第二十四話 二人でお話
どう考えても楽しくお喋りする為に二人きりになりたい、と言う雰囲気じゃない。
沼エルフの美少女は、ここなら必要に応じて血の海に沈めてやるぜ、とでも言うような表情をしているのも無視出来ないが気にしないようにする。
この部屋には文字通り何もなく、チキンサンドみたいな味がした何かとフルーツの味のする飲み物を載せていたトレイも無くなっていた。
翔英がこの建物を出てすぐのところに彼女は立っていたので、その時に回収させたのかもしれないが、それは別にどうでもいい。
椅子も机もベッドも無いただの部屋で、強いて言えば敷物が一枚あるだけで、それも出たときには敷きっぱなしにしていたはずだが、今は綺麗に折りたたまれている。
沼エルフは几帳面らしい。
散らかし放題にしてても片付けてくれるのかな、と思うので、今後も敷物は敷きっぱなしでも大丈夫そうだ。
そんな訳で折り畳まれた敷物を広げると、そこに彼女を座らせようとしたが、彼女は睨んだまま立っている。
「私が座って、お前が立っている? ふざけたことを言うわないで。何故お前に有利な状況で話さなければならないの」
何故そうなるのかはわからないが、どうやら翔英が彼女を罠に嵌めようとしていると思われているみたいだ。
「召喚人の中にも知っている者はいたが、お前は知らないみたいだから教えておこう。よほど特殊な武器でもない限り、戦闘になる場合には座っているより立っている方がスムーズに動けるものだ。戦闘になる事を警戒しているのなら、当然立ったままの方が良いだろうと言う程度の話だ」
赤い眼の剣が教えてくれるが、なるほど、まったく信用されていないと言う事だ。
いや、そんな事ではなくもっとポジティブに考えるんだ、と翔英は自分に言い聞かせる。
例えば、ここでは翔英と彼女は二人きりな訳なので警戒するのは当然である。
別にここで剣を抜いて戦おうとしてる訳では無い。
「それで、何を話すつもりだ」
物凄く話を振りづらい中で、さらに話しにくくなる言い方で彼女が急かす。
どんな話が良いだろう、せめて選択肢が出てもいいんじゃないかと言いたくなるが、ここでは口には出さず、心の中だけで抑える。
(これはまず間違いなくスタートイベントだ。ここで正しく選択すればフラグが立って好感度アップのイベントになるに違いない。さあ、考えろ、考えろ僕。ここは超重要だ)
翔英は考え込む。
彼女の興味有りそうな事は何だ? 戦闘の事か? いや、それは論外だ。そんな話を振ったら、彼女は大喜びでその話に乗って武器を構えてしまう。
なので、無難な話題を振るべきではないか、と翔英は判断した。
「好きな食べ物とかありますか?」
「それがお前に何か関係があるの? 毒でも仕込むつもりなの?」
ダメだった。
だが、まだ会話イベントは続いているのでチャンスはある。
問題は選択肢が出ない事と、セーブして失敗した時にやり直す事が出来ない事。
「デデレデ、ちょっと良いか?」
翔英が悩み彼女が壁に寄りかかって腕を組んでいるところに、別の沼エルフがやって来る。
イケメンだった。
宿のエルフの美男子に似ているが、宿の彼より厳ついし現場ならではの荒事慣れした雰囲気を身にまとっている。
彼女と同じように剣を下げているが、幅広の剣で無骨さもある。
「何か用なの?」
「ああ。風の結界を張らせたな。何故だ」
「襲撃者の気配を感じたからよ。警戒するに越した事は無いわ」
「その男の手引きではないか?」
「それは無いわ」
彼女は即答の上に断言する。
確かに翔英が手引きしていたのなら赤い眼の剣に彼女を助けたりさせないし、それに手引きするくらいなら赤い眼の剣を取り返した時点で行動に移っている。
彼女はそれを知っているし、翔英がそれを再三止めている事も知っているので即答出来たのだ。
「デデレデ、お前はまだ若いのだからそう言うモノなのかも知れないが、命を救われたからと言って、その人物が完全に信頼出来る訳ではないのだぞ? 実際前にも……」
「わ、分かってるわよ! 言われるまでもないわ!」
いきなり彼女は慌て喚き散らす。よく見たら顔も紅くなっている。
今の会話のどこにそんな激昂する要素があったのか翔英には疑問だが、顔を真っ赤にするくらいだから、よほど頭に来る事を言われたのだろう。
「いいからあっちに行ってよ!」
彼女の口調もどこか子供っぽくなっている。
キャラ作りも上手く言っていないくらい頭に来たと言う事だ。
「しかしな、デデレデ」
「うるさい! 自分の事くらい自分で責任持てるわよ! いいからあっちに行って!」
「ああ、分かった。おい、貴様。デデレデが騙されやすいからといって、彼女を利用するのは許さないからな」
「あー! もう! 余計な事言ってないで、さっさと行ってよ!」
ブチキレた彼女は、文字通り沼エルフの男性を蹴り出す。
彼が出て行った後も、彼女は真っ赤な顔で鼻息を荒くして唸っている。
「えっと、デデレデと言うのが貴女の名前ですか?」
「だったら何よ!」
噛み付きそうな勢いで、彼女が叫ぶように言う。
変わった名前ではあるが、それは翔英が異世界人だからそう感じるのだろう。
「僕はショーエイです」
「ショーエー? 変な名前ね」
身も蓋もないとはこの事だ。
相手の名前を一方的に知っているのが余計な事にならないかと心配して名乗ったのだが、いきなり一刀両断に切り捨てられた気分である。
しかもデデレデは翔英の名前をブツブツ言っているので、呪いか何かをかけられているのかと心配にもなってくる。
時々笑うような表情にもなるので、余計に何をブツブツ言っているのか気になるところだ。
「特に意味があるような言葉ではないがな。お前の名前を繰り返しているぞ」
彼女の言葉が聞き取れるらしい赤い眼の剣だがまったく興味が無いみたいで、彼女の言葉に対してその程度の事にしか考えていない。
まあ、戦いに関しては赤い眼の剣に一任するしかないので、そこは翔英も気にしない事にした。
案外発音が難しいので練習しているのかもしれない。
そう考えれば『デデレデ』と言う名前も沼エルフはともかく、翔英にはとっさには正確に発音出来るかわからない。
単純に噛みそうな名前である。
「まったく、それでショーエー。お前は街から来たはずだが、何が目的でこの沼に来たの?」
まだ怒っているのか耳まで赤くなっているデデレデが、翔英を睨みつけたまま尋ねる。
その話は数時間前にこの場で説明したと思ったのだが、その時には聞く耳を持たなかったと言うか、そもそも聞く気が無かったと言う事だ。
「僕は街から沼の一族の無力化を申し付けられましたから、ここに住む人達全員に街の庇護を受けて欲しいと思っています。その取引材料として夜の過ごし方を提供してもらえれば、多分大丈夫だと思うんです」
「しかし、街の者であれば夜の魔物など恐れずに済むのではないのか? 事実我々をはるかに凌駕する戦闘能力を持つ者もいるだろう」
その通りだと思う。
もし街が本気でこの沼の一族を危険視しているのなら、選抜候補ではなく選抜隊を向かわせるはずだし、本気だとしたら『隊長』やマスターが自ら乗り出してくるはずだ。
それが選抜候補の選定として利用されるのだから、そこまで危険度の高さや優先順位では無い。
なので、十分に街の庇護を受ける事は出来ると翔英は考えていた。
「でも、街の有力者であるマスターは夜の安全性について確信を持てていないみたいだった。どんな情報であったとしても、そこに魅力があれば取引に応じてくれると思いますよ」
「私個人の問題であればそれを信じる事も簡単でも、一族全体の事となると、さすがに私の一存では決められないわ」
デデレデは慎重な事を言う。
ちょっと意外だった。
彼女の事だからまた大上段から切り落としてくるかと思ったのだが、今回は向こうから話を振ってきただけあって会話するつもりがあるみたいだ。
「具体的に夜の過ごし方と言うのはどういう感じですか?」
「それは……」
答えようとしたデデレデだったが、突然何かに気付いたようにハッとして翔英を睨みつける。
「私から情報を聞きだしたら用済みと言う事? 油断ならないわね」
そんなつもりは無かったのだが、今の質問は確かにそう受け取られても不思議じゃ無いかもしれない。
迂闊と言えば迂闊な質問だった。
せっかく好感度が上がりそうだったのだが、またフイにしてしまったかもしれない。
「でも、その話は族長の耳にも入れておいた方が良さそうね」
いや、まだイベント継続中みたいだ。もうミスれない。
翔英はデデレデの方を見て考える。
(ここはやっぱり戦闘か? あの枯れ木人間を相手に戦って、撃退したら信用されるんじゃないか? でも、そのためには都合よく枯れ木人間が襲撃してこないといけない。昨日やり過ぎたかな?)
翔英はそんな事を考えるが、もしやり過ぎたと言うのなら翔英ではなく赤い眼の剣であるし、あの時に圧倒的な戦闘能力を見せたからこそ警戒されているとはいえデデレデの命の恩人と言う立場につく事も出来た。
そう考えれば、悪くない状況である。
なので、前の事を振り返ってああだったらこうだったらと悔やむのではなく、今から何をするかが重要なのだ。




