第二十七話 族長に会う
「起きている?」
夜になってデデレデが翔英のところに来た。
元々が群を抜いた美少女なデデレデなのだが、この夜の彼女は違っていた。
長い深緑の髪を複雑に編み込み、素晴らしく複雑ながら恐ろしく美しくまとめてある。
昨日の沼で助けた時は胸当てとショートパンツにブーツと言う軽装だったが、今夜は髪の色より青味が強い、細かいながらも上品な装飾のついた軽鎧を身に付けている。
同じような篭手とブーツに包まれているものの、下半身はやはりショートパンツなので太ももはむき出しであるため、露出は少ないながらもいい感じに見える。
見えるのだが、さすがにそこまで気合を入れられると萎縮してしまう。
族長に会うためにはここまで正装しないといけないのか、と翔英はデデレデに見蕩れながらもそう考えていた。
「ど、どうかしたの?」
呆然としている翔英に対し、不審そうにデデレデが言う。
「い、いえ、気合入ってるなと思って」
「そ、そう? 私は特に意識していないつもりだけど?」
デデレデは首を傾げている。
どう考えても不必要に気合が入っていると思うのだが、本人がそうでもないと言うのであれば、案外そうでもないのかもしれない。
大富豪と貧乏人の普段着の違い、というモノだろう。
翔英はそう判断する事にした。
「そ、それより、族長にお会いする事が許された。お前にも来てもらうわよ」
「はい、わかってます」
「ただし、その剣の事はしっかり抑えておきなさい。族長への失礼は許さないからね」
デデレデは翔英に、というより赤い眼の剣に念を押す。
この剣であればやりかねないところもあるので、翔英も気を付けておかなければならない。
この剣の支配力がさほど強くないと言う事が有難いところだ。
「気を付けておきます」
翔英は腰に下げる赤い眼の剣を見て、デデレデに答える。
デデレデは頷くと、翔英を伴って族長のところへ向かう。
元々集落はかなり狭い上に人数もそう多くないので、族長の住むところと言っても見た目には集落の中に点在する建物の一軒でしかない。
「デデレデです。入ります」
ノックした後、デデレデは扉を開いて入っていく。
普通こう言うのはノックした後は向こうの返答を待つモノではないのかと翔英は思ったのだが、そこは文化の違いがあると言う事も考えられるので余計な事は言わないようにする。
デデレデに続いて翔英も入っていくが、この建物は族長の生活スペースではなく言うなら接客スペースみたいなモノだった。
建物自体がそれほど大きくないのだが、建物の中に物が少ないのでけっこう広く感じられる。
あるのは部屋の奥にデスクと椅子くらい。
つまり族長だけは座り、他の者達は立ったまま接すると言う事であるのだが、翔英にはそれは失礼な事に思えなかった。
沼の一族の族長と言うのが翔英の予想していた人物とかけ離れていたからだ。
ここの建物の中には、デデレデと翔英を除くと三人いた。
まるで仁王像の阿吽のような二人が族長のボディーガードと言うのは見た瞬間に分かる事ではあるが、族長は全く違った。
老人だった。
エルフな見た目の沼エルフではあるのだが、この族長とボディーガードだけは翔英の知るエルフとは掛け離れている。
阿吽の二人はエルフと言うより仁王だし、妖精の一種であったはずのエルフは不老長寿であり老化には恐ろしい時間が必要だったはずだ。
もちろんこの族長が百万年か一億年か生きている事も考えられるのだが、こんな寿老人みたいなエルフと言うのは見た事も聞いた事も無い。
そもそもこの族長がこちらを認識しているのか、その前に起きているのかも心配になる。
「おやおやデデレデ、何の用だ?」
素晴らしく男らしい低音のハリのある声ではあるのだが、翔英の中では誰の口も動いていなかった気がした。
声の感じから阿吽のどちらかだと思うのだが。
「族長、この者が街の庇護を提案してきました」
「ほうほう、ではその彼がデデレデを助けた者と言う訳か」
族長がぷるぷる震えながら、翔英の方を見る。
「え? 今喋ってるの、族長?」
「お、お前は何て失礼な事を!」
「構わん、構わん」
族長は震えながら右手を上げる。
いくらなんでも、声と外見が一致し無さ過ぎる。
これはもう、御簾か何か越しに声だけ出した方が良いのではないかと思うくらいだ。
声にはハリがあり恐ろしく精悍な雰囲気はあるのだが、族長を見ていると声が震えないのはどこか別のところでアテレコしてるからとしか思えないほど震えている。
「さてさて、どうやって街の庇護を得ようと言うのかね? おそらく街の者達は我々の事を必要とはしていないと思うのだが?」
凄い違和感はあるのだが、状況証拠だけで言えばやっぱり族長が喋っているのだろう。
まだ阿吽のどちらかが腹話術をしているとか、この寿老人エルフが影武者で本物の族長は声だけ飛ばしている可能性もありはするが、そこを追求しても意味は無い。
そんな事より、族長の言っている事の方が大きな問題である。
「どうなのかな?」
「街にとって、夜のリスクは無視出来ないモノです。この集落がいかにして夜を過ごしているのかと言うのは、街にとっても有用な情報だと考えてます。ここの一族の全てを庇護してもらえる魅力は十分あるのでは無いでしょうか」
「ふむふむ。面白い事を考えているが、その情報はすでに街の面々は持っているモノだったらどうするのかね? もう持っている情報に新たに価値があるとは思えないのだが、その点はどう考えているのか、聞かせてもらえるか?」
族長の言葉に、翔英は目の前が真っ白になった。
その可能性は全く考えていなかった。
(ギルドマスターはこの選抜試験を言い渡した時に何と言っていた? また沼の一族が集まっていると言っていなかったか? また、と)
ギルドマスターの言葉から考えると、今回が初めての脅威とは考えられない。
初めての脅威であれば、選抜試験ではなく選抜隊、場合によっては隊長やマスターが自ら乗り出してくると言う事までは考えていた。
翔英が考えたように、夜の過ごし方と言う秘密を探ろうとした人物もいたかもしれない。
昼間にデデレデを呼びに来た男性も、前に召喚人と思われる人物との接触があったような事を匂わせていた。
では、この情報は無価値で、沼の一族の庇護は不可能なのか?
「そうなんですか?」
「そうそう、それだったらどうするのかね? やはり庇護はできそうにありませんとなった場合、我々の無力化と言うのは皆殺し以外に方法は無いと思うのだが」
族長の言う通りかもしれない。
そうだったら、デデレデと殺し合う事になるのか?
翔英は隣に立っているデデレデを見る。
(いや、それはダメだ。と言うより無理。こんな美少女を剣で切るとか有り得ない。何かあるはずだ)




