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第二十八話 意外と怖い族長

「どうした、どうした? 君の正直な意見を聞かせてもらえるかな?」


 族長の声に凄みが増す。

 見た目は寿老人エルフなので怖くは無いのだが、声の迫力は尋常じゃない。

 さらに阿吽がデスクの前に出てきたので、物理的プレッシャーも跳ね上がった。


「この爺、見た目と違って怖いじゃないか」

「おーい、また声が出ているぞ」


 赤い眼の剣に言われ、慌てて翔英は口を手で押さえるが、すぐ隣でデデレデが凄まじい表情を翔英に向けていた。

 この瞬間で言えば、爺さんや阿吽よりデデレデの方が圧倒的に怖い。

 精神的に余裕が無くなった時には声が出やすくなるみたいなので、今後は気をつける事にしよう。


「聞き間違いか? 凄まじく失礼な事を言っていたような気がしたのだが?」

「あ、あの、何と言いますか……」

「聞き間違いなのか? そうなのか?」


 表情で言えば確実に聞こえているのがわかるのだが、こうやって惚けてくれているという事はもう一度チャンスをくれるという事だろうか。

 それともここは自分の非を認めて誠実さを示すべきか。


「す、すみません」

「何に対して謝っているんだ? 私の聞き間違いでは無かったという事か?」


 ヤバい。これは本格的にヤバい。

 デデレデも族長と同じようにプルプル震えている。

 原因は全く別だという事が分かるので、余計に怖い。


「どうなのだ?」

「すみません。今後言葉には気をつけます」

「うむ。分かれば良い」


 怒りの表情のまま、デデレデはそっぽを向く。

 これは正解の反応、とは思えないのだが今はフォローのしようもない。


「若い、若い。イイ物を見せてもらったが、まだ答えを聞いていないので答えてもらえるか?」


 沼エルフは引く事を知らないみたいだ。

 この調子なら街でもギルドマスターともやり合いそうだ。


「なるほど、なるほど。召喚人の若者、君の抱える大きな問題、むしろ致命的な欠点が分かった気がするぞ」


 族長は笑っているような声で言う。

 表情はほとんど変わっていないし小刻みに震えているのも変わらないので、本当に笑っているかどうか分からない。

 しかし、今更翔英の欠点と言われても山ほどあるので、翔英自身もどれか分からないレベルである。


「さてさて、答えを聞かせてくれないかね? ショーエー君、だったかな?」


 もし沼エルフの夜の過ごし方を街のメンツが知っていればどうするか。

 情報と言うものは賞味期限が極端に短いが、その賞味期限期間中は極めて高価な物である。

 今回の情報がもし賞味期限切れだった場合。

 それで取引は不可能だ。その場合、沼エルフの無力化は皆殺しと言う方法に頼る事になり、おそらくデデレデもその中に含まれる事になる。

 むしろデデレデの性格から考えれば真っ先に最前線に立って殺される事になりそうだ。

 この答えは沼エルフと言うより、デデレデを救う答えである。

 彼女を救いたいのか。

 翔英はデデレデを盗み見る。

 今もへそを曲げているみたいで腕を組んでそっぽ向いているが、めっちゃ可愛い。

 基本的に怒っているところしか見ていないのだが、デデレデは沼エルフの中では翔英に協力的で、危険人物であるはずの翔英に凶器である赤い眼の剣を返してくれた。

 考えろ、沼エルフを、最低でもデデレデだけでも救う方法を。


「何とかします」

「うむうむ、それはどうすると言うのかね?」

「仮にこちらの夜の過ごし方が街に届いていたとしても、街は夜を安全に過ごせていない。だったら、この一族の防衛力をそのまま街に引き入れる事で結果として街の庇護を受ける事が出来るのでは無いでしょうか」


 思い付きだったが、我ながら良い方法だと翔英は心の中で自画自賛する。

 それなら好戦的なデデレデなどは真っ先に戦いたがると思うし、翔英はともかく、あの狩人や魔術師のような戦力を必要としているのであれば、沼エルフの戦闘能力にも魅力はあるはずだ。

 我ながら大したモノだと思う。

 おそらくどんなに時間をかけても、これ以上の答えを翔英は出せないだろう。


「ほうほう、なるほどなぁ」


 族長は感心したように何度も頷いている。

 手応え十分。


「つまり君は何もしないと言う事だな」


 族長の声が恐ろしく冷たく感じる。


「え? ど、どうしてそうなるんですか?」

「いやいや、そうだろう。街に対し情報を提供するのは我々。もしその情報が無かったとしたら、我々は労働力として街の庇護を得ると言う。そこに君の出番は無いだろう。君はどう関わるつもりかね」


 族長の声は男らしく張りもあるので、分類としては熱い声と言えるのだが、今は氷の槍の様に刺さってくる。

 しかも刺さったところは痛みだけではなく凍傷まで起こしそうである。


「それは……」

「君の言葉は言葉であって、行動を決める指針にはなりえない。残念だが、そんな人物に一族の命運は委ねられない。デデレデはどうするのだ?」

「私、ですか?」


 急に水を向けられ、デデレデはかなり驚いている。

 しかしそこは生粋の戦士であるデデレデなので、立ち直りも早い。


「私はこの者に命の借りがあります。どんな形であったとしても、その借りを返さなければなりません」


 凄い男らしい宣言だ、と翔英は感心する。

 それくらい言えれば良いのだが、翔英には真似出来ない。


「か、勘違いしないでよね。別にあんたの為じゃないんだから」


 デデレデはまた赤くなってそっぽを向く。


(そうか、僕の為じゃないのか。危ないところだった。あやうく勘違いするところだった)


 翔英としてはデデレデが好意からそう言ってくれているのかと思いたかったが、そう言う事ではなく戦士としての矜持のようなモノらしい。

 勘違いするなと念まで押されたので、勘違いしないようにしなければならない。

もう少しで赤っ恥をかくところだった。

 それこそラノベでもあるまいし、こんな美少女から好意を向けられるはずがないと言う事を、翔英は知っている。

 今となってはフィクションでも聞く事の無くなったセリフではあるが、リアルで使われる場合、わりと本気で勘違いしないで欲しい時のセリフである。

 例えばギルドの受付、ウェテトーレと話しているとまさに勘違いしそうになるが、彼女は誰に対しても柔らかく魅力的な態度を取るので危ういのだ。

 デデレデの場合、基本が刺々しいのでこうやって肩を持たれると好意があるのかと勘違いしそうになっていた。

 物凄く凹むが、言ってもらって良かったと思うべきだろう。


「うむうむ、それが若さだな。素晴らしい。デデレデ、君に夜の魔物の避け方を教えよう。それをどう使うかは君次第だ。出来れば召喚人に教えたかったのだがな」


 族長の言葉が耳に痛い。

 族長は族長なりに翔英を信じようとしてくれたみたいだったが、翔英はその期待に応える事が出来なかったと言う事だ。

 それでもデデレデに情報を与えていると言う事は、合格はもらえなかったが一発落第と言う事ではなく、追試のチャンスはもらえたみたいだ。

 族長がデデレデを呼び耳元で何か囁いている時、高らかな笛の音が響き渡る。


「おやおや、敵襲か。デデレデ、任せられるか?」

「お任せ下さい。ショーエー、戦えるでしょうね」

「誰に向かって言っている」


 答えたのは赤い眼の剣である。

 赤い眼の剣にとってはまさに愚問であるが、翔英にとってはわりと大きな問題だ。


「敵は?」

「見ればわかるわ。行くわよ」


 翔英の質問にデデレデはそう答えると、翔英の手を引いて建物から出る。

 そのままデデレデに連れられ、翔英は集落の入口にやって来た。


「敵は何?」


 デデレデは翔英の手を掴んだまま、集落の出入り口を守る沼エルフの青年に尋ねる。


「グールですが、数が多いです。しかも……」


 沼エルフの青年は答えかけて、デデレデだけでなく翔英もいる事に気付いて途中で言葉を切る。


「構わない。コイツは私達に味方すると言っている」

「見れば分かります」


 そう言われ翔英とデデレデは、沼エルフの青年の視線を追う。

 集落の入口は上り坂になっているのだが、その坂道を枯れ木人間の群れがゆっくりと上ってくる。

 数も多い。

 見た目が枯れ木であり、今が夜と言う事もあって正確な人数を数えるのは困難であるが、かなり多い事は分かる。

 少なく見積もっても二十を下回る事は無い。

 その上、異常に目立つ物体が一体混ざっている。


「……ティガー、だと?」

「いえ、ティガーのグールだと思われます」


 デデレデの言葉に、沼エルフの青年が答える。


「さて、ここはお手並み拝見だな。口ほどの事が出来るか、見せてもらえるのかな?」


 赤い眼の剣の言葉だった。

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