第90話 正しさの代償
「火だ!」
その一言で、全てが塗り替わった。
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煙が上がっている。
黒く、太く、空を裂くように。
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南側。
開放された側だ。
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「……っ」
アルノーが走り出す。
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「待て」
レオンハルトの声。
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だが止まらない。
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今、止まる理由がない。
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通りを抜ける。
人が走っている。
叫んでいる。
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そして、
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見える。
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炎。
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倉庫が燃えている。
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「水を!」
「こっちだ!」
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必死の声。
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だが、
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間に合っていない。
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火は広がっている。
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アルノーは立ち止まる。
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「……なんで」
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呟き。
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理由は、分かっている。
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南門を開けた。
人が流れた。
混乱が移動した。
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そして、
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ここで、崩れた。
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リリアーナが後ろから来る。
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「……起きましたね」
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静かな声。
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だが、
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重い。
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「俺たちの選択で」
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アルノーの声が震える。
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「火が出たんですか」
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リリアーナは少しだけ考える。
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「違います」
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はっきりと言う。
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「火は、元からありました」
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「ただ」
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「場所が変わっただけです」
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アルノーは言葉を失う。
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レオンハルトが到着する。
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「消火を優先しろ」
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兵が動く。
水が運ばれる。
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だが、
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遅い。
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屋根が崩れる。
火の粉が舞う。
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誰かが泣いている。
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「……終わりだ」
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呟き。
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アルノーはその声を聞く。
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その瞬間、
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胸が締め付けられる。
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自分は選んだ。
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止めなかった。
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守れなかった。
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「……これが」
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小さく言う。
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「人が決めるってことですか」
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リリアーナは答えない。
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ただ、炎を見る。
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その代わりに、
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ルシアが言う。
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「違います」
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アルノーが振り向く。
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ルシアは炎を見ている。
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「これは」
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ゆっくり言う。
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「私が遅れた結果です」
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アルノーが言う。
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「でも神託は――」
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「間に合わなかった」
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ルシアが遮る。
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初めてだった。
強い言葉。
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「それが事実です」
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沈黙。
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レオンハルトが言う。
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「結果は同じだ」
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冷静な声。
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「神託でも、人でも」
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「失敗は起きる」
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アルノーは拳を握る。
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「じゃあ……」
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「どうすればいいんですか」
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誰にでもない問い。
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だが、
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全員に向けられている。
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沈黙。
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炎の音だけが響く。
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その時、
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リリアーナが言った。
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「選び続けることです」
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静かな声。
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「間違えることもあります」
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「遅れることもあります」
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「それでも」
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「選ばなければ」
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「もっと壊れます」
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アルノーの目が揺れる。
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簡単な答えではない。
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だが、
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逃げてもいない。
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ルシアは目を閉じる。
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そして、
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開く。
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「……私は」
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小さく言う。
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「神託を続けます」
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全員が彼女を見る。
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「ですが」
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「もう」
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一度、止まる。
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「すべてを決めるとは言いません」
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変わった。
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はっきりと。
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神託官が、
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役割を変えた。
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レオンハルトが少しだけ笑う。
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「面白いな」
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アルノーは炎を見る。
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まだ燃えている。
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だが、
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さっきとは違う。
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ただの破壊ではない。
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何かの結果。
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そして、
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何かの始まり。
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煙が空に上がる。
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星はまだ見えない。
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だが、
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その下で、
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人は選び続けている。
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正しくなくても。
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完璧でなくても。
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それでも。
ここで第三部フェーズ3の一区切りです。
「正しさ」ではなく「選び続けること」がテーマとして明確になりました。
神託・人・力、それぞれの限界と可能性が出揃った形です。
次章では、この選択がさらに大きな舞台に広がっていきます。
物語はここから“世界規模”に入ります。
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ここまで追っていただき本当にありがとうございます。
次章もぜひお楽しみに。




