするな!」


「でも公平でしょ!」


「公平の意味、辞書で引いてこい!」


 すると、優里が車の窓越しにやわらかく微笑んだ。


「神谷くん」


「なんだ」


「今日は楽しかったです」


 その一言が、涼花の頬をさらに膨らませる。

 龍華はもう隠す気もなく笑っていた。


 ……どうやら、優里まで静かに煽る側へ回り始めたらしい。


 令嬢三姉妹は、入り浸るだけじゃ飽き足らず、とうとう一人の時間まで取り合い始めていた。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

このお話が少しでも面白いと感じていただけたら、ぜひ「♡いいね」や「ブックマーク」をしていただけると嬉しいです。

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