第三十五話 宿で一休み
もの凄く疲れているのだが、今意識は耳に集中している。
「しょーえー、むぢゅかしい顔れす、ろうしたれすぅ?」
かなり間近でエーカが翔英の顔を覗き込んでくるが、翔英は泥だらけのまま床に座っていた。
理由はある。
男であれば、この状況であれば誰だって耳に意識を集中していたはずだ。
デデレデがシャワーを浴びているのだ。
彼女は蛇口を見るのも初めてだったし、シャワーと言う存在も知らなかったのでかなり事細かな事まで聞いてきた。
デデレデの事なので、また罠を疑われるかと思ったのだが、今回はすんなり話が済んだ。
一応エーカの回復魔術でデデレデの左肩を応急処置した後、泥を洗い流すと言う事でシャワーを浴びさせている。
そう、デデレデがシャワーを浴びているのだ。
あの超絶美少女で鎧の上からはともかく、服の上からだったら十分に分かるスーパーボディーのデデレデが、全裸でシャワーを浴びている。
そう考えると、右足の痛みもどこかに飛びそうだし、そんな事を気にしていられないくらいに耳に集中していた。
「しょーえー、足を見せるれすぅ」
エーカに言われて、翔英はブーツを脱ぐ。
「しょーえー、足、痛くないんれすか?」
「痛いよ」
「うん、見ればわかるれす」
エーカに言われ、翔英は自分の足を見る。
右足首にソフトボールでも入れているのかと思うくらい、目を疑うレベルで腫れ上がっていた。
「うおぁあ! 何じゃこりゃぁ!」
翔英は思わず叫び声を上げる。
患部を見ると、これまで意識していなかった痛みが急激に襲ってきた。
「あははは、なんじゃこりゃーって、あははは!」
エーカの中でヒットしたみたいで、爆笑している。
「いやいやいや、笑い事じゃ無いって! めちゃくちゃ痛いって! マジで痛いんだって! 助けて、エーカちゃん! いぃったいんだって!」
「ショーエー! どうしたの!」
翔英の悲鳴を聞いたデデレデがシャワー室から飛び出してくる。
「おい、小さいの! ショーエーに何かするつもりか!」
「わぁ! 何れすか!」
デデレデがシャワー室から飛び出して来て、エーカに掴みかかる。
それに対してエーカは素早い動きで、翔英の後ろに回り込む。
「おい、小さいの! ショーエーから離れろ!」
「しょーえー、何言ってるか分からないれす!」
言ってるのは僕じゃないけどね、とツッコミを入れても良かったのだが、現状はそれどころではない。
全裸のデデレデが飛び出して来て、今目の前にいる。
デデレデの濡れた長い深緑の髪が、同じように濡れた肌に張り付いている。
しかも相手が小さなエーカなので、少し前屈みになっているせいもあって、細身なのに圧倒的な存在感を誇る胸がばいんばいん跳ね回っているのだ。
(これはもう見るだろう。見るしかないだろう! 仕方が無い事なんだ、これは不可抗力なんだ!)
エーカとデデレデの追いかけっこを見守りながら、翔英は目の前の問題に対して傍観する事に決めた。
難しい選択だった。
何しろこれを止めないと言う事は、翔英への治療が遅れる事になり、右足の激痛は収まる事は無い。しかもデデレデと一緒にシャワーを浴びれない以上、翔英はすっかり乾いた泥を落とす事も出来ない。
が、それでも敢えて傍観する事にしたのだ。
どれほどの痛みであっても、耐えると言う決意。
これは仕方が無い、男の決断だった。
苦渋の決断だったし、これは翔英の人生の中でも最大級の譲れない決断でもあった。
「おい、耳女。いつまで裸でうろつくつもりだ」
全てを台無しにする赤い眼の剣の一言で、デデレデは動きを止める。
それから目を丸くして自分の姿を見て、それから見る見る紅くなり、翔英を睨みつけてくる。
嫌な予感しかしない。
「あ、あの、デデレデさん?」
翔英は恐る恐る質問してみるが、それはデデレデの悲鳴と右ストレート以外の答えは帰って来なかった。




