第十二話 ここでの生活
と言っても、別にエーカは食事などを用意してくれる訳ではないし、どちらかといえば翔英がエーカを養う事になったと言う方が正しい。
これは明らかに翔英がここに来る前から準備していたとしか思えない。
と言う事は、エルフのイケメンも協力者か。
本気で翔英の世話をしているつもりらしく時々掃除しているエーカの姿を見る事はあったが、そもそもこの宿の三号室はベッドと衣装棚くらいしかないし、掃除といっても散らかすための物も少ない。
ただ、エーカは顔が広いと言うか、この街ではかなり知られている人物のようで、翔英の後ろをついて来ている時には、現地人と思われる半人や亜人の類からよく声をかけられていた。
また、ギルドでもエーカは翔英専属のような立ち位置であったため、色んなクエストを優先して回してもらえるくらい優遇されている。
が、ティガーのような大物は少なく、オークの他、オークが連れていた犬のハウンド、オークとは別種の醜い小柄な人型であるゴブリン狩りなどが主であった。
討伐証明のために心臓を取り出す事は諦め、赤い眼の剣が跳ねた首拾いを行う事にした。
最初は不気味ではあったのだが、すぐに袋に入れて直接見る事も無くなるので、直接触れる必要のある心臓摘出よりマシだった。
一応頑張ってみた事もあったが、やはり人型のオークやゴブリンの心臓をえぐるのは厳しかったのに対し、オークやゴブリンは人とは思えないほど醜いので特殊メイクのマスクと思う事が出来たのも大きい。
赤い眼の剣は、相手が弱い事に文句をつけていたが、赤い眼の剣は基本的には生き血を啜る事が最大の目的だと自身でも言っていたので、弱い相手であったとしても戦い続ける事が楽しいみたいだ。
だが、翔英としては一つ大きな問題が発生し始めていた。
楽しみが無いのだ。
戦闘になれば赤い眼の剣の力があるので、翔英自身が筋トレしなければならない事は無い。時々腕立て伏せなどもやってみるが、百回三セットなど、正気の沙汰ではない。
三日くらいかければ腕立て伏せも百回出来そうだが、目的も無いのにそんなに続ける事も出来なかった。
ここには漫画もゲームも無いし、本があってもこの世界の文字を読むことは出来ない。
何ならエーカなどから読み書きを教えてもらってもいいのだが、異世界に来てまで勉強したいとは思えない。
そんな訳で、狩りに出ては帰ってきて寝ると言う生活をしていたが、それではこの異世界に来ても、学校に通っている時も何も変わらない事に気付いたのだ。
ホームシックとは少し違うが、翔英としてはここへ来てからの目的や目標が無い事への不安を感じ始めていた。
この日は二度目のティガー戦だった。
おおよそ同じところに現れたティガーは相変わらずの存在感があり、相変わらず異常な上腕による攻撃は恐ろしかったが、赤い眼の剣に任せておけばまったく問題が無かった。
ちょっと違うが、ある意味ではバスの中で猛獣を観察している様な気分である。
油断大敵と言う言葉はあるが、これに関しては翔英がどれほど注意していたとしても、赤い眼の剣が油断していればどうしようもない。
今回の場合その逆で、赤い眼の剣の動きを制限しないためにも、翔英はリラックスしていなければならなかった。
だが、赤い眼の剣の戦闘能力の高さは、これまで小物相手が多かったとはいえ凄まじい事は知っている。
しかもティガーは一度戦っているし、その時にも圧倒的な戦闘能力差を見せてくれたので、相変わらず恐怖は感じるが、今回の場合は前回と違い恐怖と言うよりスリルと言い換える事が出来る。
赤い眼の剣も前回失敗しそうだった事を気にしているようで、ティガーの攻撃を避けながら、ティガーの右腕を肘より上から切断する。
バランスを崩すティガーに対し、翔英では絶対に出来ない様な速さと動きで、ティガーの右側面へ回り込み、次は右足を切りつける。
バランスを立て直そうともがくティガーだったが、右足や微妙に虎っぽさを残す尻尾などを切りつけていくと、ついに仰向けに転ぶ。
そこを逃さず、赤い眼の剣はティガーの目を突き、眉間を貫き、暴れるティガーの胸に乗って、無様に晒された喉に剣を突き立てる。
赤い眼の剣はティガーの喉を右側に切り抜け、翔英はティガーの左側へ飛ぶ様に移動する。
ティガー自体が常識外れな生き物であるのだが、喉から吹き出す鮮血には現実感が無いレベルだった。
あまりの事に、滑稽にさえ映る。
「どうした、帰らないのか?」
ティガーを討伐したがさすがにティガーの首は重く大きいので持って帰る事が出来ず、またしても赤い眼の剣に泣きついて心臓の摘出を済ませて袋に入れているのだが、翔英が帰ろうとしない事に赤い眼の剣は疑問を感じたみたいだ。
帰りたくない、と言う訳ではないし、生の心臓を持っていると言う事を考えると一刻も早く換金して手放したいところだが、夕方くらいまで待つと受付がエーカからあの巨乳少女に交代する。
別に換金所で換金している間、もしくは換金が終わっても彼女が来るのを待っていれば良いと言えば良いのだが、ギルドに戻った時に彼女がすでに受付にいれば、換金を待っている時に自然に話す事が出来る。
彼女はギルドでも人気者で、時々翔英と一緒の時間帯に帰ってくる現地のギルドメンバーがいた時には、凄く楽しそうに会話していた。
なので、姑息ではあるが、帰る時間を操作しているのだ。
これまでモテた事の無い翔英としては、たとえ異世界に来たとしても、その相手が明らかに人間では無いとしても、こちらから積極的に楽しくお喋りと言うのはハードルが高い。




