第二十一話 赤い眼の剣が戻ってきたので
「僕が無警戒でした。すみません」
「どうしたんだ、急に。何か思うところでもあるのか?」
赤い眼の剣は警戒するように言っている。
夜に現れたもう一人の翔英は、この赤い眼の剣が見せた幻影かとも思ったのだが、この反応はそう言う事は無いみたいだ。
「だがな、ここの連中を無力化すると言うのなら皆殺しがもっとも効果的で手っ取り早い。お前がやる気なら、今すぐにでも始めるぞ」
「それは最後の手段ですから。それに気になった事もあるんです」
「何だ? お前でも気になる事があるのか?」
随分と失礼な驚き方だ。
やはりもう一人の翔英の正体は、この赤い眼の剣ではないかと思える。
「ここは街と比べて防衛力が高いとは思えないけど、夜の魔物に襲われる事は無いんでしょうか」
「さあな。少なくとも一晩は無事だったぞ」
「この建物とか入口の門なんかは、一日で全て完成させられるモノじゃ無いでしょう。何か夜の魔物を避ける方法を、ここの人達は持っているのではないのでしょうか。それがあれば切り札としてギルドマスターとも交渉出来ると思います」
「お前が思うのは勝手だが、ここの連中が街の庇護を求めるか、それに切り札としての価値をギルドマスターが認めるかは別問題だがな」
鋭い。
赤い眼の剣の突っ込みは、翔英も不安だったところだ。
沼の一族が街と交渉するのはまだ良いとして、ギルドマスターが切り札に価値を認めないと言う事は十分考えられる。
しかし、夜に行動出来る選抜隊まで組織しているくらいだから、夜の危険が少しでも減る可能性があるのであれば、無視出来ないはずだ。
沼の一族の人口がどれくらいいるかわからないが、街にはまだ余裕があると思えたし、難民の受け入れくらいは出来る余力もあると思う。
基本的に失敗する要素は無い、だろう。
一応の行動の自由は許されているので、まずは食事を済ませる事にする。
見た感じはサンドイッチに近いが、残念ながら謎の食材を挟んだ謎の食材と言うのが本当のところである。
飲み物に関しても、ぱっと見には泥水みたいに見える。
ただ、見た目には相当キツいが、匂いはフルーツみたいな甘酸っぱい香りなので、けっこうイケそうな気がする。
毒、と言うリスクもあるかもしれないが、ここで翔英を毒殺する事にあまり意味は無いと翔英は考えていた。
空腹の事もあったので、翔英はまず飲み物の方から口をつける。
どろりとした液体であるが、味はいくつものフルーツが混ざったような味で、悪くない味だ。
リンゴやオレンジ、キウイなどの皮を剥いてミキサーに入れたモノをグラスにそのまま移したような感じで、普通に飲める。
謎の食材のサンドイッチ状の食べ物の方も、歯応えはかなり固いが味の方は相当スパイシーなチキンサンドと言う感じで、辛いものが苦手ではない翔英としては美味しく頂けた。
ただ、食材に関しては考えないようにする。
またもう一人の翔英が現れたとしても、これについて考えていない事を怒られる事もないだろうし、さすがにそれについて文句を言われても無視して良いはずだ。
あの夜にもう一人の翔英が現れてから、少なくとも今は物事を深く考えようとしている。
今日はまず、現状の把握から始めようと思っていた。
翔英の言葉を信じてもらうには、やはり実力を示す事が一番である。
もちろんその実力は赤い眼の剣による戦闘能力に頼る訳だが、それにもこの牢改め翔英の為の建物の中と言う訳にはいかない。
食事を終えて、翔英は建物を出ようとする。
「お? 外に出るのか?」
意外そうに赤い眼の剣が声をかけてくる。
「そのつもりですけど、何かマズイ事が?」
「いや、お前が自分から行動を示すと言うのがとことん珍しくてな。街ですらあの小さいヤツから引っ張られなければ外にも出ないようなヤツなのに、ここで自分から外に出ようとするとは思えなくてな。何かあったのか?」
「いや、まあ、また自分に文句言われたくないと言いますか、僕もやれば出来る子なんだと思ったりとか」
「自分で言っているあたりは、出来る子ではないだろう」
やっぱり昨夜の翔英の正体は、この赤い眼の剣じゃないのかと思う。
言葉でも切れ味抜群で、本気で凹みそうになる。
とはいえ反対されている訳ではない。
口論しても翔英では赤い眼の剣には勝てそうに無かったので、建物を出る。
驚くほど近くにエルフの美少女が待っていたので、飛び上がりそうになった。
どこまでもビビリな翔英である。
「どこに行くつもり?」
「ちょっとソコまで、とでも言いますか」
咄嗟にしては上手い事言えたんじゃないか、と翔英は期待してエルフの美少女の反応を伺ったが、エルフの美少女は露骨にため息をついて呆れている。
ダメだったらしい。
この露骨な反応も十分凹む。
この世界に来て翔英に好意的な反応をしてくれたのは、エーカやウェテトーレといった街の女性陣だった事を思い出す。
まあ、ウェテトーレは仕事だからと言うのは否定出来ないが、エーカは甲斐甲斐しく翔英の世話をしてくれた事を考えると、エーカは間違いなく翔英の味方だった。
「一人でウロウロさせないわよ。私が見張っているからね」
エルフの美少女は腕を胸の下で組み、翔英を睨みつけながら言う。
昨夜は胸当てを付けていたので気付かなかったが、彼女の細い腕の上にのっしりと重量感たっぷりに乗っている物体が凄く気になる。
全体的に細身な彼女なのだが、薄めのシャツを押し上げ、細い腕に重そうに乗っている物体を見る限りでは、ウェテトーレに負けず劣らずの巨乳みたいだ。
露出度の高かったウェテトーレは一目見てソレとわかったが、エルフの美少女は露出度の低い服だったので気付かなかった。
ただ、分かってしまったらついつい目が行ってしまう。
エーカの頭くらいあるんじゃないかな?
「何よ、私に何かあるの?」
「あ、い、いえ、見張ってると言う事は、僕と一緒に行動するって事ですか?」
「そうよ。下手な事はさせないからね」
と言う事は、デートのようなモノだ。
翔英は無理矢理にでもそう思う。
考えてみると、この世界に来てから女子との密着率も凄く高まっている。
最初はウェテトーレに肩を借りた時で次はタグを付けてもらう時、選抜候補が集まった時に大女に肩を抱かれた時、今睨んでいるエルフの美少女に肩を貸した時などだ。
これまでの十七年でまったく経験した事が無い。
それで言えば生き物の心臓を摘出したり生首拾い、命懸けで戦闘したりも経験は無いが、そこは考えないようにする。
もう一人の翔英は考えない事を責め立ててきたが、こう言う時に都合のいい使い方も出来るので、ある意味特技と言えなくもない。
「それで、どこを見て回るつもりなの?」
「目的と言える目的地は特に無いです。一先ずここを見てまわろうかと思いまして」
「何故? お前は敵でしょう。ここの弱点でも探すつもりなの?」
固い口調では無くなっているが、めっちゃ睨まれてる。
しかし、それも見方を変えると美少女が翔英を見つめていると言う事だ。
元々目つきの悪い美少女が見つめてくる、と考えると全然悪い気がしない。
それは別にして、この集落の弱点を探すと言うのであれば、この集落は弱点だらけで別段弱点を探す必要も無いと思われる。
建物は木造だし、柵があると言ってもさほど高い柵でもないし、これも木製で有刺鉄線なども無い。
手榴弾を何発か放り込めば、それだけで全滅しそうな集落だ。
手榴弾はさすがに無いかもしれないが、魔術があるのならメテオとまでは言わないまでもファイヤーボールとかで十分じゃないかと思う。
と言う事は、この集落も魔術で守られているのかも知れない。
翔英のイメージではエルフは森のイメージが強いが、この世界では沼にいるらしい。
沼エルフ? ダークエルフとかなら沼にも居そうだが、肌の色は白いのでダークエルフっぽくはない。
新種の沼エルフと言うのが、翔英の中では一番しっくり来る。
髪の色も深緑なので、沼っぽいと言えなくもないが、やっぱり森の方が似合うように見える。
「何よ。私に何か言いたい事でもあるの?」
「あ、いえ、ありません」
「だったらジロジロ見ないで」
物凄く噛み付かれそうだが、そう言っている美少女はこれでもかと言わんばかりにジロジロ見ている。
理不尽だよな、と思いながらも文句も言えない翔英。
夜にじっくり考えていたのだが、その考えの中に彼女との交渉はあっても、彼女と一緒に行動する事は想定していなかった。




