第二十話 沼で迎える朝
目が覚めても牢にいた。
翔英は大きく伸びをする。
珍しく頭を使ったせいか、朝起こしに来る人物もいないせいか、いつもよりかなり遅い起床時間だった気がする。
もう一人の翔英は現れる事も無く、あれからずっと色んな事を考えていた。
一つの結論として出てきたのは、やはりこちらから打てる手は無い、と言う事だった。
全く無いと言う事は無いのかもしれないが、こちらから動いて事態や状況を好転させる方法と言うのは、翔英には思い浮かばなかった。
赤い眼の剣を手に入れる事が出来れば、翔英に出来る事の幅は一気に広がる事も分かった。
問題があるとすれば、武器を返せと言う事よりそれを伝える事である。
言葉が通じない恐れがある中で剣を返せと正確に伝える事は、想像以上に難しい。
そこで悩んでいる時、牢の扉が開く。
そこには朝食を運んできたエルフの男性が二人と、昨夜助けたエルフの美少女が赤い眼の剣を持って現れた。
「よう、目が覚めたか?」
「いろんな意味で、目が覚めた気がします」
赤い眼の剣の言葉に、翔英は苦笑いして答える。
今になって考えてみると、夜に現れたもう一人の翔英が言っていた通り、翔英は何も考えていなかったと思う。
昨夜エルフの集団から武器を渡せと言われた時、もう少し考えれば対等の扱いを受ける事も出来たはずだった。
だが、今からでも遅くない。
翔英はそう思い、赤い眼の剣を持つエルフの美少女の方を見る。
「おはようございます。大丈夫でしたか?」
先手を打たれて、エルフの美少女は眉を寄せる。
「大丈夫って、何が?」
「昨日は凄く疲れてたみたいでしたから。もし良ければ、僕の剣を返して欲しいんですけど。僕は貴女達に敵意はありませんから」
翔英は出来るだけ優しく言う。
そして、よく観察してみた。
翔英の言葉にエルフの美少女は答えているし、会話は成立している。それに対して、朝食を持ってきたエルフの二人は険しい表情になっている。
やはり赤い眼の剣の効果は戦闘だけでなく、言語の変換機能もあるみたいだ。
しかし、それを身に付けている人物にしか効果がないようにも見える。
「剣を渡したら、お前は私達に襲いかかってくるのではないか?」
「それはありません」
無理に固い口調で話す彼女に、翔英は自分でも芝居がかっていると思うが、即答する。
自分に敵意がない事を相手に認めさせる。
それが赤い眼の剣を返してもらう為の、はじめの一歩であり前提条件でもある。
そこを認めさせない限り、剣を取り戻すどころか、これからもずっと牢暮らしになってしまう。
エルフの美少女は、そんな翔英を怪しんでいる。
「街の人間なのだろう? 私達を殺しに来たのではないのか?」
「少なくとも、僕は違います」
まるで他のメンバーを売るような発言になってしまったが、翔英は本当に沼の一族を殺しに来たと言う訳ではない。
「では何をしに来たのだ。お前の剣は戦いに来たと言っているぞ」
「その通りだ。お前らひとり残らず皆殺しが目的だ。そうだろう?」
エルフの美少女が命の恩人であるはずの翔英に対して強い警戒心を持っているのは不思議だったが、赤い眼の剣とそんな会話をしていたのなら、警戒は当然だ。
まさか仲間であるはずの赤い眼の剣からこんな形で足を引っ張られる事になるとは、牢の中で考えている時には思いもしなかった。
「いや、勘違いなんです。それは僕も含めて」
「勘違い? これほどはっきり言っているのにか?」
確かに赤い眼の剣の言葉には聞き間違いの要素は皆無ではあるが、赤い眼の剣の言葉が翔英の言葉ではない。
もしそうだったら彼女は最初の犠牲者になっていたはずで、今日ここでこんな形で尋問する事も出来なかったはずだ。
「僕の目的、と言うより街側の目的は、ここに住む沼の一族の無力化であって全滅じゃないんです」
「無力化と言うのならば、殺すのが一番ではないか?」
口を挟んでくるの赤い眼の剣である。
色々考えて翔英にしては珍しくやる気になっていたのだが、まさかもっとも頼りになると思っていた相方である赤い眼の剣に邪魔されるとは思っていなかった。
どこから声を発しているのかは分からないが、この際赤い眼の剣には黙ってもらっていた方が良い。
だが、この赤い眼の剣の言葉を鵜呑みにしていないからこそ、エルフの美少女はこうして剣まで持って翔英のところに来たのだ。
これは期待出来るんじゃないか、と思ってしまう。
「他の街のメンバーはそう考えているかも知れませんけど、僕はそうは考えていません」
これは本心だった。
さあ、ここからだ。
翔英はこれまでハンティングゲームはよくやってきたし、それなりにやり込んできた。めちゃくちゃ気持ち悪かったとはいえ、魔物の生首拾いなどが出来たのも、この世界での行動をゲーム内行動だと思い込む事で手助けしていたところもある。
しかし、そんなゲームの中で交渉事を必要とする事は滅多にないし、もしあったとしても選択肢を選ぶくらいだ。
だが、ここでは違う。
ここからはその選択肢を自分で導き出さなければならない。
「では、お前はどう考えているのだ?」
エルフの美少女は、翔英を睨みながら尋ねる。
少なくとも聞く気はある、と言う事なので悪くない。
「一族丸ごと街に来ませんか?」
「何だと?」
翔英の提案に、エルフの美少女は首を傾げる。
今気付いたが、彼女の髪型が昨夜とは違っている。
昨夜はポニーテール気味に高めに髪を結い上げていたが、今は後ろ手に髪を結んでいるものの上げていない。
それでも元が良いせいで、髪型の善し悪しは問題にならないくらいの美少女である。
「意味がわからないな。どういうつもりだ」
「どうって、言った通りの意味です。一族が街にとって害が無いとわかれば、それはそれで無力化したと言えると思いますから」
「いかにも召喚人らしい、ぬるい考えだ」
最後の言葉は赤い眼の剣である。
確かにそうかもしれないが、それでも翔英が必死に考えた結果だ。
今度は流されたとか、何もやりたくないからの事ではなく、じっくり考えた末の行動なので、そのための事も考えている。
一番手っ取り早いのは、沼の一族の代表者がギルドマスターと直接会い、トップ対談を実現させることだ。
ここで決裂した場合、沼の一族と全面戦争になるかも知れないが、翔英はその可能性は低いと予測した。
ここの一族は随分と好戦的な印象を受けるが、この沼の一族が全力で挑んだとしても街の戦力とはあまりにも違い過ぎる。
その判断を下す事が出来るのであれば、沼の一族は街から離れようとするはずで、その結果として街から見ると沼の一族は無力化されたことになる。
と、言い張れるはずだった。
「私を騙すつもりなの?」
「僕なりに真剣に考えたんです」
エルフの美少女は怪しんでいるが、嘘だと一刀両断しなかった。
翔英なりに精一杯やってみた。一生懸命に考え、自分に出来る事を探し、その上で行動したつもりだった。
あとは翔英の言葉を彼女が信じてくれるかどうか。
「朝食を持ってきたわ。あと、お前のモノも返しておく。鍵も開けておくわ。これで貸し借り無しよ。もしお前がその剣を持って私達に危害を加えるつもりなら、その時には容赦しない。分かったわね」
「それは、僕は自由と言う事ですか?」
「私達の監視の元にいてもらう」
彼女はそう言うと、連れていたエルフの男性の持っていた朝食の乗ったトレイのようなモノを床に置き、赤い眼の剣を翔英に手渡すと、そのまま出て行ってしまう。
イマイチ信用してもらっているかどうか分からなかったが、それでも零点では無いと言う自負が今回はあった。
もう少しやれた事はあったかもしれないが、赤い眼の剣が手元に戻ってきた事でよしとするべきかもしれない。




