第92話 去る者、残る者
「なら見せてみろ」
その言葉が、まだ空気に残っている。
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ヴェルクの通りには、二つの流れがあった。
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一つは、外へ向かう流れ。
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荷をまとめる者。
家財を抱える者。
子を連れて歩く者。
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「……もう無理だ」
「ここじゃ食えない」
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南門へ向かう列。
昨日の混乱とは違う。
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静かな決断。
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もう、戻らないと決めた人たち。
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アルノーはその流れを見ていた。
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「……減っていく」
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呟く。
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「ええ」
リリアーナは答える。
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「選んでいます」
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逃げることも、
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選択だ。
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アルノーは歯を食いしばる。
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「止められないんですか」
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問い。
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だが、
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分かっている。
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「止める理由がありません」
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リリアーナは言う。
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「ここに残るより」
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「外に出た方が生きられるなら」
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「それが正しいです」
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正しい。
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だが、
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胸が痛い。
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その時、
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逆の流れがあることに気づく。
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人が戻ってくる。
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少数だ。
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だが確かに。
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「……戻るのか」
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アルノーが呟く。
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その中に、
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あの若い男がいた。
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荷は少ない。
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だが、
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足は止まっていない。
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「……なんで」
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アルノーが声をかける。
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男は振り向く。
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少しだけ迷い、
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言う。
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「出ようと思った」
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短い言葉。
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「でも」
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視線を外す。
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「向こうも同じだった」
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アルノーは黙る。
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外も、楽ではない。
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それだけだ。
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「なら」
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「ここでやるしかない」
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男は言う。
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決意でもない。
覚悟でもない。
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ただの現実。
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アルノーはその顔を見る。
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昨日の怒りはない。
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だが、
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消えたわけでもない。
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そのまま残っている。
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「……一緒にやるか」
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思わず言葉が出る。
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男は少し驚く。
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そして、
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小さく頷く。
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それだけだった。
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だが、
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何かが変わる。
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アルノーの中で。
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“助ける”ではない。
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“並ぶ”。
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同じ場所に立つ。
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その時、
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広場の方から声が上がる。
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「神託が出た!」
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空気が動く。
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アルノーが振り向く。
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人が集まっている。
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中央。
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ルシアが立っている。
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手に星図。
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だが、
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読み上げる言葉は短い。
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「東西の流れを均等に戻します」
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「ただし」
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「各都市の判断を優先」
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ざわめき。
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「……それだけか?」
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誰かが言う。
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ルシアは頷く。
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「それだけです」
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不完全。
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だが、
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明確。
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リリアーナが小さく言う。
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「枠を示しましたね」
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アルノーは頷く。
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すべては決めない。
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だが、
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方向はある。
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その時、
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レオンハルトが近づく。
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「それで持つと思うか」
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問い。
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ルシアは答える。
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「持たせます」
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同じ言葉。
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だが今度は、
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違う。
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レオンハルトはアルノーを見る。
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「お前はどうする」
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突然の問い。
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アルノーは一瞬だけ止まる。
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だが、
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すぐに答える。
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「続けます」
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迷わない。
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「ここで」
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「人が決める形を」
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「崩さないように」
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レオンハルトは少しだけ笑う。
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「遅いぞ」
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同じ言葉。
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だが、
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否定ではない。
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「だが」
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「見てやる」
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それだけだった。
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完全な支配ではない。
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完全な自由でもない。
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その間。
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ヴェルクは今、
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**揺れたまま進んでいる**
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その時、
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遠くから別の使者が駆け込んでくる。
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「報告!」
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息を切らしている。
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「リュミアで同様の混乱が発生!」
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空気が凍る。
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アルノーの目が見開かれる。
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広がっている。
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この問題は、
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ヴェルクだけではない。
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都市全体へ。
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そして――
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次の段階へ。
ここから「局地的な問題」から「広域問題」へ一気にスケールが上がります。
ヴェルクは終わっていません。
むしろ「始まり」だったことが見えてきます。
ここから物語はさらに加速していきますので、ぜひ続きも楽しみにしていてください。
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次話もぜひお楽しみに。




