学年一可愛い令嬢三姉妹に近づきたい男は、まず俺を踏み台にしようとする
西園寺三姉妹と関わるようになってから、俺の学校での立場はじわじわと変わっていた。
前までは、いてもいなくても教室の景色に大差ない側だった。声をかけられることも少なく、何をしていても基本的に放っておかれる。そういう静かな立ち位置は、俺にとってかなり居心地がよかった。
けれど最近は違う。
読書週間の展示に関わったことも、涼花と教室で話すことが増えたことも、優里や龍華と校内で顔を合わせる機会が増えたことも、全部が少しずつ積み重なって、周囲の見方が変わり始めている。
露骨に敵意を向けられるわけではない。
ただ、妙に興味を持たれる。
それが面倒だった。
実際、ここ数日は一年の男子だけじゃなく、二年や三年からも視線を感じることが増えていた。たぶん、俺個人に興味があるわけじゃない。西園寺三姉妹の近くにいる、よく分からない一年男子。その肩書きが、変な意味で目立っているだけだ。
そして、その面倒はついに形になった。
昼休み、購買から戻る途中だった。
廊下の窓際で、二年の男子が三人たむろしていた。制服の着崩し方からして、真面目な部類ではない。でも、昨日の商店街で見た連中みたいに露骨に荒れているわけでもない。学校の中ではうまく線を引いているタイプだ。
そのうちの一人が、俺を見て顎をしゃくった。
「神谷、だっけ」
知らない顔だった。
ただ、向こうは俺を知っているらしい。
「……そうですけど」
「ちょっといい?」
いい、の時点で断りたい。
だが、ここで無視すると余計面倒になるのも分かる。仕方なく足を止めると、三人のうち真ん中にいた男が一歩前へ出た。
背が高い。顔も整っている方だと思う。
髪は少し明るめで、いかにも女子に慣れていそうな雰囲気をしていた。たぶん、こいつ自身もそこそこモテる側なんだろう。
「俺、二年の黒瀬。知ってる?」
「知らないです」
「だよな」
黒瀬は気にした様子もなく笑った。
その笑い方が、最初からこっちを下に見ている感じで少し気に障る。
「お前さ、西園寺たちと仲いいよな」
来た。
やっぱりそっちか。
「別に、普通です」
「いやいや、普通の一年男子があそこまで絡めないだろ」
後ろの一人が口を挟む。
もう一人も、面白がるみたいにこちらを見ていた。
俺は無言で購買のパンを持ち直す。
嫌な予感しかしない。
「でさ」
黒瀬が声を少し落とした。
「龍華か優里、どっちでもいいから紹介してくれない?」
思った以上に直球だった。
龍華か優里。
同じ二年の姉二人を、俺経由で。
涼花じゃないあたり、こいつなりに学年とか距離感を考えているのかもしれない。いや、単に好みの問題か。どっちでもいい。どっちにしても面倒だ。
「嫌です」
即答した。
黒瀬が一瞬だけ目を細める。
「早くない?」
「早い方が分かりやすいかと」
「そんな警戒しなくていいって。別に変なことしようってわけじゃないし」
「そういうこと言うやつに限って信用できないんですよ」
つい本音が出た。
後ろの二人が「言うなあ」と小さく笑う。
黒瀬は口元だけで笑っていたが、目は少しも笑っていなかった。
「お前さ、自分の立場分かってる?」
「どういう意味ですか」
「西園寺三姉妹の近くにいられるの、かなりレアなんだよ。そこで独占みたいな顔されても困るって話」
独占。
その言い方に、少しだけ眉が動いた。
別に、そんなつもりはない。
そもそも向こうが勝手に俺の部屋へ来て、勝手に巻き込んでくるだけだ。俺が何かを囲っているわけでもない。
けれど、こいつらの目にはそう映っているらしい。
「独占してるつもりないです」
「でも、結果そうなってるじゃん」
「だからって紹介する義理はないです」
「義理じゃなくて、先輩への協力な」
「なおさらないです」
言い切ると、後ろの一人が露骨に舌打ちした。
「生意気だな、一年」
「やめろって」
黒瀬が軽く手を上げてそっちを止める。
だが、その止め方も形だけだった。
「まあ、今すぐとは言わないよ。考えといて。せめて連絡先交換の場くらい作れるだろ?」
「作れません」
「作ろうと思えば作れるだろ」
「思わないんで」
俺がそう返すと、さすがに黒瀬も笑顔を少し崩した。
その瞬間、廊下の向こうから聞き慣れた声が飛んできた。
「神谷くん?」
涼花だった。
最悪だ。
今ここで来るのか。
涼花はこっちの空気を見て、すぐに足を止めた。
さっきまでの明るい顔が少しだけ警戒に変わる。さすがに、ただ事じゃない空気は分かるらしい。
「なにしてるの?」
その問いに、黒瀬が一瞬で表情を変えた。
さっきまでの圧が嘘みたいに消えて、爽やかな先輩みたいな顔になる。
「いや、ちょっと神谷と話してただけ」
こういう切り替えがうまいタイプ、嫌いなんだよな。
涼花は黒瀬の顔を見て、それから俺を見た。
俺が何も言わないと、少しだけ眉を寄せる。
「……そっか」
涼花はそれ以上追及しなかった。
ただ、俺の手首を軽く引いて言う。
「先生が呼んでたよ。早く来てって」
どう考えても嘘だった。
でも、助け舟としては十分だった。
「じゃあ、行きます」
俺はそのまま黒瀬たちの横を抜ける。
すれ違いざま、黒瀬が小さく言った。
「またあとで話そうな」
聞こえないふりをした。
少し離れたところまで来てから、涼花がようやく息を吐く。
「……あれ、絶対先生呼んでないよね」
「うん」
「だよね」
涼花は腕を離して、ちらっと後ろを見た。
「二年の黒瀬たちだよね。ちょっと有名」
「そうなのか」
「見た目いいから女子に人気あるけど、軽いっていうか……なんか、あんまり関わらない方がいい感じの人たち」
「もう関わってきたけどな」
「なに言われたの?」
聞かれると思った。
ただ、ここでそのまま言うのもなんとなく引っかかる。
「大したことじゃない」
「それ、大したことある時の言い方だよ」
最近、こいつらにそこを読まれすぎている気がする。
結局、ごまかしきれずに、放課後には龍華と優里までその話を知ることになった。
場所は、いつもの俺の部屋だった。
もう本当に、何かあるとここへ集まるのが当たり前になっている。
ラグの上に涼花、ローテーブルの横に優里、ベッドにもたれるように龍華。定位置まで固定されつつあるのが少し怖い。
「で」
龍華が開口一番、低い声で言った。
「黒瀬が何て?」
いつもより明らかに機嫌が悪い。
「紹介しろって」
「誰を」
「お前か優里」
空気が一段下がった気がした。
優里は表情こそ崩さなかったが、目だけが少し冷えた。
涼花は露骨に嫌そうな顔をしている。
「やっぱり」
涼花が膝を抱えながら言う。
「あの人、前もそんな感じで女子に声かけてた」
「断られても引かないタイプですか」
優里の声音は静かだったが、かなり冷たかった。
「たぶん」
俺が答えると、龍華が舌打ちした。
「だる」
短い一言に、感情が全部詰まっている。
「お前、断ったんだよな」
「断った」
「ちゃんと?」
「ちゃんと」
「何回も言われても?」
「今のところ一回だ」
そこまで聞いて、龍華は少しだけ肩の力を抜いた。
優里も小さく息をつく。
涼花は納得いかない顔で、俺の方へ身を乗り出した。
「なんで神谷くんに言うかな!」
「言いやすいと思ったんだろ」
「どこが!?」
「知らん」
「神谷くん、全然そういう橋渡しするタイプじゃないのに」
「そう見えなかったんだろ」
「見る目ないよ!」
そこまで怒ってくれるのはありがたいが、声量はもう少し考えてほしい。
優里はコップにお茶を注ぎながら、少しだけ考えるように視線を落とした。
「でも、今後も来るかもしれませんね」
「来るだろうな」
俺が言うと、龍華がすぐに反応した。
「なら、もう一回はっきり断れ」
「断るつもりだよ」
「曖昧にするな。面倒になる」
「分かってる」
「それでもし、しつこいようなら」
龍華はそこで一度言葉を切った。
「私が直接言う」
「やめとけ」
「なんでだ」
「お前が言うと余計に火がつく」
実際そうだ。
龍華は見た目も態度も強い分、突っぱね方がはっきりしている。それで相手が諦めるならいいが、黒瀬みたいなタイプは逆に意地になる可能性がある。
優里も静かに頷いた。
「龍華が前に出るのは、最後の方がいいと思います」
「お前までそう言うのか」
「だって、面倒でしょう?」
「……まあな」
自覚はあるらしい。
涼花はまだ納得しきれていない顔をしていたが、やがてふっと真面目な顔になる。
「でも、神谷くん」
「なんだ」
「無理に一人で抱えなくていいからね」
その一言が、少し意外だった。
「別に抱えてるほどじゃ」
「抱えるよ。だって、わたしたちのことで絡まれてるんでしょ?」
正論だった。
優里も続ける。
「神谷くんが断ってくれるのはありがたいです。でも、それで神谷くんだけが面倒を受ける形は嫌です」
「そうだな」
龍華も短く言った。
「それは違う」
三人とも、見事に同じ方向を向いていた。
なんというか。
こういう時の西園寺三姉妹は、やっぱり姉妹なんだなと思う。
普段のテンポも性格も違うのに、一本芯の通ったところだけ妙に似ている。
「……じゃあ、もしまた何か言われたら、ちゃんと言う」
俺がそう言うと、涼花が少しだけ安心したように笑った。
「うん、それでいい」
「でも、紹介なんて絶対しないでね」
「するわけないだろ」
「だよね!」
その確認いるか?
龍華はクッションを抱え直しながら、ぼそっと呟いた。
「黒瀬か」
「知ってるのか」
「同じ学年だしな。有名」
「いい意味で?」
「まさか」
即答だった。
優里は少し困ったように笑う。
「一応、表向きは器用な人ですけど」
「中身は軽い」
龍華が切る。
「女子に話しかけるのも、自分が断られない前提でやってる感じ」
「うわ、やだねそれ」
涼花が露骨に顔をしかめた。
なるほど。
ただのチャラい先輩じゃなくて、妙に自信のあるタイプか。
だから俺にも、断られるとはそこまで思わずに声をかけてきたんだろう。
面倒だな、と改めて思う。
ただ。
もしまた同じ調子で来るなら、次はもう少しきっぱり言う必要がある。
向こうが「話せばいける」と思っているうちに線を引かないと、長引くだけだ。
「神谷くん」
優里が静かに俺を見る。
「今日、ちゃんと話してくれてありがとうございます」
「……別に」
「それ、最近ほんとに説得力ないよね」
涼花がすぐに乗ってくる。
「お前は黙ってろ」
「えー」
そのやり取りに、龍華が少しだけ笑った。
「まあでも、今回は私らの方からも意識しとく」
「どう意識するんだよ」
「黒瀬が近づいてきたら無視する」
「それは元からだろ」
「たしかに」
優里まで小さく笑う。
部屋の空気はいつものように戻りつつあった。
でも、その奥に少しだけ新しい緊張が混ざっているのも分かる。
たぶん、これで終わりじゃない。
黒瀬みたいなタイプは、一回断られたくらいで引かない。
むしろ、俺を通すのが駄目なら、別の角度から来る可能性の方が高い。
そこまで考えて、俺は小さくため息をついた。
……また面倒が増えた。
それなのに、目の前の三姉妹は、そんな面倒さえ当然みたいに共有する顔をしている。
完全に、俺一人の問題ではなくなっていた。
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