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学年一可愛いS級の美少女の令嬢三姉妹が、何故かやたらと俺の部屋に入り浸ってくる件について   作者: 沢田美


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21/51

学年一可愛い令嬢三姉妹は、自分たちのことになると俺よりずっと容赦がない

 ファミレスでの空気がようやく落ち着いたのは、デザートが運ばれてきてからだった。


 さっきまで黒瀬の話でぴりついていた席に、甘い匂いが混ざるだけで妙に雰囲気が変わる。涼花は大きめのパフェを前にして一気に機嫌を戻し、優里は小さなチーズケーキを静かに切り分け、龍華はアイスだけの簡素な皿を前にして「これで十分」と言い切った。選ぶものまで性格が出ていて、なんだか少し笑えてくる。


 俺はコーヒーゼリーを頼んだ。

 甘すぎないものがよかったし、こういう時に派手なものを選ぶと、涼花に変な絡まれ方をする未来が見えたからだ。


 目の前の三姉妹は、黒瀬の件をもう一度引っ張るでもなく、かといって完全に流すでもなく、少しずつ別の話題へ移っていった。読書週間の展示のこと、涼花の小テストの次の目標のこと、護身術の練習で誰が一番飲み込みが早かったか。そんな他愛ない話の合間に、ときどき空気が少しだけ静かになって、そのたびに誰かがうまく別の話題を挟む。


 そういうところが、最近の三人は妙にうまい。


 最初の頃なら、涼花が真正面から「でもさ!」と蒸し返し、龍華が面倒そうに鼻を鳴らし、優里が苦笑いで整える、みたいな流れになっていた気がする。けれど今は違う。三人とも、どこまで踏み込んで、どこで止めるかが少しずつ分かってきている。


 それは、たぶん俺も同じだった。


 ファミレスを出る頃には、駅前の空気もだいぶ夜へ傾いていた。

 昼間の熱がアスファルトに残っているせいで、風はあるのに涼しくはない。駅前の広場には学生や会社帰りの大人が混ざっていて、コンビニの明かりと信号待ちの列が、等間隔に街のリズムを作っている。


 帰り道の分かれ目で、俺はいつものように一人で帰るつもりだった。

 だったのに、三姉妹は当然みたいに同じ方向へ歩き出した。


「なんでだよ」


 思わず言うと、涼花がきょとんとする。


「なにが?」


「なにが、じゃない。お前らもう帰る流れだっただろ」


「今日はちょっと、最後まで送る」


 そう言ったのは優里だった。


 声はやわらかい。

 でも、断らせない種類のやわらかさだった。


「別に子どもじゃないんですけど」


「知ってます」


「なら」


「知ってるけど、今日はそうしたいんです」


 綺麗に押し切られた。


 龍華はその横で、いかにも当然という顔をしている。


「黒瀬がまだそのへんにいる可能性もあるしな」


「お前らが四人で歩いてる方が目立つだろ」


「今さらだろ」


 それを言われると弱い。


 結局、俺は三姉妹と一緒に駅前から住宅街へ入る道を歩くことになった。途中ですれ違う制服姿の生徒が、こちらを見て少しだけ目を丸くする。そりゃそうだ。こんな時間に、西園寺三姉妹と神谷悠真が並んで歩いていれば、普通は二度見くらいする。


 けれど、今日は妙に居心地が違った。

 いつものような、目立つ側へ引きずられている感じじゃない。俺の横に、三人が並んでいる。そんな印象の方が少しだけ強かった。


 そこへ、案の定というべきか、駅前のコンビニの前で黒瀬たちの姿が見えた。


 向こうもこちらに気づいた。

 気づいたが、近づいてはこなかった。


 たぶん、今日の駐輪場でのやり取りが効いている。

 それに加えて、今は三姉妹が揃っている。黒瀬一人ならともかく、さすがにこの状況でまた同じようなことをすれば、自分の立場の方が悪くなると分かっているんだろう。


 すれ違いざま、黒瀬と目が合った。

 相手は露骨に舌打ちまではしなかったが、顔は面白くなさそうだった。


 その瞬間、龍華がほんの少しだけ歩幅をずらして、俺の半歩前へ出た。

 優里も無言で視線を返し、涼花は分かりやすく嫌そうな顔を隠さなかった。


 何も言わないのに、三人とも明確だった。


 ――もう、お前の土俵ではやらない。


 そんな感じだ。


 そのまま何事もなく距離が開き、やがて黒瀬たちの姿は後ろへ消えた。


 俺のアパートへ着いたところで、三姉妹は本当にそこで帰った。

 さすがに今日は上がっていく流れだろうと思っていたから、少しだけ拍子抜けした。


「じゃあ、今日は帰るね」


 涼花が手を振る。


「今日は、って言い方がもう怪しいんだよな」


「怪しくないよ!」


「いや、怪しいです」


 俺が即座に返すと、優里がくすっと笑った。


「でも今日は、本当にそれだけです」


「珍しいな」


「珍しいってなんだよ」


 龍華が眉をひそめる。


「お前らの最近の行動全般だよ」


 そう言うと、龍華は小さく鼻を鳴らしただけだった。


 優里は最後に一度だけ、俺の方を見た。


「神谷くん」


「なんですか」


「今日は、一人で前に出させてしまってすみませんでした」


「いや、別に……」


「別に、ではありません」


 またそれだ。

 でも今日は、その訂正にあまり抵抗する気になれなかった。


「明日からは、ちゃんと私たちも言います」


「言いすぎるなよ」


「必要な分だけです」


 必要な分だけ、という言い方がこの人らしい。


 三人が帰っていく背中を見送ってから、俺はようやく部屋へ戻った。


 六畳一間は静かだった。

 けれど、今日は妙にその静けさが重くはなかった。たぶん、最後までついてきて、何もせずに帰っていった三人の距離感が、ちょうどよかったんだと思う。


 翌日、学校の空気は少しだけ変わっていた。


 誰かが何かを言いふらしたんだろう。

 黒瀬が西園寺姉妹にきっぱり断られたことも、放課後に駐輪場で俺に詰め寄って返り討ちみたいな空気になったことも、断片的には広がっているらしかった。


 ただ、変わったのは噂の内容だけじゃない。


 昼休み、俺が廊下の自販機で飲み物を買っていると、同じ一年の男子が二人ほど、こそこそした調子で話しているのが聞こえた。


「神谷に頼めばいける、みたいなの無理っぽくね?」

「ていうか西園寺側が普通に嫌がってる感じだったしな」

「だよな。あれでまだ行くのメンタル強すぎるわ」


 聞こえてるんだが、と思ったが、黙っておいた。


 重要なのはそこじゃない。

 西園寺三姉妹へ近づくために神谷悠真を踏み台にする、みたいな発想が、少なくとも学校の中では“ださい”側へ回り始めている。それだけ分かれば十分だった。


 そして、その空気を決定的にしたのは、昼休みの二年の廊下で起きた小さな出来事だった。


 たまたま図書室へ向かう途中だった俺は、廊下の途中で二年の男子二人組が優里に話しかけているのを見た。黒瀬ほど露骨じゃない。むしろ、あからさまに軽いノリで、当たり障りのない会話から入っている。けれど、その片方が何気ない顔で言った。


「神谷と仲いいならさ、今度一緒に――」


 そこまでだった。


 優里は笑顔を崩さないまま、でもはっきりと答えた。


「神谷くんを、そういう使い方はしないでください」


 ぴたりと空気が止まる。


「え、いや、そういう意味じゃ」


「そういう意味じゃないなら、今の言い方にはならないと思います」


 静かで、でも逃げ道がない。


 その横を歩いていた龍華が、ちらっとだけ二人組を見る。


「ついでに言っとくと、神谷は紹介窓口じゃないから」


 短い。

 でも、それで十分だった。


 二年の男子二人は、それ以上何も言えなかった。

 たぶん、黒瀬の件で空気ができているところへ、姉二人が揃ってああ言ったのが効いたんだろう。あれでまだ軽口を続けられるなら大したものだが、学校の中でそんな図太い人間はそう多くない。


 図書室へ行く道すがら、俺は少しだけ変な気分になっていた。


 守られる、という言い方は大げさかもしれない。

 でも、自分が言った線引きを、向こう側もちゃんと同じ線として引いてくれる。それは思っていたよりずっと安心することだった。


 放課後。

 その日、俺は本屋のバイトがなかった。


 だから本来なら静かに帰って、適当に夕飯を作って、あとは本でも読んで終わるはずだった。

 はずだったのに、アパートの階段を上がると、すでに見覚えのある三人が部屋の前にいた。


「なんでだよ」


 鍵を取り出しながら、第一声がそれになる。


「来ちゃった」


 涼花が悪びれもなく言う。


「知ってる」


「今日は、お詫びと報告です」


 優里が小さな紙袋を持ち上げる。


「お詫びと報告?」


「はい。今日、ちゃんと言ってきました」


「見てたよ」


「なら話が早いですね」


 優里は少しだけ笑う。


 龍華は壁に背中を預けたまま、相変わらず簡潔だった。


「あと、甘いもん持ってきた」


「それが本題だろ」


「半分くらいな」


 部屋へ入る流れになるのは、もう止めるだけ無駄だった。

 俺が鍵を開けると、三人はいつものように自然な動きで中へ入っていく。靴を脱ぐ順番も、座る位置も、最近はだいぶ固定されてきた。


 優里が持ってきた紙袋の中には、小さな焼き菓子がいくつか入っていた。駅前で買ってきたらしい。涼花はそれをテーブルへ並べながら、今日の二年の廊下でのやり取りを身振りつきで再現し始める。


「優里お姉ちゃん、あの時めっちゃ静かだったのに、すっごい刺さってた!」


「涼花、盛らなくていい」


「盛ってないよ! ほんとだったもん!」


「龍華も十分怖かったぞ」


「私は普通に言っただけだ」


「その普通が普通じゃないんだよ」


 優里はコップへお茶を注ぎながら、少しだけ困ったように笑う。


「でも、言ってよかったと思います」


「まあな」


「神谷くんにだけ言わせるのは、やっぱり違いますから」


 その言葉を、昨日も聞いた気がする。

 でも今日は、その重さが少し違っていた。実際に行動に移したあとの言葉だからだろう。


 涼花は焼き菓子を一つ持ったまま、じっと俺を見る。


「ねえ、神谷くん」


「なんだ」


「ちょっとは安心した?」


 少しだけ考えてから、俺は答えた。


「……少しは」


「ほんと?」


「ほんと」


「やった」


 そこで喜ぶ意味がよく分からないが、嬉しそうだからまあいいかと思ってしまう自分がいる。


 龍華はクッションを背中へ当てながら、淡々と言った。


「これで少なくとも、学校の中で神谷使って近づこうとするやつは減るだろ」


「減るといいけどな」


「減る」


 即答だった。


「今日、二年の廊下でも見てたやつ結構いたし。優里がああ言ったら、もう十分」


「人を切り札みたいに言うな」


「事実だろ」


 優里はそれを否定せず、少しだけ視線を伏せた。

 その表情が、わずかに照れくさそうなのが珍しかった。


 しばらくして、部屋の空気はいつもの調子へ戻っていった。


 涼花が焼き菓子を二つ目に伸ばして俺に止められ、龍華が勝手に漫画へ手を伸ばして俺に睨まれ、優里が「まあまあ」と言いながらも結局いちばん多く話をまとめている。


 騒がしい。

 落ち着かない。

 でも、今日はその騒がしさの中に、少しだけはっきりしたものがあった。


 こいつらは、自分たちに向けられる視線や好意には慣れている。

 でも、それを俺に押しつけられるのは許さない。

 その線引きだけは、三人とも予想以上にきっぱりしていた。


 それが少しだけ意外で、少しだけありがたかった。


「神谷くん」


 優里が最後に、小さく呼ぶ。


「今日は、ちゃんと安心してください」


「命令形かよ」


「お願いでもあります」


 そう言われると、強く返せない。


 どうやら俺の六畳一間は、三姉妹が集まる場所というだけじゃなく、外でついた決着を持ち帰って確認する場所にまでなってしまったらしい。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

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