第106話 招かれる異端
使者は、二人で来た。一人は中央神殿の司祭。もう一人は大陸評議会の書記官だった。二つの組織の人間が同じ馬車から降りてくるのを、リリアーナは窓越しに見ていた。
(……並んで来た)
それだけで、話の重さが分かった。あの二つは、これまで一度も同じ卓についたことがない。神託は制度を認めず、制度は神託を数えなかった。
彼女は、部屋を片付けなかった。片付ければ、迎える構えになる。
「エヴァレット公爵令嬢」
司祭は、丁寧に頭を下げた。
「今は、ただのエヴァレットです」
「それは、こちらの記録の問題です」
書記官のほうが答えた。若い男で、口調に無駄がない。
「公爵家の籍は残っています。記録に残っている名で呼ぶのが、我々の仕事ですので」
リリアーナは、それ以上訂正しなかった。訂正させたところで、彼らは記録を書き換えるだけだ。
二人は、椅子を勧められて座った。書記官が革の筒から紙を出し、司祭がそれを受け取って、机の上に置いた。
置き方が丁寧だった。押しつける動作がどこにもない。
「合同評議を設けます」
司祭が言った。
「中央神殿と、大陸評議会が、同じ卓につきます。議題は、この一年で各地に生まれた決め方の差異です」
「差異」
「ある都市は神託で決めています。ある都市は分類表で決めています。ある都市は、どちらも使わずに止まっています」
書記官が、短く補った。
「差異があること自体は、問題ではありません。差異を数えられないことが、問題です」
リリアーナは、紙を見た。文言は、隙がなかった。目的、構成、任期、決議の効力の及ぶ範囲。範囲の欄には、勧告に留まると明記されている。強制力は持たない。持たないと最初から書いてある。
それが、いちばん巧い。強制力のない勧告は、従わなくてよい。従わなくてよいものに、人は反対しない。反対されないまま、勧告は積み上がる。積み上がったものは、いつのまにか前提になる。三年前、王宮で彼女が使っていた手だ。
文面を組んだ者は、それを知っている。
「持ち帰って、検討いたします」
「どうぞ、ご随時に」
書記官は、それだけ言って筆を置いた。急かす言葉が一つも出てこないのが、かえって重かった。
「起草は、どなたが」
「準備室です」
書記官が答えた。
「準備室には、神殿と評議会の双方から人が入っております。文面は、双方で二十度ほど往復いたしました」
「二十度」
「はい」
「よく、まとまりましたね」
「まとめる手順が、ございましたので」
その一言に、リリアーナはわずかに指を止めた。手順があった、と彼は言った。二つの組織が、二十度の往復で一つの文面に辿り着く。それができる手順を、彼らはどこで手に入れたのか。
聞かなくても、見当はついた。
「差異を数えて、どうなさいますか」
「揃えはしません」
司祭は、はっきりと答えた。
「数えられないものは、いずれ怖くなります。怖くなった側は、必ず潰しにかかる。そうなる前に、数えておきたいのです」
「私に、何を」
「席を、一つ」
司祭は、二枚目を出した。
「常任です。任期は設けません。出席の義務もありません」
「義務のない席とは、何ですか」
「あなたに、そこにいていただくことです」
リリアーナは、指を組んだ。
(何もしなくていい席)
それは、彼女が三年かけて避けてきたものの、ちょうど裏返しだった。彼女は表に立たないことで機能してきた。名を出さず、決めず、渡すだけで済ませてきた。
この席は、その全部を許している。決めなくていい。出席しなくていい。ただ、そこに名前があればいい。
名前があれば、それは彼女の卓になる。
「断った場合は」
「何も起きません」
書記官が答えた。
「席は空席のまま残ります。合同評議は予定どおり発足します」
「では、私は不要では」
「不要なら、伺っていません」
司祭が、静かに言った。
「あなたのやり方は、すでに各地にあります。我々はそれを止められませんし、止める気もありません。ですが、数えられないものを、そのままにはしておけない」
リリアーナは、目を伏せた。止められない。だから、数える。数えるためには、数えられる場所に置かなければならない。置くためには、名前が要る。
筋が通っていた。悪意も、脅しも、一つもなかった。
「お答えは、いつまでに」
「期限は設けておりません」
司祭は、頭を下げた。
「席は、置いておきます」
その言葉に、リリアーナはわずかに顔を上げた。二日前、同じ言い回しを聞いたばかりだった。二人が帰ったあと、彼女は紙を最後まで読んだ。
末尾に、発起人の署名が並んでいる。大陸評議会の議長代行。中央神殿の総務長。三つ目に、見覚えのある名があった。
カルド・ヴァルグリス。彼女は、その名を長いあいだ見ていた。ヴェルクで人が焼けた日、この名は広場の全員の口に上っていた。神託国家という言葉を最初に言った男。答えを配り、外れた答えを誰にも直させなかった男。
一年経って、その男が、二つの組織を同じ卓に着かせている。
(……手段を、変えた)
彼女は、紙を伏せた。伏せてから、伏せても意味がないことに気づいて、また表に返した。




