第十話 お金を入手
「え? やっちゅけたんれしゅか?」
翔英がギルドに戻って換金を頼んでいると、モップを手にギルドのロビーを駆け巡っていた今朝の受付の幼女が驚いていた。
そちらが倒してこいと言うクエストを与えてきたはずだが、倒せるとは思っていなかったらしい。
「いやいや、『ちがー』はしゅごいちゅよい部類の魔物れしゅから、いきなりかちゅのはむじゅかちいんれしゅ。これまで何人か失敗ちてましゅ」
大きな目をさらに見開いて、幼女は驚いていた。
話している内容を聞き取るのは難しいのだが、ティガーにはこれまで挑んだ者がいたが撃退されていたみたいだ。
それだけに報酬金額も高くなっていたらしい。
「これなら、『夜の選抜隊』にも選ばれるかも」
幼女は翔英を羨望の眼差しで見る。
「夜の選抜隊?」
響きがいかがわしく聞こえるのは気のせいだろうか。
「ああ。夜になると、魔物の種類や凶暴性がまったく別格になる。もちろん俺なら問題は無いが、裏山ならともかく、夜に外を出歩くのは自殺行為だ」
相変わらず自信満々なようだが、それでも赤い眼の剣をして自殺行為だと言わせるくらい危険になるらしい。
「裏山には影響が無いんですか?」
「無い事は無い。オークとやらの動きも活発になるからな。だが、外ほどではない」
「夜に出歩けるのは『選抜隊』らけれしゅ。なのれ、今日のクエストはこれれ終わりなのれす。おちゅかれ様れしゅ」
幼女は満面の笑みで言う。
そんな選抜隊には選ばれなくていい。
今日で分かった事は、ティガーさえ狩っていればわりと贅沢が出来ると言う事だ。
赤い眼の剣は退屈するかもしれないが、赤い眼の剣の力があればティガーには苦戦する事も無いと分かったし、無理に心臓を摘出して換金しなくても通常の生活には困ることは無い事も分かった。
一つ問題があるとすれば、討伐証明をどうするか、と言うくらいだった。
翔英は幼女から手を洗うところを教えてもらうと、意外な事にギルドの裏に水道があった。
ファンタジー世界には物凄く違和感のある物体ではあるが、召喚人であるギルドマスターが設置したのかもしれない。
だとすると、ギルドマスターも部位の摘出に辟易して、すぐに手を洗えるところを用意したのだと思われた。
また、ティガーの心臓の査定待ちの時、幼女からギルド御用達の食堂や武具店の事も教えてもらったので、ようやく空腹を満たす事が出来そうだった。
翔英は手を洗い終えると、さっそく教えてもらったところへ行ってみると、そこには数件の店が並んでいた。
極端な例えで分かりやすく言うなら、武器防具屋、道具屋、食堂、といったところだ。
今のところギルドや宿などで最低限の人にしか会っていなかったが、ここにはそれなりに人が多い。
半数近くは首からタグの様なモノを掛けているので、その人達はギルド登録者と言う事になる。
どう見ても日本人と言うより東洋人ではない。それどころか普通の人間でも無い。
エルフ耳は宿で見かけたが、獣耳や角が生えている者もいる。
その人物達はこちらをチラ見して来る者は多いが、積極的にこちらに声をかけてくる者はいない。
そこは初日のギルドでの反応に近い。
ギルドマスターの好みから、クエストは四人一組で行いそうなモノではあるが、見ている限りでは多くても二人組。ほとんどは単独で行動している。
「そりゃ少し考えればわかるだろう?」
まるで翔英の考えている事が分かっているかのように、赤い眼の剣が声をかけてくる。
「と、言うと?」
「換金は魔物の部位で行う。ターゲットが一体だった時、心臓や脳を換金出来るのは一人だ」
それも話し合いで上手くまとめられそうな気はするが、レア素材が一戦につき一個だけしか手に入らないと決まっている時、よほどの信頼関係があるチームでないとすぐに空中分解する。
基本ソロ、と言う事になるみたいだが、無理に知らない人と野良でチームに参加する必要は無いが、解体摘出を誰かにやってもらう訳にはいかないと言う事にもなる。
翔英に必要なのは物的証拠を入れる袋ではあったが、それは別に明日でも構わないし、武具店にも興味はあったが、今は何より空腹である。
とりあえず食堂に入ってみると、現地人と『召喚人』で座るところが分けられていた。
まるで喫煙席と禁煙席みたいではあるが、翔英は『召喚人』と書かれた方の席に移動する。
漢字で書いてあると言う事は、『召喚人』でありこの設備を整えているのは日本人と思われる。
宿の事もそうだった。
その上で、メニューを見ても日本人であると確信出来た。
サンドイッチやカレーやラーメンなど、カタカナで書かれている。
料金はサンドイッチセットが五十、カレーやラーメンなどは百と言う事なので、食事代はかなり割高である。
空腹ではあったが、さすがにラーメンやカレーのように重いモノを食べようとは思わず、翔英はサンドイッチセットを注文する。
ティガーのクエスト報酬だけでもしばらくは生活出来た上に、今は心臓を換金した金もあるので、しばらくは食事に困る事は無さそうだ。
また、この世界の人間で接客に携わっている人物は、物凄く愛想が良く接しやすいと言う事もわかった。
サンドイッチセットを頼んだ時にも、持ってきた時にも愛らしい獣耳のウェイトレスは笑顔で持って来てくれた。
ギルド裏の水道にも違和感はあったが、このサンドイッチセットも翔英の記憶と一致するのも、異世界にいると言う現実感を薄くさせている。
食べてみると、かなり美味い。
飲み物はコーヒーのような、と言うよりコーヒーそのものだった。
知識だけならともかく、何かしら物を転送させる技術があるとしか思えない。
だとすると、本格的に元の世界に戻る方法と言うのもありそうだ。
ギルドマスターをやっている日本人と思われる『召喚人』は、それでもここに残る事を選んだ人物と言う事だろう。
翔英としても、その気持ちがまったく分からないではないかも知れない。
物凄く嫌な事があったと言う訳ではないが、翔英としても元の世界に今すぐ何としても帰りたい、と今は考えていない。
目が覚めた直後の山の中や街を目指して歩いている時はそう思っていたが、今はそこまで焦っていない。
どうやってここに来たのかは知らないが、ギルドマスターは帰るよりここでの生活の方が魅力的だったらしい。
食事を終えると、残りの金額で最低限の装備を整える事にした。
まず必要になるのが手袋。
出来る出来ないは一旦置くとして、今後もあの摘出作業は避けられないのだから、手袋は絶対必要だ。
手術用の薄手の手袋じゃなくても良い。むしろ厚手の防水効果のある手袋が良い。
そう言う訳で厚手の革手袋を購入した。
ついでにブーツも購入したので、激しい運動に向かない学校指定の靴は一先ずお役御免になる。
それと簡単な荷物を入れられる袋や小型ナイフを入手したところで、一先ず買い物を終える。
本当なら替えの服や下着類も買い揃えたいところだったが、それらは恐ろしく高価な物だったので、Tシャツとパンツを一枚ずつ買ったところで所持金の減りが尋常じゃない事に気付いた。
本格的に稼がないとパンツも着替えられないと言う事だ。
宿泊料金や食事代から考えると、Tシャツや下着、靴下などは驚く程高価な代物ではある。
買い物を終えたのは正確には分からないが帰って寝るには中途半端な時間と思えたが、十分に食事を堪能したあと、翔英はお金もあるので今日は部屋に泊まれると思いながら宿へ向かった。




