垣間見える狂気
「え…」
桂が状況を認識するまでに、数秒。その間に、浅平は手に握っていた杖を横に薙ぎ、桂の手前に立っていた男の横腹へとぶつけた。
骨の砕ける音、筋肉が切れ、人体の壊れる音が、屋内にこだまする。
「ごぎぃっ…!?」
杖で殴られた男は、間の抜けた声をあげる。だがそれでも、浅平の腕は止まらない。
「邪魔ですよ。退きなさい」
浅平は自らの腕に力を込める。そして、杖を振り抜き、男を吹き飛ばして、地面に転がした。
自分には、月乃や朴本のようなパワフルさはない。しかも、年のせいもあり、昔のようにはいかない。
だが、それでも。人一人を壊すことなど、容易いことだった。
「な、なっ!?貴様、いつの間に!?」
「おやおや。姿を見せろと言われたからお望み通りにしたのに、なぜ怖がるのですか?」
当然、桂達は浅平から距離を取る。だが、もう遊びは終わりだ。そんなものを許すつもりなどない。
浅平は一瞬にして距離を詰める。もはや、認知すらさせる気もなかった。
「うあっ!?」
「茶番劇はここまでです。ここからは、きちんと潰しにかかります」
桂の背後で、そう囁く。だが、その言葉が桂の逆鱗に触れたようで、桂の顔を真っ赤に染めた。
「ふざけるんじゃねぇっスよ!!俺は何も悪いことをしてねぇのに、なぜ潰されるんスか!!」
「もう、それを教える段階は過ぎてるのが分かってないようですね」
浅平はそう言うと、呆れた表情を浮かべた。
言っても無駄なのは分かっている。だがそれでも、老婆心で教えてやろう。そう思い、浅平は口を開いた。
「…あなたは、町のライフラインを麻薬で汚染し、本人の希望の有無に関係なく依存させた。それは我々が警鐘を鳴らす、『人が選択する自由』を奪っていることに他なりません」
「まだ、綺麗事をほざく…!!」
「綺麗事、ですか…」
浅平は一言呟くと、持っていた杖を頭上へと放り投げた。
無論、許すなどあり得ない。首領としての責任を、浅平の拳で桂の体に教え込むためだ。
綺麗事と言われれば、そうかもしれない。だが、この裏社会で、自分が何十年もかけて行き着いた考えに似た思考を、まだ若い波多野や朴本が持っているのだ。
ーーー老い先短い身としても、長年裏社会で活動してきた身としても、協力したくなるのも当然だった。
「ならばアナタは、そんな理想論者にも劣る、畜生であるということですね」
「なっ…!?」
桂が呆然としている。その間抜け面に、浅平は拳をねじ込んだ。
桂の顔面が、しわくちゃの浅平の拳で潰され、崩壊していく。皮膚が、歯が、頭蓋骨が壊れる音が、感触が拳を伝ってくる。
「一撃では済ませませんよ…!!」
もう片方の拳が、桂の下方から勢いよく迫り、腹部に命中する。拳は深く食い込み、もはやナイフのように突き刺さっているようにも見える。
だが、衝撃は確実に、桂の体に伝わっている。肋骨が、肺が破壊される音と感触も伝わってきていた。
「ごぼぉあっ…!?」
あまりに、残酷な一撃。その一撃が、桂の命脈を断ち切りにかかっていた。
浅平はそのまま、桂を打ち上げた。桂の体は、天井に強く叩きつけられる。辛うじて体の原形はとどめているが、顔は崩壊し、腹部はグチャグチャで、そこから血が滴り落ちてきていた。
「ひ、いぃぃぃぃっ!?」
「…ふぅ。些か、お灸を過激に据えすぎましたかな」
怯える組員達を前に、浅平は少し冷静さを取り戻した。だが、その目はまだ、冷たいままだ。
放り投げた杖が、頭上から落ちてくる。浅平は一瞥すらせずに、それを正確にキャッチした。
改めて、敵の様子を観察する。
もはや、敵の心は折れている。だがそれでも、浅平は止める気などない。この制圧は、親組織の首領である、伊東からの直々の依頼なのだ。
徹底した恐怖と絶望。それに加えて、警鐘を無視した者達に、災害をもたらす。相手の心が折れてようが、無関係だ。
それが今、自分のやるべきことである。
「次は、あなた方の番です。警鐘を無視し、私という災害を呼び込んだのは…他でもない、桂という男と、それを止めなかったあなたがたですよ」
浅平は杖をつきながら、組員達へと近寄る。
その後はもはや、蹂躙というにも生温い制圧が、執り行われるのだったーーー。




