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学年一可愛いS級の美少女の令嬢三姉妹が、何故かやたらと俺の部屋に入り浸ってくる件について   作者: 沢田美


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24/51

学年一可愛い令嬢三姉妹は、ついに俺の部屋を秘密のお茶会部屋にし始める

 その日、学校が終わってアパートへ戻った俺は、階段を上がったところで立ち止まった。


 見慣れたボロい共用廊下。

 見慣れた、塗装の少し剥げた手すり。

 見慣れた、古い蛍光灯。


 その風景のど真ん中に、どう考えても見慣れないものがあった。


 黒塗りの高級車。

 正確には、アパートの前に停まっているだけだが、存在感が強すぎて、もう十分に景色を壊している。


「……なんで?」


 思わずそんな声が漏れた。


 嫌な予感しかしないまま、自分の部屋の前を見る。


「あ、神谷くん! おかえりー!」


 予想通りだった。


 俺の部屋の前で手を振っていたのは涼花。

 その横に、いつものように落ち着いた微笑みを浮かべる優里。

 そして、壁に寄りかかりながら当然みたいな顔をしている龍華。


 三姉妹勢揃いである。


「……何してるんだ、お前ら」


「何って、お茶会」


 最初に答えたのは優里だった。


 しかも、すごく自然な顔で。


「いや、何一つ説明になってない」


「今日は少し、ちゃんとお礼をしたくて」


 そう言って優里が視線を向けた先には、車から降ろされたらしい白い箱がいくつかあった。

 箱の表面には、いかにも高級そうな洋菓子店の金のロゴが入っている。


「あと、うちの紅茶も持ってきたよ!」


 涼花が胸を張る。


「うちの、って何だよ」


「西園寺家のだよ!」


「その言い方で全部通ると思うな」


「通るだろ」


 龍華が平然と言った。


「うちのパティシエの菓子と、母様おすすめの茶葉」


「規模がでかいんだよ」


 アパートの前に高級車。

 部屋の前に令嬢三姉妹。

 足元に高そうな菓子箱。


 近所のおばさんに見られたら、今夜のうちにアパート中へ広まる自信がある。


「いや、だから、なんでそれをうちでやるんだよ」


 そこが一番大事だ。


 すると、優里がほんの少しだけ首を傾げた。


「神谷くんのお部屋の方が、落ち着くので」


「意味分からん」


「分かるよ!」


 涼花がすぐに入ってくる。


「だってうちだと、なんかちゃんとしすぎてるんだもん!」


「それは贅沢な悩みだな」


「でも、本当にそうなんです」


 優里が小さく笑う。


「屋敷でお茶をすると、“西園寺家のお茶の時間”になってしまうんですけど、ここだとただ四人でお茶をする感じがして」


 その言い方は、なんだか妙にずるかった。


 屋敷より、俺の部屋の方がいい。

 しかも、それをこの令嬢が本気で言っている。


「……龍華も同じ考えか?」


「私は別に、菓子食えればどっちでもいい」


「お前はそう言うと思った」


「ただ」


 龍華はそこで少しだけ視線をずらした。


「ここでやる方が、お前の顔が見やすい」


「……は?」


「反応がな」


「そっちかよ!」


 くつくつと笑われる。

 この長女、本当に人の動揺で遊ぶのが好きだな。


 けれど、どのみち三人とも帰る気はないらしい。

 しかも今日は、いつもの勢い任せの訪問じゃない。ちゃんとした箱と茶葉と、たぶん車まで出して来ている。本気度が違う。


 ため息をつきながら鍵を開けると、三姉妹は待ってましたと言わんばかりに部屋へ入っていった。


 ※ ※ ※


 六畳一間の俺の部屋は、その日、短時間で妙に格が上がった。


 優里が箱を開けると、中には小ぶりで精巧なケーキや焼き菓子がきれいに並んでいた。果物の艶が違う。チョコの光り方が違う。見るからに高い。


 龍華は持ってきた小さなクロスをローテーブルの上へ広げた。

 白地に細い刺繍が入った、いかにも“いいところの家の布”だ。そんなものを俺のローテーブルへ敷くな。急に身分不相応感が強くなる。


 涼花は紙袋からカップを出している。

 それもまた、家から持ってきたらしい。薄くて白くて、金の縁取りまで入っていた。


「待て待て待て」


 俺はその流れを見て、ようやく声を上げた。


「なんでカップまで持ち込んでるんだよ」


「だって、せっかくだし!」


 涼花が楽しそうに笑う。


「神谷くんのマグカップも好きだけど、今日は特別!」


「お前らの“特別”は規模がでかい」


「でも、こういうのも似合うか試したかったんです」


 優里がさらっと言う。


「何が」


「神谷くんのお部屋に、です」


「俺本人じゃないのかよ」


「本人にもですけど」


 そう付け足されて、一瞬だけ返事に詰まる。


 駄目だ。

 最近の優里、たまにこういう言い方を自然にしてくる。

 真顔でやられると、こっちの防御が追いつかない。


 結局、紅茶まで淹れられることになった。

 俺の部屋で。

 西園寺家の茶葉で。

 西園寺家のカップを使って。


 なんなんだこの状況。


 けれど、不思議なのは、窮屈さよりも妙な高揚感の方が勝っていたことだ。


 俺の安いラグと、古いローテーブルと、少し色の褪せたカーテン。

 そこへ、令嬢三姉妹が持ち込んだ高級菓子と上質な紅茶が並ぶ。


 明らかに不釣り合いだ。

 それなのに、三人ともどこか嬉しそうだった。


「はい、神谷くん」


 優里がカップを差し出してくる。


 紅茶の香りがふわりと立った。

 苦味よりも、少し甘い香りが先に来る。たぶん、俺が飲みやすいように選んでいるんだろう。そういうところが細かい。


「……どうも」


「今日のは飲みやすいですよ」


「詳しいな」


「小さい頃から、こういうのは見てきましたから」


 そう言う優里の所作は、本当にきれいだった。

 カップの持ち方も、ポットの傾け方も、背筋の伸び方も。

 この人が令嬢だという事実は、言葉で説明されるより、こういう時の方がずっとよく分かる。


 一方で、涼花はケーキの箱を開けた瞬間から目を輝かせていた。


「どれにする!?」


「選択肢が多いな」


「今日は神谷くんが最初!」


「なんで」


「主役だから!」


「またそういう雑な理屈」


「雑じゃないもん!」


 涼花が箱ごとこちらへ寄せてくる。

 近い。顔も箱も近い。


 中には苺のタルト、チョコムース、レモンのケーキ、モンブラン、あと名前の分からない綺麗なやつが並んでいる。

 庶民の俺からすると、見てるだけで緊張する。


「……じゃあ、これ」


 無難そうなチョコ系を指すと、涼花がぱっと笑った。


「やっぱり! 神谷くん、そういうの選びそう!」


「なんだその分かったような言い方」


「分かるよー?」


「どこまで」


「結構」


 結構なのかよ。


 龍華はすでに自分でモンブランを確保していた。

 勝手がよすぎる。


「お前、選ぶの早いな」


「こういうのは迷う方が損だ」


「人生訓みたいに言うな」


「お前、たまに甘いのいる顔してるだろ」


「顔で判断するな」


 けれど龍華の選ぶものは、なんとなく龍華らしい。

 強気で、見た目もわかりやすく華やかで、でも味はしっかりしてそうなやつ。


 優里は最後に残ったレモンのケーキを取った。

 淡い色で、飾りも控えめだが、よく見ると一番繊細だった。


 それもまた、この人らしい。


 そして、お茶会は始まった。


 最初の数分は、本当に“令嬢のお茶会”みたいだった。


 紅茶の香り。

 小さなフォークが皿に触れる音。

 甘い菓子を口にしたあとの、静かな感想。

 優里が「こちらもどうですか」と勧めて、龍華が「そっち甘すぎないか」と茶々を入れて、涼花が「神谷くん、それおいしい!?」と食いついてくる。


 だが、五分も経てばいつもの空気に戻った。


「ねえ、一口ちょうだい!」


 最初に崩したのは、やっぱり涼花だった。


「嫌だよ」


「なんで!?」


「なんででもだ」


「わたしのもあげるから!」


「そういう問題じゃない」


「じゃあ、交換!」


「どこが違うんだよ」


 涼花はそう言いながら、フォークに苺を刺してぐいっと差し出してくる。


「はい!」


「近い」


「はい!」


「圧が強いんだよ」


「はい!」


「三回言うな」


 断ろうとした、その時だった。


「神谷くん」


 優里が、涼花とは逆側から静かに声をかけた。


「こちらも、よければ」


 見ると、優里も小さく一口分を切り分けていた。


「……」


「えっ、優里お姉ちゃんも!?」


「味の感想、聞きたいので」


「それ絶対ちょっと違うよね!?」


 違う気がする。

 でも、優里は本気でそう言っている顔をしている。

 しているから余計に困る。


 しかも、その様子を見ていた龍華まで、ふっと笑った。


「面白いな」


「他人事だな」


「私は別に、そういうのやらない」


「そこは安心した」


「でも」


 龍華は自分のフォークでモンブランを一口すくった。


「こっちの方がうまいぞ」


「お前までやるのかよ!」


「やってない。情報共有だ」


「共有の仕方が雑すぎる」


 三方向からケーキを勧められるという、意味の分からない状況になった。

 しかも全員、本気で押してくる温度が違う。


 涼花は無邪気に一直線。

 優里は穏やかなのに引かない。

 龍華は面白がってるようで、でもちゃんと食わせる気でいる。


「……なんで俺がこんな目に」


「人気者だから?」


 涼花が笑う。


「違う」


「モテモテですね」


 優里がさらっと言う。


「やめろ、その言い方」


「事実かもな」


 龍華まで乗るな。


 結局、俺は全員のを少しずつ食べる羽目になった。

 そして、そのたびに三人とも妙に満足そうな顔をするのが、いちいち心臓に悪い。


 特に優里は、俺が自分のケーキを口にした瞬間だけ、ほんの少しだけ目を細めて笑った。

 その笑い方が、たまたまなのか、意識してなのか、判断に困るくらいには柔らかかった。


 涼花はもっと分かりやすい。

 「どう!?」「おいしい!?」「でしょ!?」と、まるで自分が作ったみたいな顔をしていた。


 龍華は龍華で、「やっぱりそれ選ぶと思った」とか「お前、甘すぎるのはそこまで好きじゃないだろ」とか、妙に俺の好みを分かっているような口を利いてくる。


「なんでそんなに知ってるんだよ」


「見てるからな」


「またそれか」


「悪いか」


「悪くないけど、落ち着かない」


「ならもっと慣れろ」


「嫌だよ」


 そう言い返したら、龍華は少しだけ笑った。


 そのあと、お茶会の空気はさらにだらけた方へ転がった。


 優里が持ってきた茶葉の話から、西園寺家の屋敷の話になったのだ。


「うちの温室、今年はバラがすごくて」


「温室?」


 さらっと出てきた単語の規模がおかしい。


「うん。母様が好きで、庭師さんがかなり気合い入れてるの」


「庭師“さん”」


「あと、今度、離れの方の改装もするらしい」


 優里が続ける。


「離れ?」


「客間の一つが古くなってたから」


「客間の一つ」


 なんで一つ切り離したみたいな言い方なんだ。

 屋敷のスケールが会話の端々に滲んでくる。


「神谷くん、今度見にくる?」


 涼花が気軽に聞いてくる。


「行かない」


「即答!」


「屋敷の改装を見るイベントに参加する高校生がどこにいるんだよ」


「でも、うちの庭すごいよ?」


「知ってる。前に行った時点で十分分かった」


「じゃあ、またお茶しようよ!」


「なんで俺の部屋を気に入ってるのに、急に屋敷へ戻すんだよ」


「屋敷もいいけど、ここもいいから!」


 そこを同列で扱うな。

 比較対象の格が違いすぎる。


 すると、優里が静かに口を開いた。


「たぶん、違うんです」


「何が」


「屋敷でお茶をするのと、神谷くんのお部屋でお茶をするのは」


 その声が少しだけやわらかくなる。


「屋敷は“西園寺家の場所”ですけど、ここは“神谷くんの場所”なので」


「……」


「だから、ここでこうしてる時間は、私たちにとって少し特別なんです」


 そう言われると、困る。


 しかも優里だけじゃない。

 涼花も「うんうん!」と大きく頷いているし、龍華まで否定しない。


「ここ、落ち着くし」


 龍華がぼそっと言う。


「屋敷は広すぎる。静かすぎるし、使用人もいるし、逆に気が抜けん」


「お前がそんなこと言うの意外だな」


「私だって家の中でずっと肩肘張りたいわけじゃない」


 その言い方は、少しだけ本音っぽかった。


 涼花はクッションを抱えながら笑う。


「だからさ、神谷くんの部屋ってちょうどいいんだよね!」


「“ちょうどいい”で俺の生活空間を常駐先にするな」


「でも、嫌じゃないでしょ?」


 さらっと言われて、言葉が止まる。


 嫌じゃない。

 それはもう、否定できなかった。


 むしろ最近は、放課後にこの部屋へ戻ってきて、そこに三姉妹の気配があることを、少しだけ期待している自分がいる。


 それを認めるのは癪だし、なにより恥ずかしい。


「……黙るなよ」


 龍華が口元を少しだけ上げる。


「図星か」


「うるさい」


「神谷くん、顔赤い」


 涼花が楽しそうに言う。


「照れてるんですね」


 優里までそんなふうに重ねてくる。


「お前ら、そういう時だけ連携よすぎるだろ」


「だって分かりやすいし」


 涼花が笑う。


「ほんと、神谷くんって部屋の中だと隠せないよね」


「隠すってなんだよ」


「色々?」


「雑だな」


「でも、学校にいる時より近いです」


 優里がそう言った。


 学校にいる時より近い。


 その表現に、妙に心臓が引っかかった。


「ここだと、神谷くん、ちゃんとこっち見てくれますし」


「……見てるだろ、学校でも」


「見てますけど、違います」


 優里は少しだけ首を傾げる。


「ここでは、逃げないです」


「っ……」


 言い返せなかった。


 学校だと、俺は確かにまだ逃げる。

 目立つのが嫌で、一歩引く。

 でもこの部屋では、それが少し薄い。


 たぶん、三姉妹もそれを分かっている。

 分かった上で、ここへ来る。


「……ずるいな」


 思わず、そんな言葉が出た。


「何が?」


 涼花が聞き返す。


「お前ら」


「えー、ひどい」


「褒め言葉だろ、それ」


 龍華が言う。


「違う」


「でも、嫌そうじゃないです」


 優里が静かに言い切る。


 駄目だ。

 この人は本当にそういうところが鋭い。


 そのまま、お茶会はだらだらと長引いた。

 屋敷の話、学校の話、次の読書週間の展示の話、護身術の続きをいつやるかという話。そして気づけば、また夕方の光が部屋へ傾いていた。


 高級な紅茶の香りが、俺の安いカーテンの匂いと混ざる。

 白いカップが、古いローテーブルの上に並ぶ。

 令嬢三姉妹が、俺のラグの上で自然にくつろいでいる。


 その光景は、何度見てもまだ少し信じられなかった。


「神谷くん」


 帰り際、優里がカップを片付けながら言った。


「また今度、今度は屋敷のお庭でお茶もしませんか?」


「だから、なんでそうなるんだよ」


「比較です」


「何の」


「どっちの方が落ち着くか」


「勝負みたいに言うな」


「私はこっちだと思う!」


 涼花が即答する。


「わたしも」


「私は……」


 龍華が少しだけ考える。


「半々だな」


「なんで真面目に検討してるんだよ」


 すると、龍華はふっと笑った。


「だって、お前の部屋も結構気に入ってるし」


 さらっと言うな。


 涼花は靴を履きながら振り返る。


「ねえ神谷くん!」


「なんだよ」


「今度、わたしだけでも来ていい?」


「は?」


 その場の空気が止まる。


 優里が一瞬だけ目を丸くし、龍華がわずかに眉を動かした。


 涼花本人は、言ってから自分の言葉の破壊力に気づいたらしく、「あっ」と口を押さえた。


「いや、その! 変な意味じゃなくて!」


「変な意味にしか聞こえない言い方するな」


「ち、違うもん! ただ、もっとゆっくり話してみたいっていうか……!」


 耳まで赤い。

 分かりやすすぎる。


 だが、その一言で終わるほど、他の二人も甘くなかった。


「それなら、私も一人で来たいです」


 優里が、妙に落ち着いた声で言った。


「比較のために」


「その比較、便利すぎない?」


「便利です」


 認めるのかよ。


 龍華は靴紐も結ばずに、俺を見た。


「じゃあ私はもう来てるから最有力だな」


「何のだよ」


「入り浸り度」


「競うな!」


 三姉妹が、それぞれ違う顔でこっちを見ている。


 涼花はまっすぐで、

 優里はやわらかくて、

 龍華は挑発的で。


 なのに、どれも本気だと分かるのが、いちばん困る。


「……帰れ」


 やっとそれだけ言うと、涼花が笑って、優里もくすっとして、龍華は満足そうに鼻を鳴らした。


 どうやら俺の六畳一間は、令嬢三姉妹の秘密のお茶会部屋であり、入り浸り先であり、しかも恋愛戦線の主戦場にまでされつつあるらしい。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

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