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学年一可愛いS級の美少女の令嬢三姉妹が、何故かやたらと俺の部屋に入り浸ってくる件について   作者: 沢田美


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19/51

学年一可愛い令嬢三姉妹に近づきたい男は、勝手に俺の名前を使うな

 翌日から、黒瀬の視線は露骨になった。


 廊下ですれ違う時も、昼休みに購買へ行く時も、わざわざこちらを見てくる。睨むわけでもなく、かといって友好的でもない。値踏みするみたいな視線だ。ああいう手合いは、一度断られたくらいで引かない。断られたからこそ、次はどう押すかを考える。


 面倒だなと思いながらも、俺はあえて無視を貫いた。

 下手に反応すると、向こうに“会話が成立する相手”だと思われる。ああいうタイプには、それが一番よくない。


 だが、昼休みの終わり際、屋上へ続く階段の踊り場で待ち伏せされた時点で、その方針は少しだけ崩れた。


 最初から一人ではなかった。

 黒瀬と、その取り巻きが二人。昨日と同じ顔ぶれだ。人目の少ない場所を選んでいるあたり、表面だけ器用な連中らしい。


「神谷」


 呼び止められて、俺は足を止めた。


「まだ何か」


「つれないな」


 黒瀬は壁へ肩を預けたまま笑う。

 相変わらず、顔だけ見れば感じのいい先輩に見えなくもない。そう見えるように振る舞っているんだろうが。


「考えた?」


「何をですか」


「紹介の件」


「考えるまでもないです」


「即答」


「前も言いましたよね」


 俺がそう返すと、取り巻きの一人が露骨にため息をついた。


「だから、そういう言い方が生意気だって言ってんだよ」


「生意気で結構です」


「お前――」


「まあまあ」


 黒瀬が軽く手を上げて制した。

 その仕草がいちいち芝居がかっていて、少し苛立つ。


「お前さ、誤解してるっぽいけど、俺は別に変なことするつもりないんだよ。普通に話してみたいだけ」


「だったら自分で話しかければいいじゃないですか」


「だから、そのきっかけを作れって言ってる」


「作りません」


「なんで?」


 黒瀬は本気で不思議そうな顔をした。


「お前に損ないだろ。むしろ先輩に顔売れた方が得じゃん」


 その言い方で、少しだけ分かった。

 こいつにとって人間関係は、得か損かでしかないんだ。


「俺に得があるかどうかじゃないんで」


「じゃあ何」


「嫌だからです」


 きっぱり言うと、黒瀬の笑みが一瞬だけ消えた。


 その空気の変化を感じたのか、後ろの二人も口を閉じる。

 階段の踊り場に、変に乾いた沈黙が落ちた。


 先に口を開いたのは黒瀬だった。


「……お前、あいつらとどこまで仲いいわけ?」


「それ、答える必要あります?」


「あるだろ。こっちは聞いてんだから」


「ないです」


 また即答した。


 正直、ここで適当にごまかすことも出来たと思う。

 でも、曖昧にしたら絶対に面倒が長引く。だったら、最初から線を引いた方がいい。


「少なくとも、人の名前使って近づくための道具にする気はないです」


 俺がそう言うと、黒瀬の目つきが少し変わった。


「道具って言い方はひどくない?」


「違いますか」


「お前、自分が何様だと思ってるんだよ」


「別に何様でもないです。でも、紹介しろって言われて、はいどうぞって渡す気はありません」


 取り巻きの一人が舌打ちした。


「マジで感じ悪いな、一年」


「そう見えるならそれでいいです」


 そこでチャイムが鳴った。

 五時間目開始の予鈴だ。


 黒瀬は数秒だけこちらを見ていたが、やがて小さく笑った。


「……まあいいや。お前がその気なら、俺も勝手にやるから」


「やればいいじゃないですか」


「ただ、その時に“神谷から聞いた”くらいは言うかもな」


 その一言で、俺の中の温度が少しだけ下がった。


「やめてください」


「なんで?」


「迷惑だからです」


「細かいな」


「細かくないです」


 黒瀬は返事の代わりに肩をすくめた。

 その顔が、“どうせそのうち折れるだろ”と言っているようで、余計に気に入らない。


 午後の授業は、正直あまり頭に入らなかった。

 黒瀬がどの程度本気かは分からない。ただ、ああいうタイプは“自分の都合のいい解釈”で物事を進める。たとえ俺が断っても、自分の中で通る理屈があるなら平気で押し切る。


 そして、嫌な予感はだいたい当たる。


 放課後、校門を出たところで、もうその気配はあった。


 門の少し先、街路樹の影が落ちるあたりに、龍華と優里が並んでいた。二人とも今日は先に帰るつもりだったのか、鞄を肩にかけたままこちらを待っている。少し遅れて、部活帰りらしい涼花が駆け寄ってきた。


 三姉妹が揃った瞬間、どうしても周囲の目はそちらへ向く。

 それ自体はもう珍しくない。問題は、そのタイミングで黒瀬たちが向こうから歩いてきたことだった。


 気づいた時には、もう遅い。


「西園寺」


 黒瀬が、いかにも自然な顔で声をかけた。


 龍華の足がぴたりと止まり、優里の表情が一段だけ静かになる。涼花は分かりやすく嫌そうな顔をした。


「何?」


 龍華の声は低かった。

 最初から歓迎していないのがはっきり分かる。


 それでも黒瀬は、崩れない笑みのまま続ける。


「神谷から少し聞いててさ。一回くらい話せたらなって」


 その瞬間、俺は完全に頭にきた。


 こっちが断っているのに、勝手に俺の名前を使う。

 しかも、三姉妹の前でそれを既成事実みたいに言う。


 反射的に前へ出ていた。


「聞いてません」


 黒瀬の言葉に被せるように、俺は言った。


 全員の視線が集まる。


「俺はそんなこと一言も言ってないです」


 黒瀬の笑みが、今度こそはっきり崩れた。


「いや、そういう意味じゃなくて」


「どういう意味でもないです」


 俺はそのまま三姉妹の前へ立つ形になった。

 別に守るとか、そういう格好つけた気持ちじゃない。ただ、自分の名前を勝手に使われたことが純粋に気に食わなかった。


「紹介もしないって、昼に言いましたよね」


 そこまで口にした時点で、龍華と優里が事情を察したらしい。

 涼花も、ああ、と小さく目を見開いた。


 黒瀬は一瞬だけ言葉を詰まらせたが、すぐに取り繕った。


「固いなあ。別にちょっと話すくらい」


「その“ちょっと”のために人の名前使うなって言ってるんです」


 取り巻きの一人が、横から口を挟んだ。


「お前、先輩に対してその態度――」


「先輩なら何やってもいいんですか」


 俺がそっちを見ると、相手は少しだけ言葉に詰まった。


 周りで何人かの生徒が足を止め始める。

 あまり長引かせたくない。だが、ここで曖昧に引いたらもっと面倒になるのも分かっていた。


 黒瀬が笑みを消したまま、一歩だけ近づいてきた。


「お前さ、空気読めよ」


「読んでます」


「読めてないからそうなるんだろ」


「そっちです」


 俺がそう返した瞬間、黒瀬の手が俺の肩にかかった。

 押しのけるつもりだったのかもしれない。力はそこまで強くなかった。だが、その触れ方だけで十分だった。


 俺は肩に置かれた手首を掴んだ。

 強くはない。ただ、逃げられない角度にだけはする。


 黒瀬の顔がわずかに引きつる。


「……やめてください」


 声は低くなった。

 自分でも分かるくらい、温度が落ちていた。


「次、勝手に触ったら、もう少し面倒になります」


 力は入れすぎていない。

 けれど、こちらが冗談で言っていないことだけは伝わったらしい。


 黒瀬が手を引こうとする。

 俺はすぐに離した。


 その一連の流れは、本当に数秒だったはずだ。

 なのに、空気が一気に張りつめた。


 涼花が息を呑み、優里は何も言わずに俺の横顔を見ている。龍華だけは、少し細めた目で黒瀬を見ていた。


「……行こう」


 龍華が先に言った。


 その声で、張っていた糸が少しだけ緩む。

 優里もすぐに頷き、涼花が俺の制服の袖を軽く引いた。


 俺たちはそのまま黒瀬たちを置いて歩き出した。

 振り返らなかったが、背後の空気が完全には収まっていないのは分かった。


 駅までの道は、珍しく誰もあまり喋らなかった。


 涼花でさえ静かで、優里は何か考え込んでいるようだった。龍華は機嫌が悪いというより、完全に頭が切り替わっている顔をしている。あの長女が黙っている時は、たいてい余計なことを考えている。


 だから、部屋へ着いて最初に口を開いたのが龍華だったのは、ある意味当然だった。


「黒瀬、思ったよりクソだな」


 開口一番がそれだった。


「直球だな」


「事実だろ」


 靴を脱ぎながら吐き捨てるように言うあたり、本気で腹が立っているらしい。


 優里は部屋へ入るなり、俺の方を振り返った。


「神谷くん」


「なんですか」


「さっき、ありがとうございました」


「いや、別に」


「別に、ではないです」


 声はやわらかいのに、珍しく否定が早い。


「私たちの前で、ちゃんと線を引いてくれました」


「それは……」


 自分でも、あそこまできっぱり言うつもりだったわけじゃない。

 ただ、本当に気に食わなかっただけだ。


 涼花がラグの上へ座るなり、膝を抱えた。


「わたし、ちょっとびっくりした」


「何が」


「神谷くん、いつもよりちょっと怖かった」


「……悪い」


「ううん。嫌じゃないの」


 涼花はそう言ってから、少しだけ困ったように笑った。


「むしろ、あの場ではすごく助かった。でも、いつもと違う感じで、どきっとした」


 最後の一言だけ、妙に小さかった。


 優里もすぐには口を挟まず、静かにコップへお茶を注いでいる。

 その横で龍華が、壁へ背中を預けたまま俺を見る。


「でも、よかった」


「何が」


「お前があそこで曖昧にしなかったこと」


「……曖昧にしてもろくなことにならないだろ」


「そう。だからよかった」


 龍華の評価は短いが、芯がある。


 優里はお茶を俺の前へ置くと、向かい側へ座った。


「黒瀬みたいな人って、自分に都合のいいように話を作りますから」


「そう見えます?」


「見えます」


「優里お姉ちゃん、今日ちょっと冷たい」


 涼花がぼそっと言う。


「冷たいですよ」


 優里はきっぱり言った。


「だって、神谷くんが嫌だと言っているのに、自分の都合で名前を使ったんですから」


 その言葉には、いつものやわらかさと別の温度が混じっていた。


 たぶん優里は、感情を表に出しにくいだけで、怒る時はちゃんと怒る。

 しかも、静かな分だけ怖い。


 涼花はその横顔を見て、小さく頷いた。


「うん。わたしも嫌」


「私は普通にぶん殴りたかった」


「やめろ」


「冗談だ」


「半分くらい本気だろ」


「さてな」


 さてな、じゃない。


 でも、三人とも同じ方向で怒っているのは分かった。

 そのことが、少しだけ意外だった。


 もっと「わたしたちは別に平気だから」と流されると思っていた。

 けれど実際は逆で、三人とも“神谷悠真の名前を勝手に使われたこと”にちゃんと反応している。


「神谷くん」


 優里が改めて俺を見る。


「次、もしまた同じことがあったら、今度は私たちも言います」


「いや、でも」


「でもじゃないです」


 珍しく、言い切られた。


「今回は、神谷くんが先に線を引いてくれました。でも、だからといって神谷くんだけが前に出る形は、やっぱり違います」


 それは、前にも似たようなことを言われた気がする。


 涼花もすぐに頷く。


「そう! わたしたちのことなんだから、わたしたちもちゃんと断る!」


「龍華は黙って断ればいいだけだろ」


「私は最初からそのつもりだ」


「だろうな」


 たぶん龍華は、黒瀬が話しかけてきた時点で、もうかなり切れていた。

 こいつはこいつで、身内認定した相手の扱いにはうるさい。


「ただ」


 龍華が少しだけ姿勢を変えた。


「黒瀬、あれで終わらん気がする」


 部屋が少し静かになる。


 俺もそう思っていた。

 あの男は、今日のやり取りで引くタイプじゃない。むしろ、恥をかかされたと感じて意地になる可能性の方が高い。


「だろうな」


 俺が言うと、涼花が不安そうに眉を寄せた。


「また来るかな」


「来るかもな」


「……やだなあ」


 その声は本音だった。


 優里は小さく息をついてから、ふっと表情をやわらげる。


「でも、少なくとも今日、神谷くんがどう思っているかはちゃんと伝わりました」


「それはそうだな」


「だから次は、私たちが言います」


「優里お姉ちゃん、めっちゃ頼もしい」


「優里はやる時やるからな」


「何その評価」


 優里が少しだけ困ったように笑う。


 そのやり取りで、ようやく部屋の空気が少しだけ軽くなった。


 俺はコップを手に取り、口をつける。

 冷たい麦茶が喉を通る感覚で、ようやく少し落ち着いた。


 すると、涼花がじっとこっちを見ていた。


「なんだよ」


「いや……」


「なんだ」


「今日の神谷くん、ちょっとかっこよかったなって」


「は?」


「だから!」


 涼花は少しだけ顔を赤くした。


「黒瀬さんに言い返した時! いつもよりずっと!」


「今さら言うな」


「今だから言うんだもん!」


「それは反則です」


 優里が静かに補足する。


「私も、少し思いました」


「優里まで乗るのか」


「事実ですから」


「私は前から知ってる」


 龍華が平然と言った。


「お前、変なところで腹括ると妙に強いし」


「褒めてるのか貶してるのかどっちだ」


「褒めてる」


「珍しいな」


「今日はな」


 三方向からそんなことを言われると、流石に落ち着かない。


 俺は視線を逸らして、テーブルの上の菓子袋を適当に引き寄せた。


「……食うか」


「誤魔化した!」


 涼花がすぐに笑う。


「うるさい」


「でも、照れてる」


「うるさい」


「顔ちょっと赤いですよ」


「優里まで!」


「事実だからな」


「龍華、お前ほんと楽しそうだな」


 部屋の中に、いつもの空気が戻っていく。


 黒瀬の件は、たぶんまだ終わっていない。

 でも少なくとも今日は、向こうの思い通りにはならなかった。


 それだけで十分だと思うことにした。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

このお話が少しでも面白いと感じていただけたら、ぜひ「♡いいね」や「ブックマーク」をしていただけると嬉しいです。

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