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学年一可愛いS級の美少女の令嬢三姉妹が、何故かやたらと俺の部屋に入り浸ってくる件について   作者: 沢田美


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20/52

学年一可愛い令嬢三姉妹は、自分たちのことになると案外容赦がない

 翌日の昼休み、俺は購買で買ったパンを片手に、中庭へ出るつもりで一階の渡り廊下を歩いていた。


 空は薄く晴れていて、昼の光が校舎の白い壁を少しだけ眩しく見せている。風はそこまで強くない。部活の掛け声が遠くから聞こえてきて、グラウンドの土の匂いがわずかに流れ込んでくる。どこにでもある高校の昼休みの景色だった。


 だからこそ、その中に妙な緊張が混ざっているのが余計に目立った。


 渡り廊下の先、二年の特別教室棟へ続く曲がり角のあたりに、人が少しだけ溜まっていた。立ち止まるほどではないが、みんな足を緩めて、ちらちらとそちらを見ている。あれは、見てはいけないものほど見たくなる時の空気だ。


 嫌な予感がした。


 近づくと、その中心にいたのは黒瀬だった。


 その向かいに立っているのは、龍華と優里。姉二人が並んでいる。どちらも制服姿のままなのに、空気の張り方が違った。同じ二年生で、同じ西園寺の娘で、同じように人目を引くはずなのに、龍華は鋭さで、優里は静けさで場を支配している。


 黒瀬はその前で、いかにも感じのいい笑みを浮かべていた。

 それが昨日よりさらに気に食わなかった。


「……なにしてんだ」


 思わず小さく呟く。

 まだ距離はある。けれど、その瞬間に優里がこちらへ気づいた。ほんの一瞬だけ目が合う。だが、助けを求めるような色はなかった。ただ、来たんですね、とでも言うみたいに静かな目だった。


 黒瀬が何か言っていた。

 聞き取れたのは、「神谷くんもそんなこと言ってなかったし」という一節だけだった。


 勝手に俺の名前を使っている。

 やっぱりそうきたか、と思った。


 けれど、俺が前へ出るより先に、優里が一歩だけ前へ出た。


「神谷くんは、そんなこと言っていません」


 声は大きくない。

 それでも、不思議なくらいはっきり聞こえた。


 渡り廊下の空気が少しだけ止まる。

 黒瀬の笑みが、ほんのわずかに揺れた。


「いや、そういう意味じゃなくて」


「どういう意味でも同じです」


 優里は言葉を被せるように続けた。


「私たちに近づくために、神谷くんの名前を使うのはやめてください。迷惑です」


 きっぱりしていた。

 やわらかい口調なのに、逃げ道がない。


 黒瀬はそこで初めて、本当に困った顔をした。

 優里はいつも穏やかで、角の立つことを言わない印象がある。たぶん黒瀬も、そこへ勝手に甘えていたんだろう。だからこそ、その口から迷惑だと断言されたのが効いた。


 さらに、その横から龍華が口を開く。


「ついでに言っとくけど、私も同じだ」


 低い声だった。

 それだけで周囲の空気がもう一段冷える。


「神谷に勝手に話を通したみたいな顔すんな。昨日も今日も、そんな話は一つもしてない」


 龍華はそこで一度だけ黒瀬を見た。


「次、同じことしたら私が直接潰す」


 物騒だな、と思ったが、たぶん周りも同じことを思ったらしい。

 ざわ、と人の気配が揺れた。


 さすがに黒瀬も、そのまま笑ってはいられなかった。

 顔を立て直そうとしているのは分かる。だが、遅い。もう十分に人目を集めている。二年の廊下の真ん中で、西園寺姉二人に揃って線を引かれた。その事実だけで、今日この場はもう終わっていた。


「……そこまで言う?」


 黒瀬がようやく絞り出した。

 優里は小さく首を傾げる。


「はい。むしろ、ちゃんと言わないと伝わらないと思ったので」


 やっぱり静かで、やっぱり容赦がなかった。


 そのやり取りを少し離れた場所から見ていた俺は、妙な感覚になっていた。

 助けに入る必要はなかった。俺が前に出るまでもなく、二人は自分たちの言葉で、きっちり線を引いていた。


 そこでようやく、俺は少し肩の力を抜いた。


 が、それで終わるほど黒瀬も素直じゃなかった。


 廊下の空気が散り始めたところで、黒瀬は視線だけをこちらへ向けてきた。

 表情は抑えている。けれど、その目の奥にある苛立ちは隠れていない。


 嫌な感じだった。


 五時間目と六時間目の間、教室にいても集中しきれなかった理由は、それだけで十分だったのかもしれない。


 放課後、俺はバイトの日ではなかった。

 だから本来なら、そのまま適当に本屋へ寄って帰るつもりだった。けれど、昇降口を出たところで、後ろから肩を叩かれた。


 振り向くと、見覚えのある一年男子が立っている。

 隣のクラスのやつだ。名前は確か、真壁。


「神谷、ちょっといい?」


 言い方は普通だった。

 それでも、妙な緊張が混じっているのは分かる。


「……なんだよ」


「さっき、二年の人がさ。神谷に渡しといてって」


 そう言って、小さく折った紙を渡してくる。

 受け取る前から嫌な予感しかしない。


「誰」


「黒瀬さん」


 やっぱりか。


 紙を開く。

 短い文だった。


『話の続き。駅裏の駐輪場』


 シンプルで、だからこそ露骨だった。


「受け取ったって言っといて」


 俺がそう言うと、真壁は少しだけ気まずそうに頷いた。

 たぶん、頼まれたこいつもこいつで面倒だったんだろう。断れない相手に使われるのは、何も俺だけじゃないらしい。


 駅裏の駐輪場。

 人目が少なくて、でも完全に無人ではない場所をわざわざ選ぶあたりが、黒瀬らしい。表立って騒ぎにしたくないが、圧はかけたい。そういう中途半端な器用さだ。


 無視する選択肢もあった。

 だが、今日の昼休みで姉二人にはっきり断られたあとだ。そこでまだ来るなら、ここで終わらせた方がいい。


 俺は一度だけスマホを見た。

 ちょうど涼花から『今日どうするー?』とメッセージが来ていたが、返信は後にした。


 駅裏の駐輪場は、放課後の時間帯だと少し薄暗い。

 駅前の喧騒から一本外れるだけで、急に音が遠くなる。自転車の金属の匂いと、アスファルトにこもった熱気が混ざっていて、空気が少しだけ重い。


 黒瀬はすでにいた。

 取り巻きも二人、昨日と同じだ。


「来ると思った」


 黒瀬が壁にもたれたまま言う。

 昨日までの余裕めいた軽さは、もうだいぶ薄れていた。


「一応、聞きますけど」


 俺は少し距離を取ったまま立つ。


「何の話ですか」


「昼の件」


「見てたと思いますけど、もう終わってます」


「終わってねぇよ」


 後ろの一人が吐き捨てる。

 黒瀬はそれを手で制し、俺だけを見た。


「お前のせいで、余計ややこしくなった」


「逆です」


「は?」


「俺が最初から断ってるのに、人の名前使って近づこうとするからややこしくなったんです」


 淡々と言う。

 その方が、こういう相手には響くことがある。


 黒瀬は舌打ちこそしなかったが、明らかに顔をしかめた。


「お前さ、ほんと感じ悪いな」


「何度も言わせないでください。紹介しません。名前も使わないでください。これ以上絡むなら迷惑です」


「迷惑迷惑って、お前自分が正しいと思ってんの?」


「少なくとも、間違ってるとは思ってないです」


 その瞬間、取り巻きの一人が前へ出た。

 昨日よりだいぶ早い。苛立ちの方が先に来ているらしい。


「先輩ナメてんのかよ」


 肩を掴みにくる。

 雑だ。


 俺はその手首を外し、ついでに肘を軽く流した。相手の体勢が崩れる。そこへ足を引っかけると、男は無様に自転車の列へぶつかりかけて、慌てて手をついた。


「っ、てめ」


「やめとけって」


 黒瀬が言う。

 だが、その言い方に本気で止める気は薄い。


 もう一人も前へ出た。

 今度は胸元を狙って掴みにくる。これも同じだ。真正面から来るなら、正面にはいない。半歩ずれて手首を切り、肩の向きを変える。相手はその勢いのまま前へ流れ、バランスを崩したところを俺は背中側から押さえた。


 強くはやっていない。

 でも、これで十分だった。


「次、やめてください」


 低く言うと、押さえられた相手が歯を食いしばる。


 黒瀬の目の色が変わった。

 昨日も今日も、たぶん向こうは“少し脅せば折れる一年”くらいに思っていたんだろう。そこへ予想外の反応が返ってくると、手合いによっては急に冷える。


 けれど黒瀬は、冷えるより先に意地が立ったらしい。


「お前、調子乗んなよ」


 そう言って踏み込んでくる。


 拳までは来ない。

 その代わり、強く押しのけるつもりの肩だった。


 俺は押さえていた相手を離し、そのまま黒瀬の進路を外す。勢いのついた肩が空を切る。流れた体が前へ出たところで、背中側へ軽く手を添えて、重心をずらす。それだけで、黒瀬は自分でも驚いた顔のまま片膝をついた。


 数秒、誰も動かなかった。


 自転車の並ぶ駐輪場に、金属のきしむ音だけが残る。

 俺は手を出さない。出す必要がないからだ。


「……まだやりますか」


 黒瀬は顔を上げた。

 その目には怒りもあったが、それ以上に、どう対処すればいいか分からない戸惑いが混じっていた。


 そこで、背後から別の声が飛んできた。


「神谷くん!」


 涼花だった。


 しまった、と思った時には、すでに優里と龍華の姿まで見えていた。

 三人そろって、駐輪場の入口に立っている。


 涼花は息を切らしている。走ってきたんだろう。

 優里の顔は静かだが、目だけが鋭かった。龍華は最初から機嫌が悪い顔を隠していない。


「……なんで来た」


 思わず出たのはそんな言葉だった。


「連絡ないから変だと思ったの!」


 涼花が答える。


「駅の方って聞いて、嫌な予感して!」


 やっぱり。

 返信を後回しにしたのがまずかったらしい。


 優里はその場の空気を一目で読み取ったみたいに、黒瀬たちと俺を順に見た。

 そして、何も迷わず言う。


「黒瀬さん」


 その声で、黒瀬が顔を上げる。


「もうやめてください」


「……別に何もしてないけど」


「してます」


 優里は一歩だけ前へ出た。


「神谷くんに勝手な話を押しつけて、断られて、それでもまだつきまとっている。それを何もしていないとは言いません」


 龍華も続く。


「昼で分かれよ。こっちは最初からその気ないって言ってる」


 涼花は俺の横まで来ると、少しだけ睨むみたいに黒瀬を見た。


「神谷くんのこと、これ以上巻き込まないで」


 それぞれ言い方は違うのに、向いている方向が同じだ。

 そのことが、たぶん黒瀬にも伝わったんだろう。


 黒瀬は立ち上がったが、もう最初の形は保てていなかった。

 周りにはいつの間にか何人かが足を止めている。完全に面倒な空気だ。


「……もういい」


 最後にそう吐き捨てるのが精一杯だったらしい。


 取り巻きを引き連れて去っていく背中を見送りながら、俺はようやく小さく息をついた。


 すると次の瞬間、龍華が俺の肩を軽く叩いた。


「一人で来るな」


「いや、お前らまで来るとは思わないだろ」


「思え」


「無茶言うな」


 優里は俺の腕や肩を軽く見て、怪我がないことを確認しているらしい。

 涼花は涼花で、さっきまでの勢いのまま怒っているのか、まだ少し頬が熱を持っている。


「神谷くん、ほんとに大丈夫?」


「大丈夫」


「ほんとに?」


「ほんとに」


「ならいいけど……」


 いいけど、のあとに色々言いたいことが残っている顔だ。


 そのまま四人で駅前のファミレスへ入ったのは、さすがに今日は部屋よりこっちの方がよかったからだろう。

 まだ外の空気が少し張っていて、六畳一間へ戻ると逆に息が詰まりそうだった。


 窓際の席に案内され、水の入ったグラスが置かれる。

 制服のままの高校生四人組が、なんとも言えない疲れた顔で座っているのは、たぶん他の客から見ても妙な光景だったと思う。


 けれど、その妙さに慣れ始めている自分もいた。


「それで」


 ドリンクバーから戻った龍華が、最初に口を開いた。


「なんで連絡返さない」


「すみませんでした」


 そこは素直に謝った方が早い。

 実際、返信を後回しにしたせいで三人を無駄に走らせたのは事実だ。


 優里はストローを持つ手を止めて、少しだけ安心したように息をついた。


「今日のは、さすがに心配しました」


「……悪い」


「しかも、また一人で行くし」


 涼花が不満そうに言う。


「なんでそういう時だけ抱え込むの!」


「抱え込むってほどじゃ」


「ほどです」


 優里に即座に切られた。


 言い返せない。

 今日は完全にこっちが悪い。


 龍華はジュースを一口飲んでから、俺を見る。


「でも、まあ」


「なんだ」


「ちゃんとボコられてないだけ偉い」


「評価の基準がおかしいな」


「お前ならやろうと思えばもっとやれたろ」


「やらないよ」


「そこは信用してる」


 龍華のその言い方は、少しだけまっすぐだった。


 涼花も頷く。


「うん。神谷くん、ちゃんと止めるもんね」


「そう見えてたか」


「見えてたよ。むしろ、我慢してる感じだった」


 それは、自分でも少し自覚がある。

 腹は立っていた。けれど、そこで殴って終わらせるのは違う。あくまで向こうが勝手に絡んできて、勝手に崩れただけ。その形から動く気はなかった。


 優里はそんな俺を見て、静かに言う。


「今日、少し嬉しかったです」


「何が」


「神谷くんが、私たちの前へ出たことじゃなくて」


 優里はそこで言葉を選ぶように少しだけ間を置いた。


「私たちが言う前に、ちゃんと自分の言葉で『それは違う』って言ったことです」


「……」


「神谷くん、自分のこととなると、たまに一歩引こうとしますから」


 図星だった。


「今日は、ちゃんと怒ってましたよね」


「まあ……少し」


「少しどころじゃなかったよ」


 涼花がすぐに乗る。


「結構怖かった!」


「お前、それ前も言ってなかったか」


「でも今回は、わたしたちのことで怒ってくれた感じがした」


 そこまで言われると、少し困る。


 龍華はメニューを閉じながら、ふっと笑った。


「黒瀬にとっては一番効いただろうな」


「何が」


「お前がキレたこと」


「キレてない」


「キレてた」


「キレてました」


「キレてたね」


 三方向から同時に言われた。


 そこまで揃うと、もう否定しづらい。


 ファミレスの明るい照明の下で、俺はグラスの水を一口飲んだ。

 冷たい。少しだけ、頭も冷える。


 黒瀬の件は、たぶんこれで終わる。

 少なくとも、今日みたいな形でまた来ることはないだろう。もし来るなら、あいつ自身がもっと格好悪くなるだけだ。そこまで馬鹿じゃないと信じたい。


「で」


 涼花が、さっきまでの緊張を少しだけ崩して言う。


「今日は、反省会っていうか……なんていうの?」


「終戦会議」


 龍華が即答した。


「言い方が物騒すぎる」


「でも合ってるよね」


 涼花が妙に納得している。


 優里は少しだけ笑って、ストローをくるりと回した。


「では、今日はお疲れさま会にしましょうか」


「それが一番丸いな」


 俺がそう言うと、三人が少しだけ嬉しそうな顔をした。


 たぶん、今日はみんな疲れたんだと思う。

 面倒なことが起きて、余計な怒りもあって、それでも最後は同じ席についている。


 そういう日は、難しいことを考えずに少し甘いものでも食べて終わればいい。


「神谷くん」


 涼花がメニューを開きながら、ちらっとこっちを見る。


「今日は、ちょっとだけ頼りすぎてもいい?」


「何をだよ」


「デザート選ぶの」


「そこかよ」


「大事だよ!」


 その勢いに、思わず少しだけ笑った。


 どうやら今日は、俺の部屋じゃなくてファミレスで三姉妹に振り回される日らしい。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

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