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学年一可愛いS級の美少女の令嬢三姉妹が、何故かやたらと俺の部屋に入り浸ってくる件について   作者: 沢田美


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25/52

学年一可愛い令嬢三姉妹は、一人で入り浸る口実まで上品に取り合う

 昨日の帰り際、涼花が何気なく投げた「わたしだけでも来ていい?」という一言は、思った以上に尾を引いた。


 翌朝、教室へ入った瞬間から、その余波はしっかり出ていた。


 いつもなら俺を見つけるなり一直線に近づいてきて、「おはよー!」と教室の空気ごと明るくする涼花が、今日は妙に落ち着かない。遠くから何度もこっちを見てくるくせに、自分から来るタイミングを計っているのが丸分かりだった。


 そして、ホームルーム前ぎりぎりになってようやく席の横へ来たと思ったら、いつもの勢いが少しだけ足りない。


「……おはよ」


「どうした。元気ないな」


「いや、あるよ!?」


「そうか?」


「そうだよ!」


 声はいつも通り明るい。

 でも、そのあとが続かない。


 俺は鞄から教科書を出しながら、ちらっと涼花を見る。

 耳が少し赤い。分かりやすいな、本当に。


「昨日のことなら忘れろ」


 先にそう言うと、涼花はぴたりと固まった。


「な、なんで分かったの!?」


「それしかないだろ」


「うう……」


 図星だったらしい。


 涼花は机の端を指でとんとん叩きながら、少しだけ視線を泳がせた。


「だって、変なこと言ったかなって」


「変だったな」


「即答!?」


「でも、嘘ではないんだろ」


「……それは、まあ」


 そこで素直になるなよ。

 余計に困るだろ。


 涼花はちらっと俺を見て、それから少しだけ小さな声で言った。


「神谷くんと、二人で話してみたいって思ったのは、本当だもん」


「……朝からそういうの言うな」


「やっぱり困ってる」


「困るだろ」


「えへへ」


 急に嬉しそうになるな。


 ただ、その直後、教室の後ろの扉から聞き慣れた落ち着いた声がした。


「涼花、少しいい?」


 優里だった。


 その一声で、涼花の背筋がぴしっと伸びる。

 妙なところで姉の言葉に弱いんだよな、こいつは。


「う、うん。じゃあまたあとで!」


「おう」


 涼花は去り際、俺の方を見て「忘れないでね!?」と意味不明な確認だけして走っていった。


 忘れないでね、じゃない。

 忘れたいのはこっちだ。


 けれど、その日の西園寺家は、涼花だけじゃ終わらなかった。


 昼休み、購買から戻る途中で優里に呼び止められた。


 二年の廊下の窓際。

 相変わらず、声のかけ方が静かで、それでいて断りづらい位置取りをしている。


「神谷くん、少しだけ」


「はい」


 優里は周囲に人がいることを一度だけ確認してから、小さな声で言った。


「昨日、お部屋に茶葉の缶を置いてきてしまって」


「……ああ」


 たしかに、昨日のお茶会のあと、ローテーブルの端に銀色の小さな缶が置かれたままだった気がする。


「もしよければ、今日の放課後に取りに伺ってもいいですか?」


 言い方は丁寧だった。

 丁寧なんだけど、内容が内容だ。


「いや、別に……取りに来るくらいは」


「ありがとうございます」


 優里はそれだけで少しやわらかく笑った。


 だが、そのやり取りをどこで見ていたのか、昼休みの終わり際に龍華が教室の前へ現れた。


「おい、神谷」


「なんだよ」


「優里、今日ちょっと委員会が長引くらしい」


「へえ」


「だから、茶葉の缶は私が回収しに行く」


「なんでそうなる」


「ついでに、昨日のクロスも置いてきただろ」


 言われて思い出す。

 白い刺繍入りのクロス。たしかに昨日、畳んで返しそびれていた。


「それもあるし、どうせ今日は涼花も部活ある。なら私が行くのが一番早い」


 理屈としては通っている。

 通っているのが厄介だった。


「……お前ら、口実作るのうまくなってないか?」


「失礼だな。全部本当だ」


「本当だから困るんだよ」


 龍華はそこで、ほんの少しだけ口元を上げた。


「じゃあ、放課後」


 それだけ言って去っていく。


 なんなんだよ、本当に。


 放課後、俺がアパートへ帰ると、予想通り、部屋の前には龍華が一人で立っていた。


 三姉妹の誰かがいる光景自体には慣れ始めているはずなのに、一人だけ、となると話が変わる。

 しかも今日の龍華は制服ではなかった。いったん家に戻ったのか、黒の細身のパンツに、ゆるく羽織ったシャツというラフな格好だ。肩まで流れる銀髪と相まって、そこだけ雑誌の一ページみたいな空気になっている。


 ボロいアパートの廊下でやるな、そういうの。


「遅かったな」


「お前が早いんだよ」


「回収物があるからな」


「それ、絶対半分くらい建前だろ」


「半分で済むならいい方だ」


 開き直るな。


 鍵を開けて中へ入ると、今日はさすがに静かだった。

 涼花の明るい声も、優里のやわらかい補足もない。龍華一人の気配だけが部屋へ落ちると、六畳一間の広さが妙に際立つ。


 龍華は部屋へ入るなり、まずローテーブルの上の茶葉の缶と、畳んであったクロスを確認した。


「ほんとにその二つだけ回収しに来たのか?」


「それは本当」


「“それは”?」


「細かいな」


 言いながら、龍華はクロスを手に取って、軽く畳み直す。

 その仕草は妙に自然で、やっぱりこういうところは令嬢なんだなと思わせられる。雑に見えるくせに、所作が雑じゃない。


「で、もう帰るのか?」


 俺がなんとなく聞くと、龍華はクロスを持ったままこっちを見た。


「帰ってほしいのか?」


「そういう聞き方ずるいな」


「答えろ」


「……別に、追い出すほどじゃない」


「なら座る」


 龍華は当然みたいにラグの端へ座り込んだ。


 もう本当に自然だな。

 自分の部屋か?


「お茶でも飲むか」


「昨日の残りあるか?」


「ある」


「じゃあそれ」


「注文みたいに言うな」


 キッチンに立って湯を沸かしながら、俺は妙な緊張を覚えていた。


 三姉妹が揃っている時は、視線も会話も散るから、多少距離が近くても誤魔化せる。けれど、一人だとそうはいかない。部屋の中にある気配が、一方向からしか来ないぶん、妙に濃い。


「神谷」


 龍華が、背後から俺を呼ぶ。


「なんだ」


「今日、静かだな」


「お前が一人だからだろ」


「それ、いつもはうるさいって言ってるようなもんだぞ」


「事実だろ」


「否定はしない」


 あっさり認めるな。


 紅茶を二つ淹れて戻ると、龍華はもうクッションを抱えて壁へもたれていた。

 くつろぎ方が板についている。


「はいよ」


「ありがと」


 龍華がカップを受け取る。

 こういう時に礼をちゃんと言うのが、ずるい。


「優里の淹れ方の方がうまいな」


「一口目から辛口だな」


「事実だ」


「二回目だぞ、その言い方」


 それでも、龍華はちゃんと飲んでいた。

 部屋の中には、紅茶の匂いと、窓の外の夕方の光と、たまに遠くを通る車の音だけがある。


 三姉妹が揃っている時とは全然違う静けさだった。


「で」


 龍華がカップを持ったまま、こちらを見た。


「昨日の続きだけど」


「何の」


「誰が一番入り浸ってるかの話」


「まだやるのか」


「重要だろ」


「どこがだよ」


 龍華は少しだけ目を細めた。


「少なくとも、私は一番最初からここにいた」


「それはそうだな」


「しかも、一人で来る回数も多い」


「そこを誇るな」


「事実確認だ」


 そう言いながら、龍華はゆっくりカップを置いた。


「涼花は分かりやすいし、優里は丁寧に距離詰めてくる」


「お前、分析始めるなよ」


「でも、お前が一番油断してるのは私相手だろ」


 その一言に、少しだけ言葉が止まる。


「……何を根拠に」


「こうして二人でも、普通に部屋に入れてる」


「それはお前が勝手に入ってくるからだろ」


「でも、本気で嫌なら鍵開けない」


 反論できなかった。


 龍華は、そこで少しだけ笑う。


「図星か」


「……お前、本当にそういう時だけ鋭いな」


「お前のことなら、結構分かる」


 さらっと言うな。

 そういうのに慣れてないんだよ、こっちは。


「逆に聞くけど」


 俺はごまかすように言った。


「お前はなんなんだよ」


「何が」


「なんでそんなにここ来るんだ」


 龍華は、珍しくすぐには答えなかった。


 窓の外へ少しだけ視線を向けて、それから低く言う。


「楽だから」


「それだけか?」


「それだけじゃない」


 あっさりと続けられて、今度はこっちが黙る番だった。


「ここだと、私が西園寺龍華じゃなくていい時がある」


 その言い方は、思っていたより静かだった。


「家だと、長女とか、娘とか、そういうのが先に来る。学校でも、結局“西園寺家の姉”って目で見られるだろ」


「……まあ」


「でもここだと、お前が一番最初に見てくるの、そういうとこじゃないから」


 そこで龍華は、こっちを見る。


「むかつくくらい普通に扱うし」


「褒めてるのか、それ」


「半分」


「じゃあ半分は貶してるな」


「そうかもな」


 けれど、その口調は少しだけやわらかかった。


「だから、ここにいると楽だ」


 それはたぶん、龍華の本音だった。


 豪邸に住んで、使用人もいて、車もあって、不自由なんか何もないように見える。

 でも、そういう肩書きの外側で息をつける場所が欲しいなら、その気持ちは少しだけ分かる気がした。


 俺だって、この部屋では誰に見せるわけでもない自分でいられる。

 それを今、龍華も同じように言っている。


「……そっか」


 結局、それしか言えなかった。


 すると龍華は、ほんの少しだけ目を細めた。


「その返しはずるいな」


「何が」


「今の、ちゃんと受け取った時の顔してた」


「知らん」


「私が言ったこと、嬉しかっただろ」


「なんでそうなる」


「分かる」


 分かる、じゃない。

 本当に、この長女はこっちの内側へずかずか入ってくる。


 しかも、今日は一人だから誤魔化しがきかない。


「……お前、近い」


 気づいた時には、龍華が少しだけ距離を詰めていた。

 ラグの上、手を伸ばせば触れそうなくらい。


「そうか?」


「そうだよ」


「でも、逃げてない」


「逃げるとこまで詰めるな」


「へえ」


 楽しそうに笑うな。


 龍華はそのまま、俺のキーホルダーについた小さなライトへ視線を落とした。


「ちゃんとつけてるじゃん」


「まあ」


「使ったか?」


「昨日、鍵穴見えなくて助かった」


「ならよかった」


 ほんの少しだけ得意げになるのが、またずるい。

 俺の生活に入り込んで、それがちゃんと役に立ってると分かると、こういう顔をするのか。


「なあ、神谷」


「今度はなんだよ」


「次、優里か涼花が一人で来るって言ったら、入れるのか?」


「……質問が雑すぎる」


「答えろ」


「内容による」


「私は?」


「お前はもう入ってるだろ」


 言った瞬間、龍華が声を立てずに笑った。


「それ、結構うれしい」


「なんでだよ」


「特別感あるから」


「どこにだ」


「私だけ、もう当たり前みたいにここにいる」


 その言い方は、反則だった。


 当たり前みたいにいる。

 たしかにそうだ。

 龍華は最初から一番図々しくて、一番自然に俺の部屋へ入り込んできて、気づけば俺もそれを受け入れている。


 その事実を、本人がこうやって口にするのは卑怯だと思う。


「……調子乗るなよ」


 やっとそれだけ返すと、龍華はさらに少しだけ近づいた。


「じゃあ、もっと特別にしてみるか?」


「は?」


「冗談だ」


「顔が冗談じゃないんだよ」


「そうか?」


 そういう時だけ、とぼけるな。


 心臓の音が少しだけうるさい。

 三姉妹の誰といても振り回されるが、龍華の厄介なところは、こういう場面で一番逃げ道を塞ぐ言葉を選ぶことだと思う。


 そして、そこへタイミングよく――いや、悪く、スマホが震えた。


 画面には涼花の名前。

 続いて、優里からも通知が来る。


「……」


「……」


 龍華が、俺の手元の画面を見る。


「来たな」


「来たな、じゃない」


 涼花からは『やっぱり気になるんだけど、龍華お姉ちゃんまだいる?』

 優里からは『茶葉の缶、ちゃんと回収できましたか?』


 絶対、ただの確認じゃない。


 龍華はスマホ画面を見て、少しだけ鼻で笑った。


「勘いいな、あいつら」


「お前が長居しすぎなんだよ」


「もう少しいてもいいか?」


「よくない」


「即答か」


「当然だ」


 そう言いながらも、俺は少しだけ安堵していた。

 この空気のまま、あと十分もいたら、たぶん俺の方が先に負ける。


 龍華は立ち上がって、クロスと茶葉の缶をまとめる。

 なのに、その動作は妙にゆっくりだった。


「じゃあ今日は帰る」


「今日は、な」


「次もあるって認めてるな」


「揚げ足取るな」


 玄関まで見送ると、龍華は靴を履いてから一度だけ振り返った。


「神谷」


「なんだ」


「私は、お前の部屋、かなり好きだぞ」


「……知ってる」


「あと」


 龍華はほんの少しだけ目を細める。


「お前の反応も、かなり好きだ」


「帰れ」


「帰るよ」


 そう言って、本当に帰っていった。


 扉が閉まってから、俺はようやく息を吐く。

 心臓が、少しだけ落ち着かない。


 どうやら三姉妹のうち、一番入り浸り慣れている長女は、一人になった時がいちばん危ないらしい。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

このお話が少しでも面白いと感じていただけたら、ぜひ「♡いいね」や「ブックマーク」をしていただけると嬉しいです。

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