第十三話 ギルドマスター
そう言う訳で、この世界での数少ない楽しみである夕方頃のギルドに帰ってみると、これまでにない事が起きていた。
「エーカちゃーん!」
「ぎゃー! ウェーちゃん、たしゅけてー!」
ギルドに戻ると、広いロビーをエーカが走って逃げ回っていて、それを白いローブ姿の男が笑いながら追いかけていた。
「エーカちゃーん、うへへへへへー」
「ぎゃー! うぎゃー!」
男は二十代後半から三十代前半くらいで、身長は翔英と同じくらいなので、年齢的には平均的な身長と言う事だろう。
銀縁でフレームの細い眼鏡を掛けていると言う事以外に外見的な特徴は無いが、とりあえず危ない人間だと言う事は分かった。
ただ、逃げ回っているエーカはともかく、受付にいる巨乳少女は苦笑いしながらその光景を見守っている。
翔英が知らないだけで、この白いローブ姿の眼鏡に危険は無いらしい。
「あー! 帰ってきたー! たしゅけてー!」
逃げ回るエーカに気付かれてしまい、翔英が隠れる前にエーカが翔英のところに走ってきて、翔英の後ろに隠れる。
「あ、あの、何事ですか?」
「私の個人的な楽しみだよ」
ダメ人間だと思っていた、眼鏡の白ローブが、意外なくらい理知的な声と話し方でそう言うと、翔英のところへやってくる。
「初めまして、だよね。君の活躍は聞いているよ。こうやって帰ってきたと言う事は、ティガー討伐に成功したみたいだね。この短期間でティガーを二匹と言うのは凄まじいな」
柔らかいながらも知的な笑顔を浮かべる白ローブは、先ほどのダメ人間と同一人物とは思えなかった。
「ここでは名前を名乗り合う文化が無くて、自己紹介のタイミングが難しいんだよ。僕はギルドマスターをやっている。気楽にギルマスさんとか言ってくれていいから」
「僕は出流……」
「ああ、待った。本名じゃなく、ハンドルネームとかキャラ名とかで良いよ」
ギルドマスターは笑いながら言う。
そう言われると、翔英はここに来てから最初に書類に名前を書いた以外、誰にも名乗っていない事を思い出した。
隠していたと言うよりギルドマスターの言う通り、向こうから聞かれないので答えるタイミングが無かったと言う方が正しい。
「それにほら、私はギルマスだから、最初の書類で本名は知ってる訳で、私の方からは何と呼べば良いのかなと思って」
「だったら、ショーエイで。大体ソレでやってますから」
「ほとんど本名だけど、それじゃそう呼ばせてもらうよ。いやあ、それにしても凄いね。この短期間にティガーを二体か。それ以外にも小型の群れも処理しているみたいだし、その戦績は隊長並だよ」
ギルドマスターは手放しに褒めてくれる。
「エーカちゃんが気に入る訳だ。ねえ、エーカちゃん」
ギルドマスターはエーカを覗き込もうとするが、エーカはさっと翔英の後ろに隠れる。
「マスター、本気で怖がられてますよ」
「何でだろうね、私はこんなにエーカちゃんの事が好きなのに」
「多分、そのせいですよ」
受付の巨乳少女が見かねて口を挟んでいる。
「あんまりだったら、笹さんが出てきますよ。エーカさん、笹さんと仲良しですから」
「おおっと、そいつはマズい。笹さん、ああ見えて怒ると怖いですから。それじゃ、そろそろ仕事に戻りますか。ショーエイ君、君くらいの戦績があれば選抜試験も受けられるから、その点も考えておいて欲しい」
そう言うと、ギルドマスターは奥の階段を上がっていく。
出来る人とダメ人間を併せ持つ、奇妙な人である。
気さくな人柄でロリコンと言う事だけは物凄く伝わってきたが、眼鏡のせいかどこか油断ならない雰囲気もあった。
彼が本物のギルドマスターである事は、エーカや受付嬢の態度を見ていれば分かるので、彼も召喚人であり、何かしらのアドバンス・ウェポンも持っていると言う事になるのだが、眼鏡やローブがそうでなければ、目立つ物は持っていないように見えた。
「おしょかったれしゅ! あやうく変態から食べられるところれしゅ!」
エーカがちょっと怒っている。
いくら何でも食べられる、と言う事は無いだろうが、たしかにあのじゃれつき方はエーカからすればトラウマになってもおかしくない。
「エーカさん、マスターのお気に入りですからね」
「嫌れしゅ。ウェーちゃんにゆぢゅるれしゅ」
「でも、ギルドマスターってこの街で一番偉い人ですよ? そんな人に気に入られてるって、良い事じゃないですか」
「アレは良くないれしゅ。さささんに懲らしめてもらうれしゅ」
ちょっとじゃなく、エーカはわりと本気で怒っているみたいだ。
翔英は一先ず換金を頼むと、受付嬢のところに行く。
「何かあったんですか?」
「何か、と言うほどの事は無いですよ? そろそろ選抜隊を選出するからってマスターが来たんです。元々マスターはエーカさんがお気に入りでしたから、対象を選ぶ時にエーカさんが貴方を上げたんです。で、なんだかんだでああなって」
その流れでなぜああなったのかは理解に苦しむのだが、説明している側も理解に苦しんだ結果が、その説明のなんだかんだの部分なのだろう。
選抜隊の選出メンバーの基準は、戦績が最も大きいと言う。
そんな中で翔英の戦績はずば抜けていて、すでに選抜隊に選ばれた側の戦績と比べても遜色がないらしい。
そもそもティガーと言う魔物はソロで挑むべき相手ではなく、複数人によるチームプレイで何とか倒せるような魔物で、きっちり心臓の摘出まで出来るのは異常な事だと、受付嬢は説明してくれた。
実際には赤い眼の剣の力ではあるのだが、これほどの美少女から羨望の眼差しを向けられるのは、本当の事を言い出せなくなるくらい気分が良い。
「でも、選抜試験ってどういうものですか?」
わざわざこんなところまで来て試験など受けたくない、と言うのが本音である。
しかも夜になると敵の強さが劇的に変わると、戦闘狂である赤い眼の剣でさえ言っているような部隊に入りたいとは思わない。
「そうですね、私も詳しい事は分かりません。クエストの延長くらいにしか知らないんですけど、エーカさんは何か知ってますか?」
「知ってましゅ。選抜試験と言うのは、選抜するための試験なのれしゅ」
何も知らないらしい。
秘密主義なのか、試験内容が流動的なのかは知らないが、あのギルドマスターからはどちらでもおかしくないと思える。
話が一段落してしまったので会話を膨らませる事も出来ず、翔英とエーカは食事をしてから自室に戻る事にした。
「ところでエーカちゃん、選抜隊ってどういうモノか知ってる?」
「知ってましゅ。夜にも街の外で活動しゅる事を許された、選ばれたエリートの中のエリートれしゅ。特殊装備も身につけられるれしゅ」
「特殊装備?」
「そうなのれしゅ。昼間の魔物からは作れない、かなり強力な装備れしゅ」
感覚的に言えば上位、と言う事なのだろうと翔英は思う。
だが、装備を強化出来ると言うだけでは、中々命を賭ける事は出来ない。
何かしら別のメリットが無いのであれば、翔英としては選抜試験を受けようと言う気にならなかった。
「他にも、選抜隊の人にしか入れないおみしぇがあるって聞いた事がありましゅ」
と、言われても、そんな敷居の高いところには近寄りたくないと言うのが正直なところでもある。
こうして考えてみると、上位にあたると思われる夜の行動にさほどメリットが無いとも思えてきた。
確かにこの街を守ると言う正義はあるのだが、そんな大義だけを振りかざされても、異世界から召喚された翔英にはその義務感を持つのは難しい。
あのギルドマスターなら、何かしら特典を用意していると思えるのだが、「エーカちゃんを守れるのなら、私は命を賭けれますけど?」と首を傾げられてもおかしくない。
それに、隊長と言う人物の事も気にかかる。
ギルド幹部の一人で、マスターみたいな雰囲気の人物であれば問題無いのだが、体育会系の暑苦しい人物だったら嫌だな、と思う。
エーカの答えではどんな人物かも分からなかったが、そう言う雰囲気は伝わってきた。
翔英は短期間に稼ぎすぎたのだ。
彼自身はまったく無自覚であったが、彼の戦績は歴代の召喚人の中でも突出したモノになっていた。
そんな戦士をギルドが放っておくはずもない。




