月乃の帰投
一時間後。月乃は屋敷の屋上で電話をしつつ、正門を見下ろしていた。
匿名での通報。そしてそれによる、警察の介入。その様子が、眼下にありありと見えていた。
「…任務は完全に完了しました。被害者である青少年は、警察へと引き渡しています」
「ご苦労さま、月乃。確認次第、帰投してくれていいわよ」
電話口での波多野は、極めて落ち着いていた。
電話の向こうでは、ガラスの接触音が聞こえてくる。紅茶でも飲んでいるのだろうか。
「お迎えについてはどうする?こっちで手配することもできるけど」
「不要です。すでに連絡を取り、裏口に来るよう依頼済みです」
「さすが。手が早いわね」
そう言っていると、正門の反対側、裏口から車の音が聞こえる。確認すると、自分をここまで連れてきた黒い車がすでに来ていた。
迎えが来た以上あまり待たせるわけにもいかない。だが、月乃はそれでもまだ、正門を見ていた。
「…無罪放免、とはいかないですよね」
「そりゃ無理でしょうね」
組織の者達に暴力で支配されていた青少年達。強要されていたとは言え、罪を犯した彼らが、即座に社会復帰というのも難しいだろう。情状酌量の余地はあるかもしれないが、罪は清算しなければならない。
だが、その先。
罪を清算し、自由を取り戻した先は。
本人達が、己の「意志」を持って、選択し、歩み続ける。
その「意志」が、どのような結果を招くのか。それはもはや、自分達にも、神にも分かることではない。
ーーーだが、人生とは、そうあるべきなのだ。
「…私達はあくまで、『自由意志』を持てる状態にするまで。その先は、あくまで本人達の自由だからね」
「分かっていますよ」
警察へ連れて行かれる青少年達を眺め続けて、変なことを口走ったからか。波多野に、いらぬ心配をかけてしまったようだ。
SIRENが行うのは、あくまでも選択する意志を取り戻させること。そこから先は、意志を取り戻した本人のものゆえ、それ以上の干渉はしない。
月乃は気分を落ち着かせるように、静かに息を吐いた。
「…月乃」
「何でしょうか」
「いつものメーカーのコーヒー豆、仕入れてあるから」
「…ありがとうございます」
波多野は皆まで言わなかった。だが、二人の間であれば、それだけで十分だった。
穏やかな風が、月乃の髪を揺らしていく。それと共に、青少年達を乗せたパトカーが、屋敷から離れていくのが見えた。
「それでは、失礼します」
「えぇ。気を付けて」
それだけ言うと、電話は切られた。月乃のスマホからは、通話の切れた音だけが聞こえてくる。
ーーーさて、帰るとしよう。
月乃はスマホを懐にしまうと、屋敷の屋上から裏口に向けて、飛び降りたのだった。




