第108話 正しく評価される
三年前、王宮の小広間で、リリアーナは断罪された。
あの日のことを、彼女は正確に覚えている。集められた人数は、判断を既成事実として共有するのにちょうどいい数だった。貴族が数名、文官、騎士団の代表。誰も怒鳴らなかった。誰も彼女を憎んでいなかった。
アルベルトは、正しい判断です、と言った。周りの者も頷いた。彼らにとって、それは処理だった。感情の高ぶりを伴わない、静かで丁寧な排除だった。
あのとき、彼女は何も失っていないと思った。実際、失ったのは役目を終えた立場だけだった。
あの日から数えて、王宮の側から届いたものは、三年で二通だけだった。
一通目は、公爵家宛の形式的な通知。二通目は、去年の秋に来た季節の便りで、差出人の欄には第一王子の書記の名があった。本人の字ではなかった。
彼女は、どちらにも返事を書いた。事務的に、短く。それきりだ。恨んでもいないし、待ってもいない。切った側は、切ったことを忘れる。忘れられるのは、悪いことではないと思っている。
今、机の上に置かれた紙を見ながら、彼女は同じ静けさを感じている。誰も怒鳴っていない。誰も彼女を憎んでいない。ただ、丁寧に、正しく、席を差し出されている。
(……逃げ場が、ない)
三年前、彼女を切った者たちは、切ったことを覚えていない。覚えていないほうが、双方にとって都合がよかった。今度の招請は、覚えている者が出してきた。覚えていて、正しく評価して、席を用意した。
断罪には、逃げ場があった。出ていけばよかった。出ていったあとの世界は、彼女を必要としていた。
この招請には、出ていく先がない。
断れば席は空いたまま残り、決め方だけが配られる。受ければ、彼女は制度の中心に座る。どちらでも、世界は彼女の形で回っていく。違うのは、そこに彼女の名前があるかどうかだけだ。
夕方、ルシアが戻ってきた。オルシュから北へ回って、また来たという。
「顔色が悪いですね」
「そう見えますか」
「はい」
ルシアは、遠慮しなかった。この人はいつも、見えたものをそのまま言う。リリアーナは、紙を彼女のほうへ滑らせた。ルシアは読んで、一度だけ息を吐いた。
「同じ文面です」
「席は、置いておきます、と」
「ええ」
「あなたのものも、期限がありませんね」
「はい」
「期限を切らないのは、親切ではありません」
ルシアは、紙を机に戻した。
「期限があれば、その日までに決めればいい。決めたあとは、考えなくてよくなります。期限がないと、毎朝、考えます」
リリアーナは、そのとおりだと思った。この十日、彼女は毎朝、目を開けた瞬間に席のことを考えている。考えても結論は出ない。出ないまま一日が始まり、夜に同じところへ戻る。
「ご自分は、どうなさいましたか」
「毎朝、考えました。二月です」
「答えは」
「出ませんでした。ただ、考えている自分に慣れました」
ルシアは、器の縁を指でなぞった。
「慣れるのが、いちばん危ないと思います」
「よく、ご存じですね」
「二月やりました」
ルシアは、少しだけ笑った。笑い方が、疲れて見えた。二人はしばらく黙っていた。
「私は」
ルシアが、先に口を開いた。
「排除されているあいだ、自分のやり方を疑いませんでした。疑う必要がなかったからです。外にいれば、外にいることが答えでした」
「今は」
「今は、迎え入れられています。すると、外にいる理由を、自分で言わなければなりません」
リリアーナは、その言葉を受け取った。三年間、彼女は理由を言わずに済んできた。切られた者は、切られたという理由で外にいられる。誰も説明を求めない。
「あなたは、なぜ表に立たないのですか」
ルシアが尋ねた。
「表に立てば、私は権力になります」
「権力になると、何が困りますか」
答えは、すぐに出た。
「私が旗になります。旗になった瞬間に、役割は終わります」
「その役割は」
ルシアは、静かに続けた。
「まだ、必要ですか」
リリアーナは、口を開いた。開いたまま、言葉が出なかった。
必要かどうかを、彼女は一度も検討していない。役割が必要である前提で、その役割を守るために表に立たないと決めた。三年前に決めて、それきり見直していない。
もし、必要でなくなっていたら。守っていたのは、役割ではなく、役割を持っている自分になる。
「……分かりません」
二度目だった。最初に言ったのは、去年の春、この部屋で、カイエルに聞かれたときだ。ルシアは、それ以上追わなかった。器を両手で包んで、窓の外を見ている。日が落ちて、街の輪郭が薄くなっていく。
「切られたときのほうが、楽でした」
リリアーナは、そう言った。自分の口から出た言葉に、自分で驚いた。三年、一度も言わなかったことだった。
「楽、ですか」
「はい」
「痛くはなかったのですか」
「痛みは、ありました」
彼女は、少し考えてから続けた。
「ですが、痛みには、行き先があります。出ていけばよかった。出ていった先が、私を必要としていました」
「今回は」
「行き先が、ありません」
ルシアは、頷きも否定もしなかった。
「正しく扱われるというのは、こんなに、居心地の悪いものだったのですね」




