第七話 夜を見つめて
六本木の街は雑多な人間でごった返していた。もう直ぐ電車が無くなる時間だというのに、ひと気が減るどころか増える一方だった。鳥居坂のカープールからロアビル方面に向かって佐久間の肩を借りて歩く。下衆な外人が同性愛者だと勘違いして僕達を冷やかした。
「久し振りにノックアウトしてやれよ、アキラ。すかっとするぜ」
「ふん、逆にやられちゃうよ。もう若くない」
僕と佐久間は大学時代、ボクシング部に入部して知り合った同級生だ。僕らは身長も体重もリーチもほぼ一緒だったが、大学から始めた僕と違い、インターハイで優勝経験のある佐久間は、追いかけるには遠すぎる存在だった。
クラブ凛はそろそろクローズなのだろう、アフターがあるホステスが急ぎ支度で出て行こうとバタついていたが、席をわざわざ用意して黒服が案内してくれた。
「お待たせしました。経営者の池内です。女性を捜しているとか…どんな女性ですか?」物腰の柔らかい、華奢な女性だった。僕は写真を見せて、
「僕の知り合いが去年の暮れにこの店で見かけたというんですが、僕の別れた家内なのです。」
「…これは里佳ちゃんね。間違いないわ。長瀬君、博美ちゃんがまだ居たら連れてきて頂戴」
佐久間と車に戻って外苑東通りからマンションに帰った。今日中に出来ることはなくなった。香織は確かにあの店で働いていた。そして売り掛けと前借りを残して消えていた。博美というホステスは、入店が同じ時期だったので何回か食事をしたが、プライベートなことは知らないといった。店に来なくなったのは七月末で、直後に携帯は解約されていたという。仕事振りはやや地味だったが、何人か固定客を抱えて遅刻・無断欠勤などは一切無かった。ゴールデンウィーク過ぎから様子が変になり、何かの問題を抱えてとても疲れている様子だったらしい。お金のこともあるので何とか見つけて欲しい、全面的に協力するとママはいった。
タンブラーに濃いめのバーボンソーダを二つ作ってひとつを佐久間に渡した。さすがに二人とも疲れきっていた。結局大した手掛かりも掴めず、それどころか解らない事が増えただけだった。
「後は警察に捜索願を出すぐらいだな、奴らもこの程度の手掛かりと状況じゃあ、まともに動かないだろう。アキラはどうしたいんだ?手を引いてもいいと俺は思う。ずっと縁遠かったわけだし、命に関わる確証も無い。事件性があるなら彼女の親族が動いている筈だ。アキラのところにもいずれ連絡があるだろう。下手に動いても仕方ない。心配だろうがな」
「ああ、もう遅いし朝一番で赤坂署に行ってくるよ。幸い今暇なんだ。やれることはやろうと思う。手伝わせて悪かったな」
「いいんだよそんなこと。それよりお前、また少し悪くなったな。それが心配だ。無理をするなよ。ストレスは進行を早めるだろう。命を削ってるのと同じだぜ」
ベッドサイドの窓から外を眺めながらタバコを吸った。青山通りの車の音がわずかに聞こえるだけで、とても静かだった。香織と一緒だった頃、こうして二人で外を眺めながら夜通し話をしたな。僕らは昔、とても仲がいい夫婦だった。週末の夜はずっとベッドの上で寝ずに過ごした。何度抱き合っても飽きることが無かった。まだ僕の目がちゃんと見えていた頃の話だ。街明かりに照らされた香織の横顔、シーツに包まれた優しい曲線、ボビーブラウンやジャネットジャクソンのアルバムや香織の好きだったカシスのシャーベット、よく着ていたシルクのブラウス、得意だったパスタ料理…。僕の目が悪くならなければ、僕らはあのまま仲良く暮らせただろうか。こんな風に行方を捜して何も解らず憂鬱になったりしなかったのだろうか?香織の人生を狂わせたのは僕なのか!?・・何時しか霧雨はやみ、東の空がうっすらと明けてきた。僕はどうして、誰に、誰のために、生かされているんだろう。何が一体楽しいのだ?白い杖をついて右往左往する人生なんて何一つ楽しくない。楽しみや生きがいなんてくそくらえだ。
何故、俺なのだ?




