↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄された悪役令嬢ですが、仕事を奪った王宮が先に崩れました  作者: 水城ルナ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
113/117

第113話 拒否の限界

 カルド・ヴァルグリスは、二度目も一人で来た。今度は、彼女のほうが呼んだ。呼んだのは初めてだった。


 書簡を出したのは、手引きの写しを手に入れた翌日だ。文面は五行で済んだ。伺いたいことがあります、日時はそちらの都合で結構です、と。


 返事は三日で来て、来訪はその四日後だった。中央神殿からここまでは、馬で六日かかる。返事を出したその足で発ったことになる。


 (……速い)


 速さは、誠実さの一種だ。彼女は、それを知っている。三年前、カイエルも同じ速さで動いた。


「手引きを、拝見しました」


「よく書けているでしょう」


「ええ」


 リリアーナは、正直に認めた。認めないほうが不誠実だった。


「手引きの第三章は、私が三年かけて口で説明してきたことより、はっきりしています」


「私は、書くのが仕事ですので」


 カルドは、机の上に手引きを置いた。薄い冊子だ。表紙に発行元はあるが、著者名はない。


「一つ、伺います」


「どうぞ」


「あの手順に、私の資料を組み込みましたね」


「はい」


「許可を求めた覚えはありません」


「求めれば、断られましたので」


 同じやりとりを、二度した。二度目は、一度目より短く済んだ。互いに、相手がどう答えるかを知っていたからだ。


 リリアーナは、指を組んだ。この男と話していると、いつも同じところに引っかかる。嘘がない。誤魔化しもない。事実を並べ、事実に従って動く。彼女が三年間、自分の武器にしてきたやり方と、まったく同じだった。


 同じやり方の人間と対峙するのは、これが初めてだった。


「一つ、確かめさせてください」


「どうぞ」


「あなたは、この手引きを、どこまで配るおつもりですか」


「配れるところまで」


 カルドは、即答した。


「止める理由がありません。止めれば、止めた側が決め方を独占します」


「……ええ」


「あなたなら、そうお考えになるはずです」


 その言い方が、いちばん堪えた。


「私は、関与を拒否します」


 その一言を、彼女は用意していた。三年前の契約に書き足させた条項。自身の判断が政治的に利用される場合、関与を拒否できる。


「承知しました」


 カルドは、あっさり頷いた。


「席は空席のままにしておきます」


「手引きの第三章も、取り下げてください」


「それは、できません」


 彼は、少しも表情を変えなかった。


「あれは、あなたの資料そのものではありません。あなたのやり方を、写して、書き直したものです。取り下げる根拠がありません」


「私が、拒否しています」


「拒否は、参加についての権利です」


 カルドは、静かに言った。


「あなたが参加しないことは尊重します。ですが、あなたが参加しないからといって、世界があなたのやり方を使ってはならない、という話にはなりません」


 リリアーナは、返す言葉を探した。探して、見つからなかった。その条項は、彼女を守るために作った。彼女が巻き込まれないための線だ。世界に対して何かを禁じる力は、初めから持たせていない。


「……ええ」


 彼女は、認めた。


「あなたの言う通りです」


「怒っておられますか」


「怒る根拠が、ありません」


 カルドは、そこで初めて、わずかに姿勢を変えた。


「一つだけ、申し上げます」


「なんでしょう」


「あなたが拒否できるということ自体が」


 彼は、まっすぐに彼女を見た。


「あなたが権力である証拠です」


 空気が、一度、止まった。


「拒否は、影響力のある者にしか意味がありません。誰も気にしない者が拒否しても、何も起きない。あなたが拒否すれば、こうして私が来る。私が来て、説明する。それが権力でなければ、何ですか」


 リリアーナは、答えなかった。


 三年間、彼女は表に立たないことで権力を避けてきた。名を出さず、決めず、旗にならず。そうすれば権力にならないと思っていた。旗になった瞬間に役割は終わる、という一行を、彼女は自分への戒めとして持ち歩いてきた。


 だが、彼女の不在は、すでに世界を止める。


 オルシュの橋が落ちたのは、彼女がまだ私の問題ではありませんと書いたからだ。会議は開かれていた。分類表も貼られていた。手順は守られていた。それでも動かなかったのは、その先を知っている者が、一人しかいなかったからだ。


 一人しかいない者が動かなければ、そこで止まる。動かないことに、それだけの重さがある。重さのあるものは、権力と呼ばれる。表に立っているかどうかは、関係がない。


「……いつからですか」


 彼女は、そう尋ねた。


「私が、そうなったのは」


「知りません」


 カルドは、外套を取った。立ち上がる動作にも、迷いというものがない。この男は、来たときから帰る時刻を決めていたのだと分かった。


「ですが、少なくとも私が異端指定を出した日には、そうでした。存在しないものは、指定できません」


 彼は、扉のところで足を止めた。


「席は、置いておきます。あなたが座らないことも、我々は数えます」


 扉が閉まった。リリアーナは、しばらくそのまま座っていた。拒否権は、生きている。生きていて、何も止められない。


 (三年前に引いた線が)


 その線は、今も正しい位置にある。位置は正しく、意味だけが失われていた。

表に立たなければ権力ではない、と彼女は考えてきました。

動かないことに重さがあるなら、それはもう権力だ、と言われてしまいます。反論の形が、見つかりません。


次回、ルシアのほうが先に答えを出します。三行の返事です。


このあたりが第二部の底です。ブックマークで先までお付き合いください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。